第二幕 譚詩曲 《バラード》

第1章 桐の実

第1話 齢十の幼子を仕留めむとす


 小日向が社会勉強としてレオモレア各地を回っている間、立花は部下たちと密かに集まっていた。

 ”齢十よわいとお幼子おさなご仕留しとめむとす”の会は全く盛り上がっていない。




「あの子のデータを簡単に説明するけど、」

 扇情的な格好に白衣を羽織った妙齢の女性が話し始める。

 立花の抱える部隊は鬱金の正規軍と元懲罰部隊のゾンビの二つある。彼女はゾンビの四人の幹部の紅一点、軍医のせりだ。


「先生~ 計測不能は見れば分かりま〜す」

 部下の男がいう。

「ほぉ~? じゃあ聞くけど、計測不能の要因はいくつあるかしら?」

「ぇっ?」

 男は周囲を見回すが助けてくれそうな人はいない。

「立花さま……」

 男の弱々しい声に応えて立花が話す。


「計器の故障、数値の異常、あとは……計測を邪魔するもの?」

「そう。でも女性の被験体の数値から考えて計測出来ないほどではないはず。

 そして、データは途中まで来ていたから、何らかの計測を邪魔する要因のせいで故障したと考えられる。

 つまり、胃酸か何かで計器ぶっ壊したのね」

「それって平均の何倍ぐらい?」

「んー、調べて見ないとだけど百倍ぐらいなら耐えられるんだけどね~」

「胃酸以外だと?」

「あとは免疫とか? でもハイブリッドって免疫弱いはずなのよね~」

「……毒は無理ってことだな」

 立花はそう結論を出す。


「直接的なのはどうなんだ?」

「んー、男性の被験体で蓬郷ほうごうクラス。女性は常人なら死んでもおかしくない異常値。子供は蓬郷の倍以上の可能性もある」

 蓬郷とは一際大柄な男でゾンビの副隊長。体力と腕力は隊内で一番だ。


 ちなみに蓬郷は立花はイジるものと思っているゾンビの中で唯一立花の味方だ。しかし非常に無口なので今もただ座っているだけだ。


「じゃあ……罠とか?」

「桐生様は視界に入ったらバレると思えと言ってましたよ」

 立花の質問に鬱金がいう。

「罠も無理?」

「さぁ……? そう言えば立花様は見えないって言ってましたね」

「見えるって何が?」

「感情的なものではないでしょうか?」

「…………」

 立花は不満そうな顔をする。


「じゃあ立花様がやったらいいですよ。抱っこして後ろからグサっと」

 見た目だけは貴公子風の上品で細身の三十代の男、鏑木かぶらぎがいう。鏑木もゾンビの幹部の一人だ。


「お前ふざけんな! 俺が抱っこしたぐらいじゃ棗も押さえられないわ!」

「じゃあ、もう少し気を引くようなことすればいいじゃないですか」

「相手十歳の子供だぞ!」


「十歳って意外と大人よ? チューぐらい大丈夫じゃない?」

 立花イジリに芹も参戦する。

「お前と一緒にするな! 花梨と四才しか違わないんだぞ!」

「いやいや、来年好きな男の子連れてきてもおかしくないわよ」


「やめろ変態! 俺は絶対やらないからな!

 大体失敗したらどうするんだよ! セクハラの上子供に返り討ちで死にましたとか、笑えないからな!」

「失敗しない様に全力でセクハラしたらいいでしょ?」

 鏑木がニヤニヤしながら言う。

「馬鹿か! 何のためにお前ら雇ってると思ってんだ!」

 立花様はいたくご立腹のご様子だ。



「よし! 分かった! 嬢ちゃんのつもりでやればいいんだな?

