第9話 お子様の会2


「で小日向ちゃんはこれからどうするんだ? すぐ立花のとこに戻るか?」

 桐生が話題を変える。

「ほかに何があるの?」

「別に他の奴の領地見て回ってもいいんだぞ? 温泉とか旨いものがあったりとか……まぁいろいろあるからな」

「勉強になる?」

「勉強って……領地経営のことか?」

 うん、と小日向は頷く。


「え~小日向ちゃんは王様になるんだろ? なんでそんなこと勉強してんの?」

「王様の仕事は領地経営……」

 小日向は心から不思議そうな顔をする。

「いや、そんなの得意な奴にやらせればいいんだって。王様はな、出来るやつを集めて仕事しやすいようにしてやればそれでいいの」

 桐生の言葉を聞いていた一ノ方が渋い顔をしている。


「どういうこと?」

「ん~例えば立花は金を稼ぐのが得意なんだ。んであそこにいる蘇芳は強いんだ。あっちは農業が得意だし、あれは機械の開発とか好きなんだよ」

 桐生は目に付いた自分の部下たちの長所をどんどん上げていく。


「小日向ちゃんはどれぐらい知ってる? 紫雲英はどんな奴だ?」

「紫雲英は……に、外国のことをよく知ってる。雲母は……」

 小日向は言葉に詰まってしまう。


「王様ってのは一人じゃ成れない。選んでもらって王様にしてもらうんだって、俺の王様が言ってたんだ」

「それは……躑躅つつじ様?」

 躑躅とは桐生の前のレオモレア王のことだ。

「そう。よく知ってんな!」

「お母様がよくお話してくれるの!」

 珍しく子供っぽい様子でいた小日向だったが、少しすると悩みだす。


「私、勉強しなくてもいいの?」

「勉強はしなさい! この人話を信じちゃダメ!」

 一ノ方が慌てていう。

「しないよりはした方がいい。でも小日向ちゃんは仲間にとって一番いい事を考えることが仕事だな。まあ、好きにしたらいいさ。何でも出来るのが王様のいい所だからな」

 桐生は不思議な笑顔でいった。


「うん。じゃあ、おと…お言葉に甘えて、色々行きたい」

「今かんだ?」

「かんでない!!」

「いいのよ、子供は噛んでいいの」

 桐生にからかわれ、一ノ方に慰められた小日向は憮然としてサンルームを出て行った。




「やっぱ子供だな」

「そうでもないですよ。あれは桐生様だからだと思います」

 影からのっそりと立花の副官の鬱金が現れていった。


「ここに来るまで一緒でしたが、すごく大人びていましたよ。立花様が怯えるくらい」

「そうなのか? やっぱ俺って凄い?」

「はい。流石桐生様です。ところで……今の話は自分が聞いていても良かったのですか?」

 鬱金は少し心配そうにしている。


「あー、鬱金は俺のこと聞いてないのか?」

「誰から聞くんですか?」

「立花辺りって……あいつは絶対言わないな。まぁ、俺もあいつらと同じって事だ」

「色が見えるとおっしゃってましたが?」

「色っても俺の場合は明暗ぐらいだけどな」

「それは隠れていても見えるものですか?」

「さあなぁ……俺は初回ロットで低能だから表情が分からないと無理だけど、次の王なら相当の高性能だろうし、視界に入ったらバレるぐらいに思っててもいいかもな」

「厄介な……」

 鬱金は暗い声でいう。


「厳しいか?」

「桐生様はあの子のデータ見ましたか?」

「なんだ?」

 鬱金は腕の端末を操作して桐生にデータを送る。


「医療用の計測器で取ったデータらしいんですが……」

「真っ白なんだけど?」

「測定不能らしいです」

 桐生が見ているデータは小日向の名前と多角形のグラフの線以外真っ白だ。

 他の二人、紫雲英は黄色で雲母は赤い。


「何のデータなの?」

 桐生の端末を覗き込んでいた一ノ方がいう。

「ホルモンとか筋肉量とか……色々、とりあえず緑が正常値で赤い程数値が高く、青い程低いそうです」


「そんなものどうやって調べたの?」

「チョコレートに計測器を入れて食べさせたらしいです」

「この、緑と黄色とピンクのラベルは誰のだ?」

「棗さんと子供達です」

「…………」

 黄色よりの、かろうじて緑のグラフ見ている桐生は面白そうな顔をしている。

「あそこのウチはハイブリッド並みってことか」




  ▽▲▽




 知らないうちにビジネス小動物を暴露されてる立花はそうとも知らずに、棗が楽しそうに昔の侍女仲間達と話しているのを見ている。


「棗、俺そこらへん見てくるな」

 そう言い残して会場をフラフラしていると母親の集団に出くわし、集団を避けようとしていると名前を呼ばれた。

「おい! 立花!!」

 立花は渋々人垣の外側に立つ。

海棠かいどうも呼ばれてたんだな」

 海棠と呼ばれた背の高い爽やかなイケメンは女性の集団を抜けると立花の頭を鷲掴みにする。


「痛い痛い、何なんだよ?」

「何となく……ってか俺が呼ばれたのはお前のせいだから!」

 海棠は少し機嫌が悪そうだ。


 海棠と立花は同い年の幼馴染で五歳から大人になるまでの寮生活の間はずっと相部屋だった。兄弟といってもいい様な間柄である。そのせいで子供もいないのにお子様の会に呼び出されたのが不満らしい。


