第7話 長い一日

 結局小日向は一人でお風呂に入り、立花は二人の子供たちと一緒だったようだ。

 紫雲英たちの国では入浴は体を洗う為のものだが、ここレオモレアでは身体の疲れを取ったりリラックスしたりする効果を求めてゆっくりとするものらしい。

 しかし、入浴後の夕食の席の疲れたような立花を見る限り効果はあまりなさそうだった。




 紫雲英と立花が酒を飲み、他の五人は大きなテーブルに並んだご飯を賑やかに食べている。


「雲母うまいか?」

 雲母がとても嬉しそうなので紫雲英は思わず言ってしまった。

「はい、こんな料理初めて食べました。温かくて美味しいです」

「? おねーさんは何食べてたの?」

 花梨が不思議そうに聞く。

「ええっと……」

「外仕事なので、携帯食ばかりなんです」

 雲母が答えられないので紫雲英が適当に答える。


「へぇ〜どんなの? 今持ってる?」

 何故か立花が興味を示す。

「立花様はダメですよ、携帯食じゃ元気が出ません」

 食事を面倒くさがることの多い立花を警戒して棗が注意する。


「これうまいよ!」

 葉はお気に入りの唐揚げを小日向と雲母に勧める。

 小日向は勧められるまま、特に感情を見せずに食べ進めている。


「この酒はうまいんですか?」

 紫雲英が無表情で飲んている立花に尋ねる。

「飲んだことないのか?」

「酒飲むの初めてです」

 紫雲英の言葉に立花は少し驚いた様子だった。


「んー? 高い酒ってのは希少価値があるって事で……」

「うまくない?」

「好みの問題だろ?」

「えー? 棗さんも飲んで見てくださいよ。これ美味しいんですか?」

「ダメダメ! 棗に酒を与えんな!」

 納得出来なかった紫雲英が棗に酒を勧めると立花が拒絶反応を示す。


「少しなら大丈夫です」

「一口な、一口だぞ?」

 立花が念をおしてから棗にコップを渡す、一口飲んだ棗は眉を寄せる。


「すごく強くて癖のあるお酒ですね」

「つまり不味いんですね?」

「……好みの問題です……私はそんなに飲みませんし……」

「棗さんお酒嫌いなんですか?」

「酒癖が悪いんだよ、酔うと喧嘩上等になる」

 紫雲英の疑問に立花が答える。


「喧嘩上等?」

「そう。一回ウチで飲んでたら、スッゲー怒られて、エラい目にあった……」




  ▽▲▽




 その日立花は棗と晩酌のあと自然な流れでイチャイチャしていたのだが、ウッカリ”ふわふわ〜”とか口走ったらしく、棗と並んでいたはずの立花は気がつくとペシャンとソファから投げ捨てられており、見上げた棗に地獄の業火が宿ったような視線を向けられた。


「なちゅめしゃん……?」

「ふわふわって何ですか?」

「ふわふわ? 俺そんなこと言ったっけ?」

「どういう意味ですか?」

「気持ちがいいって意味です!!」

「つまり棗が太ったと?」

「言ってない! 俺そんな事言ってません!!」


 棗はその時期忙しく体重が増えたことを気にしていた。立花は迂闊にも逆鱗に触れてしまったようで、何とか許してもらおうと涙目で情に訴えてみたり、拗ねてみたり、すがってみたりしたのだが許してもらえず、上級土下座で謝り倒したのは忘れることが出来ない。




  ▽▲▽




 うっかり思い出した立花の悲しげな様子に紫雲英は大人しく引き下がった。


「小日向ちゃん一緒に寝よ〜」

 食事を終えた葉がおねだりするとそれを聞きつけた花梨も言う。

「ずるい!! 花梨も一緒!!」


 しかし小日向はまだ食べ終わっておらず、ものを食べている間は喋らないというマナーに忠実な小日向が口の中のものを飲み込んだ頃には花梨の部屋で三人で寝ることが決定していた。


「いってらっしゃ~い。おやすみなさ~い」

「いいんですか?」

 紫雲英が手を振っていうと雲母が驚いていう。

「いいのいいの。ここ安全だし」


 そのまま三人の子供たちは棗に連れられていった。


「大丈夫なのか?」

「何がです?」

 立花が何を言いたいのか全く分からなかったので紫雲英は聞き返す。


「お姫様なんだろ? 普段どんなところで寝てるか知らないけど、人と一緒で寝れるのか?」

「俺も知りませんけど、一日ぐらい平気でしょう?」

「そうか? お前らのとこは子供どうしてるんだ? 誰かまとめて面倒見てるのか?」

「さぁ~? 俺ほかに子供見たことないし。大体俺らってそこそこ大きくなってから保育器出るし、その頃にはもう働けるんで」

「……俺にそんな事いっていいのか?」

 立花は少し動揺している。


「だって立花様知ってるでしょ?」

「ぅっ、まぁ……。でも読み書きとかどうやって教えてるんだ?」

「さぁ~気がついたら知ってるんですよ……」

「なんだそれ? こわっ……あの子の父親もそれでいいのと思ってるのか?」

「父親?」

 考えたこともなかった、と紫雲英は思う。


「母親は女王だろうけど、ハイブリッドは生殖能力ないんだろ? 父親は人間じゃないのか?」

「やだなぁ~俺が知ってる訳ないじゃないですか。てか多分本人しか知らないんじゃないですか?」

「……まさか蟲みたいに食べたとか言わないよな?」

 立花が冗談めかして言う。


「え? 蟲って食べるんですか?」

「普段は分裂で増えるんだけど、たまに食べた生き物の特徴の持った奴が分裂してくるらしいけど?」

「うちの女王が頭からバリバリ喰うんですか? そんなに口大きくないですよ?」

「料理してるかもしれないだろ?」

「なんスかそれ……急に猟奇的になるんでやめてくださいよ」

 紫雲英は嫌な顔をするし、うっかり調理済立花を想像したらしい雲母は青い顔をしている。


「でも普通隠す必要ないだろ?」

「そんなことないです!!」

 立花の言葉にいつの間にか戻ってきた棗が強く反論する。


「色々ありますよ! 身分違いとか。相手の家族に反対されているとか、あとは……家庭のある人だったとか……」

 棗の思考にはロマンスが溢れている。立花はあえて反論はしなかった

「もう、寝ようか……?」




 おやすみを言って紫雲英たちと別れた立花はグチグチと文句を言いながらベットに入る。


「あ~ひどい目にあったよ~。最悪の一日だったよ~。早くどっか行ってくれないかなぁあ~~」

 言いながら立花は腕にしっかり抱きかかえ、頬ずりしたり、撫でたりしながら戯れている。棗の脚に。


「それにしたって、あんな可愛い女の子が怖いとか立花様どうかしてますよ……」

「だってあの子、妙に子供っぽくないし、こっち凄い見てくるし……」

 ベットボードに背中を預けて座っている棗に横になっている立花は恨みがましい視線をむける。


「そうですか、それはお可哀そうですね、分かったから脚を離してください」

「いやだぁ~俺の癒し~~」

 しつこい立花から棗が脚を引き抜くと、立花はそれはそれは悲しげな顔をする。

「ああ……いじわる……」

 立花が涙目で訴えるので棗は膝で立花の顔をグリグリと攻撃するが、立花は何故かとても嬉しそうだ。

「変態、脚フェチ……」

「うぅう~」

「もう寝ますからね!!」


棗も横になったので、立花の目の間にあるのは棗の顔だ。

「ああぁぁ……」

「おやすみなさい!」

「おやすみ……」


 こうして立花の長い一日は終わったのだった。

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