 女は蓬郷が足止め。男と子供は俺と鏑木で襲う。問題は場所だな」

 何かを振り切ったらしいゾンビの隊長田平たびらいう。


 田平の言う”嬢ちゃん”は大陸一の部門の娘、棗の事だ。二児の母に嬢ちゃんは痛々しい気もするが田平と棗が顔を合わせる事はほとんどないので今の所問題ない。その棗の戦闘力と実践経験のなさを小日向に当てはめたらしい。


「そのうち帰りの連絡があるだろうから、街の外で襲撃だろうな」

 鬱金がいう。

「帰ってくるんだ……」

 立花は実に残念そうだ。


「どれぐらいの成功率なんだ?」

 立花が鬱金に聞く。

「自分達は軍隊なので、暗殺は専門じゃないんです。そこは桐生様もわかってらっしゃいますから、小手調べって感じです。まあ失敗すると思っていてください」

「はぁ〜どうやって誤魔化そ……」

 立花は実に憂鬱そうだった。




  ▽▲▽




 小日向一行は一月ほどかけてレオモレア国内を見て回り、立花の領地へと戻っていた。

 通常は安全な地下ルートを通るのだが、地下は飽きたと小日向が言うので帰りは空を飛んでいる。

 空は天候が不安な為危険を伴う。その上蟲という化け物にも遭遇する可能性があるので緊張を強いられる。



 小日向はせっかく空なのに雲の上を飛んでいるのが不満らしい。

 ここ一カ月で大分感情表現を身につけているので、かなりの不満顔だ。


「紫雲英、下が見たい……」

「森に入るまで我慢しましょう? 砂漠なんて見ても砂だけですから」

 紫雲英になだめられた小日向が憮然としていると、紫雲英が何かの情報を得たらしい。



「は〜い小日向様、救命具つけましょうか〜」

「どうしたの?」

「襲撃です。離れないでくださいね」


 紫雲英は小日向に救命具を着せると自分も身につけ、雲母にも指示を出して操縦席へと向かう。パイロットは桐生がつけてくれた男たちだ。さりげなく雑談をしていると影が落ちる。


 紫雲英達が乗っている物より少し大きめの機体が覆い被さる様にして高度を下げてくる。パイロットたちは慌てて逃げようとしているが、上空を抑えられているため、着陸を強要される。


「狙いは俺たちだと思うんで、俺たちが逃げるまでは大人しくしててください」

 紫雲英はそう言い残して、蟲避けネットを越えた安全圏の内側に入ると、完全に着陸する前に二人を連れて機体を飛び出す。



 紫雲英は小日向を抱えて森を駆け抜けていると、先行していた雲母が銃撃される。

 雲母の武装は蟲素材な為、銃撃で怪我をする事はないが、足が止まったところに大柄な黒ずくめの男が襲いかかってくる。余裕を持って攻撃を躱し武器を構えた雲母に、さらに二人の男が追撃してくる。


 紫雲英は小日向を抱えたまま雲母を置いて走り続けたが、行く手を遮る様に黒ずくめの男が現れる。


「離れないで下さい」

 小日向を下ろして紫雲英が剣を片手に臨戦態勢になると死角からナイフが飛んでくる。


 通常の武器なら銃と同じで蟲装備で対処出来るのだが、飛んできたナイフは生剣と呼ばれる宇宙由来の剣型生命体のコピーの様で、腕に深々と突き刺さっている。

 紫雲英は副作用で痛覚がマヒする薬を常習しているので刺さった瞬間の痛みさえやり過ごせば問題はない。


 ナイフか目の前の男か、紫雲英が対処を考えている間に男が剣を構えて小日向に襲いかかる。何とか攻撃の前に体を滑り込ませて小日向を背中に庇うが、今度はナイフが小日向に向かって飛んでくる。


