第8話 お子様の会1

 森の国レオモレアの王都ではこの日お子様を集めたパーティが行われる。

 国中から集まってきた子供たちは下は五歳、上は十五歳の領主や高官の子供たちだ。


 主催のレオモレア第二妃は会場のパティオを見つめて満足げだ。しかし何故か手には良くしなる細い棒が握られている。

 そんな彼女の前を元気一杯の少年達が参加者のドレスの裾を翻しながら駆け抜けていく。


 ニノ方が凄味のある微笑みを浮かべると侍女がすかさず少年達を確保してくる。

「まあまあ悪い子ね、走る所とお話しする所の区別もできないの?」

「え〜でも〜」

 少年が言い返そうとするとニノ方は微笑みを深める。


「ごめんなさい……」

「手を出して」

 ニノ方は少年達の手の甲に棒を振り下ろすとペチッといい音がする。


「さあ、どうしてこんな事したんだったかしら? 教えて頂戴?」

 ニノ方はそれはそれは優しい笑顔で言うが少年達は怯えきっている。


 そんな様子を遠くから見ていた立花は震え上がる。


 立花が桐生の元に来たのは十四歳。しかし宮廷の作法など全く知らない庶民の立花はああしてニノ方に厳しくマナーを仕込まれたのだ。思春期の子供にあの仕打ちは屈辱で立花と同じような経験のある者たちはニノ方には逆らえないのだ。


 流石に立花の子供はまだ小さいのであんな事はされないだろうが恐怖に駆られた立花は子供たちに必死にお行儀よく過ごすように頼む。


「よう! 久しぶり!」

 声をかけてきたのは二人の従兄弟の三兄弟だ。


「あー久しぶり!!」

 花梨は元気に返事をしているが、葉は警戒して立花の影に隠れている。


「兄さんも来てたんですか?」

 棗が兄の蘇芳を見上げていう。筋肉ダルマと棗に呼ばれている蘇芳は棗を見下ろす。

「悪いか?」

「別に?」

 棗と蘇芳は仲が悪い訳ではない。


「お兄ちゃん達も今日はお行儀よく過ごすんだぞ」

 立花は三兄弟それぞれをウルウルした目で見ていう。

「はい……」

 三兄弟は立花の真剣な様子にとりあえず頷いた。


「立花さんはまだ挨拶行ってないんですか?」

 蘇芳が立花にいう。

「ええ、連れが……まだなんで……」

 立花の視線の先ではようやく小日向が近づいて来ている。


「あれがアウローラの?」

「はい、小日向…ちゃんです」


「おい、お前ら挨拶しろ」

 ため息の後蘇芳が三兄弟に向かっていうが小日向を見た子供たちは息をのんでいる。

 今日の小日向は白いドレス姿で本当に可愛いらしかった。


「わぁ〜小日向ちゃんかわいい」

 葉が嬉しそうに言って小日向に駆け寄る。

「お姫様みたい!!」

 花梨は飛び跳ねている。


 子供たちが戯れている上では立花と蘇芳が視線を交わしている。立花が縋るように背の高い蘇芳を見つめるが蘇芳は静かに首を振るだけだった。


 立花は大人しく小日向を連れて桐生の元に挨拶に向かう。


「小日向ちゃん、あいつらは?」

「紫雲英たちはパーティが怖いからって隠れてるの」

「あーそうか」

 立花はこの時ばかりは紫雲英達の隠密スキルが羨ましかった。




  ▽▲▽




 桐生はパティオに面したサンルームのようにガラスばりになった一角にいた。

 中に入ると小日向が美しい所作で桐生に挨拶する。


「お招きありがとうございます、桐生様」

「いいえ、よく来てくれましたね。今日は人を集めたので友達をいっぱい作って帰ってくださいね」

 そういうと桐生は自分の隣の椅子に小日向を座らせる。


「あとは私達が紹介するわ」

 桐生の正妻の一ノ方がいうので挨拶を終えた立花一家はパティオへと戻って行った。


「これから色んな奴が挨拶に来るから、話しかけてやってな?」

 簡単に挨拶をしただけなのに桐生は親しげに小日向にいう。

「はい……」

「そんな畏まらなくていいから、子供は好き勝手するもんだから」

「またあんたはそんな事言って、小日向ちゃん、この人の話は聞かなくていいからね」

 一ノ方が桐生を嗜めると小日向に微笑みかけてくるので、小日向は頷く。


 そして参加者が続々と挨拶にやってくる。


 子供達は小日向に興味津々で色々聞いて来たり、恥ずかしがったりしていた。

 大人達は警戒した様子の者や、小日向に取り入ろうと機嫌をとってくる者など様々だ。


 そうして一通り挨拶が終わると桐生が話しかけてくる。

「どうだ? 誰か話してみたい奴いるか?」

「……立花がいい…の」

「ハハハ、小日向ちゃんは立花が好きだなあ〜」

「すき?」

 小日向は首を傾げる。


「だって立花に会いにこの国に来たようなもんなんだろ?」

「うん」

「じゃあ好きだろ? どこが好きなんだ?」

「……立花ほかと違う……」

「へぇ? どんな風に?」

「色がない……」

 その答えに桐生はああ、と納得する。


「でもよーく見るとあるんだぞ」

「なんでよく見えないの?」

「色を出さないようにするのが得意なんだろ?」

「だから小日向にも普通なの?」

「どういう意味だ?」

「他の大人は、怖がってる」

「俺は違うだろ?」

「うん」

「良かった。まあ、しょうがないんじゃないか? 他の奴はアウローラ人に会ったことないようなものだし、どんなやつか分からないから警戒してんだろ?」

「初めての人はみんなそうなの?」

「そうだなぁ。小日向ちゃんがこれから会う人は多分みんなそうだ」

「立花は違った……」


「立花なりに警戒してるんだぞ? 見えないだけで」

「私には見えないの?」

「それは分からないけど、ほとんどの人間は見えないんだから見えなくても何とかなるんだぞ」

「そうなの?」

 小日向が驚いているので桐生は背後の護衛を振り返るといつの間にかそこに居た紫雲英が頷いてみせる。


「俺らは見えませんし」

「そうだったの!」

「必要ない能力はないので……」

 小日向は瞬きを繰り返している。


「いったい何の話なの?」

 困惑した様子で一ノ方がいう。

「ん~? 立花って感情の色が見えにくいんだよ。抑制が効いてるっつーか」

「本当は何も感じてないんでしょう? 大体分かるわよ」

 桐生は少し驚いたように一ノ方を見ると、小日向に向かって微笑む。

「なっ!」

 しかし小日向は納得していない様子だった。


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