 海棠は立花を掴んだまま女性達に挨拶して人気のない場所に移動する。


「で? 例のガキは何処だよ?」

「桐生様のとこ、まだ行ってないの?」

「始まる前に挨拶してるからな……」

 言いながら海棠はサンルームを見ている。


「あの白っぽい子か? ただのガキだろ?」

「いや、生体データ測定不能だよ? 立派にバケモンだって」

「……だったら尚更今がチャンスだろ?」

「海棠が何とかしてくれるの?」

 立花は期待の篭った目で海棠を見上るが、海棠はドスの効いた笑顔だ。


「い、や、だ!」

「……あの子の一年くらいいるつもりなんだって」

「ふーん」


 二人が話していると、怖い顔をした花梨がやってくる。


「かいどー!! パパをいじめないで!!」

「よぉ。花梨、いじめてはいないぞ」

「いいからパパを離して!!」

 海棠はようやく立花から手を離す。


「ありがとな、花梨。みんなと遊んでたんじゃないのか?」

 立花は花梨を撫でながらいう。

「おままごとしてたの。パパもやる?」

「いや、パパは見てるよ」

 そう言いながら二人はお遊戯スペースへと向かう。


「何で、かいどーも来るの? あっち行って!!」

「いいだろ? 暇なんだよ」

 海棠は立花の子供達には敵視されている。


「あっ! 海棠さん!!」

「海棠さんだ!!」

 しかし海棠は女性にはもちろん男にも好かれるタイプで、男の子の憧れだ。


「何してんだ?」

「ボール遊び!」

 海棠が近くの男の子と話している横を葉が駆け抜けていく。


「パァパァーー!!」

「どうした葉?」

「うぇうぇぇん!!」

「葉はお兄ちゃん達と遊んでたの」

「あぁ」

 負けず嫌いの葉は負ける度に泣き出すのだ。


「今度はドッチボールしようぜ!」

「しようぜ!」

「…………」

 そして泣いている葉を従兄弟の三兄弟が誘いに来る。


「ドッチボールはもう少し大勢の方がいいんじゃないか?」

 葉を慰めながら立花が言う。


「よし! じゃあみんなでドッチボールやろう!」

 何故か海棠が子供達に声をかける。

「立花チームと俺のチームな、俺が勝ったら手伝わないから」

「えぇっ!!」

 勝負に勝つ気ゼロの立花に条件を出す海棠。


「パパをいじめないで!」

「じゃあ花梨は立花チームな」


 そんな風にチーム分けをしていると小日向がやって来た。


「小日向ちゃん! 紫雲英さんたちは?」

「いるけど?」

「手伝って!」

 花梨に招集された紫雲英と雲母も立花チームに加わる。


「大人ばっかりズルイぞ!」

「立花は弱いからしょうがないよ」

 従兄弟の三兄弟は海棠チームだ。



 こうして小日向を巻き込んだドッチボールが始まり、あっけなく終わる。


 海棠は桐生が王になる際に引退した軍師の職を引き継いでいるので、これは小日向達の戦力を測る為で決してストレス発散などではないと立花は信じている。


しかしスポーツをやった事のない小日向達は早々に外野になり、子供達が多すぎて立花は殆どボールに触れることも出来ないまま一方的に体力を奪われ、痛い一撃でトドメを刺されたのだった。


「俺の勝ちだな?」

 鳩尾へのボールでうずくまった立花を良い笑顔で見つめる海棠。


 立花は辛そうに海棠を見上げる。

「海棠様どうかご慈悲を……」

「しょうがねぇなぁ……俺欲しい物があってさぁ?」

「ううう、何でも言ってください……」

「交渉成立な?」

 海棠が立花を引っ張り上げると、立花の視界には少し離れてこちらを見つめる小日向の姿が映る。


 立花がビクッと大袈裟に驚くので海棠も視線を移すと、そこには実に嬉しそうな顔で立花を見つめる小日向。そして細められた瞳は……捕食者のそれだった。


 こいつは本物だ、海棠は期せずして悟る事になった。

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