「小日向様!」

 紫雲英が焦って叫ぶ。小日向は紫雲英の横に駆け寄ってナイフを避ける。

 すると紫雲英と鍔迫り合っていた男が紫雲英をいなしながら小日向に剣を向ける。紫雲英は足で剣を遮るがどんどん怪我が増えて行く。


「小日向様一人で行けますか?」

「分かった……」

 隙を見て小日向が一人で走り出すと、遠くに人影が見える。


「————」

 向こうもこちらに気づいているらしく、何を言っているかまでは分からないが声が聞こえる。


「小日向ちゃん!? 大丈夫?!」

「なつめ!!」

 どうやら棗が迎えに来てくれた様で小日向は少し安心して棗に向かって走っていると、再びナイフが飛んでくる。


「小日向ちゃん!!」

 躱すことの出来なかったナイフが手の甲に当たり赤い血が散る——と、キンッと硬質な音がしてナイフが弾かれる。


「えっ?」

 数メートルの距離まで近づいていた棗はその音に思わず足が止まる。


「棗さん油断しないで!」

 紫雲英が叫ぶが、固まっていたのは棗だけではなかった。


 目の前の男も困惑した様子で紫雲英から距離を取ると、そのまま森の中に消えて行く。


「…………」

 棗は男の背中に険しい視線を送りながら走り出す。

「小日向ちゃん! 見せて」

 棗は小日向に駆け寄ると血が流れている手の甲を布で止血する。


「大丈夫、すぐに病院に行くからね?」

 棗が心配して顔を覗き込むが、小日向は痛がると言うよりは驚いた様子だった。


「怪我見せて下さい」

 ヨタヨタと近づいて来た傷だらけの紫雲英に棗が驚いていると、紫雲英は傷薬を小日向の怪我にかける。


「紫雲英さんもすごい怪我です……」

「ああ、俺は大丈夫ですから」

 そう言って自分の怪我は治療する気配すらない。


「雲母、無事か?」

『はい、突然撤退していきました』

「棗さんが迎えに来てくれた。合流してくれ」

『はい』

 紫雲英が雲母と通信をしている間に、棗も人を呼んだ様で、紫雲英の怪我を気遣って病院に向かう事にした。




  ▽▲▽




 鬱金が上空で時間を潰していると、レーダーに目的の機影が現れた。


「ターゲット確認。森に誘導する」

『了解』

 通信相手の冷静な男の声が答える。


 鬱金はターゲットの機体の真上に着き徐々に高度を下げさせていくと、着陸の前に人影が飛び出していく。


「ターゲットが機体を出た」

『了解、位置確認』


 鬱金は再び高度を上げてターゲットの様子を伺う。


 三人で走っていたターゲットに蓬郷とサポートの二人が襲いかかる。

 蓬郷はパワーはあるがスピードがないのでサポートの二人で退路を塞ぎ、手数を補う。

 普段から組んでいる必殺の三人だ。


 予定通り女の足止めに専念する三人だが、蓬郷の攻撃も受け止められている様で膠着状態だった。



 一方、男と子供は計画通り田平の元に近づく。今回は田平と鏑木が組んで投げナイフで子供を狙う予定だ。


 予定通り視野の外からのナイフで男は怪我を負い、田平の牽制しながら子供を守っているせいで怪我が増えていく。


 鏑木はある程度の数のナイフを投げ続けると場所を動くために投げナイフが止まる。

 ナイフ切れと判断したらしい男は子供を一人で逃がすことにした様で、子供が一人で走り出す。


 すると田平のマイクが誰かの声を拾う。

『ゲッ……』

 立花の物らしい声が聞こえる。


『小日向ちゃん!? 大丈夫?!』

 声の主は棗だったらしい。

『なつめ!』

 子供が安心した様子を見せる。そこへ機会をうかがっていた鏑木がナイフを投げる。連続して投げたナイフの一本が子供に当たると、キンッと硬質な音が聞こえる。


『キン?』

 誰かの声がする。

「何に当たった?」

『手だ、血が出てる』

 田平が答える。

『でもキンって……』

『……撤退』

「了解」

『了解』

『了解』

 田平の指示で鬱金と鏑木、蓬郷達も撤退する。




「何故棗さんが?」

『子供達と走り込みしてたみたいだ……』

 鬱金の疑問に立花が答える。


「子供達も近くにいるんですか?」

『いや、他の護衛と家に向かってる。棗だけだ』

「そうですか」

『うぁ……』

「どうしました?」

『棗から通信……』

 立花の声は消え入りそうだった。

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