第6話 訳ありのお土産

 紫雲英が戻って来た雲母と三人でリビングに向かうと葉と花梨が小日向を誘って遊び始める。


「立花様、お邪魔してます」

「いつ帰るんだ?」

 不機嫌な立花の前に紫雲英は酒瓶を出す。


「これって……」

 気の無い風を装っているが酒好きの立花は興味津々だ。


「知ってます? 幻の酒って言われてるやつです」

「知ってる……もう買えないのにどうやって?」

「頂戴してきたんですよ。俺も飲んだ事ないんで、一緒にどうですか? 晩酌」

「晩酌? 泊まる気か?」

「いいんですよ、俺一人で晩酌しても……」

 見つめ合うことしばし、立花は舌打しながらお泊まりを認めてくれた。


「小日向ちゃんお泊まりするの? 一緒にお風呂入ろう!!」

 話を聞いていた葉が無駄に叫ぶ。


「葉は男だからダメ!」

 花梨が冷たくいう。


「えー!! じゃあねーちゃんはパパとお風呂入っちゃダメだからね!」

「何でよ! 」

「ねーちゃんは女だろ!!」

 二人はうなり声をあげて取っ組み合いの喧嘩を始める。中々本格的だ。


「怪我しないの?」

「ありがとう小日向ちゃん、うちはお稽古してるから大丈夫よ」

 棗が小日向を避難させながら言う。


「棗さん、お泊まりしてもいいですか?」

 紫雲英は最終確認で棗に聞く。


「はい。どうぞ、今何処に泊まってるんですか? 着替え取りに行きますか?」

「いや、雲母がさっき取ってきたんで」

「え? でも……」

「出入りは玄関にしてもらえます?」

 戸惑う棗に被せて立花の声がする。


「すいません、習性でして、何せ招かれたの初めてなんで」

「雲母さんもお前と同じ仕事なのか?」

「ええ、俺の後任です」

 立花に各国の監視が付いているのは公然の秘密だ。紫雲英が立花を助けられたのも常に側にいたからだ。


「いつから?」

「……八年前?……でも家の中とか入ってないよな?」

「はい。近づくなと言われてます」

「…………」

 立花は険しい表情だ。


「ぁぁ、闇の人なんですね?」

「棗……」

 棗の無神経なつぶやきに立花は悲しそうな顔でいう。

「あっ……」

「秘密でお願いします……」

 雲母がいった。


 大人達がグタグタの打ち合わせをしている間に花梨に投げ飛ばされた葉が泣き出したので喧嘩は終了になった。


「葉はダメ! 花梨はいいの!」

 花梨が勝ち誇って宣言する。この家の教育方針は大陸一の武門の家柄と言われる棗の実家を受け継いでいるので、勝った者が正義である。


「花梨、勝った人は優しくしないとな? 葉はパパとお風呂入ろう」

「うぇうぇ〜ぇん。パパぁ〜〜」

 葉は泣きながら立花にしがみつき、花梨は憮然としている。


「それより、小日向様は一人でお風呂はいれますよね?」

 小日向が戸惑っていたので紫雲英がいう。


「……うん」

「ええ! 一緒に入ろう……?」

「なんで?」

 小日向には色々理解出来ない風習なのでとても困惑している。


「楽しいよ?」

「お風呂は楽しいの?」

「お風呂で泡アワして、水ブシャーってするんだよね? パパ?」

「んー? うん、でもお風呂は遊ぶとこじゃないんだぞ?」

「…………」

 葉は立花を見つめるだけで返事はしなかった。


「分かった……」

「いいんですか?」

 小日向が頷くので紫雲英と雲母が驚いていう。


「小日向ちゃん無理しなくていいのよ。お部屋にお風呂付いてるし、この子達と入ると怪我するわよ?」

「……やめましょう、小日向様。うちの国にはない風習ですから、知ってるだけで充分です」

「でも……」

 小日向は立花を見上げている。


 えっ? なに? 立花とお風呂一緒に入りたいの? いや、まさかね……と紫雲英は思う。


「そう言えば! お土産あるんだ!」

 立花はわざとらしく話題を変えた。




 立花が取り出したのは色とりどりのチョコレートだった。


「俺はもう食べたらから、一人一個な!!」

 立花は一人一個を力説する。


「チョコレート! チョコレート!」

 さっきまで喧嘩していた二人は一緒に跳ね回ってチョコレートを歓迎している。


「お客さんが先な、小日向ちゃんはどれがいい?」

「小日向ちゃんは紫だよね〜」

「お目目といっしょ〜」

 小日向は二人に言われたので紫のチョコレートを手に取った。


「お前らは?」

「子供たちの後でいいですよ」

「ほんとー? いいの?」

「ありがとう!!」

 紫雲英に言われて二人は嬉しそうにお礼を言う。


「葉ね、みどり!!」

「花梨はきいろ」

 二人は色を言うと口を大きく開けて待っているので立花はそれぞれに食べさせてあげる。


「おいちー」

「うまー」

「…………」

 立花にアーンしてもらった二人を小日向が凝視している。


「立花様。こっちもお願いします」

「はあ?」

 立花は紫雲英をすごい顔で睨む。


「俺じゃないです。小日向様に」

「…………」

 立花は嫌な顔をしない様に気をつけているようだ。そして小日向が口を開けて待っているので恐る恐るアーンしてあげる。


「良かったですね〜小日向さま〜」

 小日向は幸せそうな顔で頷く。


 そして立花はぞんざいに紫雲英と雲母にチョコレートを渡すと最後の一つを棗にあげている。




「紫雲英様、このチョコレートなんですか?」

 紫雲英に近づいてきた雲母が小声で言う。


「何だろうな、家族にもあげてるから毒じゃないだろうけど、消毒とかかもな」

「消毒?」

「ほら、未知のウィルスとか持ち込まないように」

「まさか……」


 そんな話をしている二人の足元では小日向が人生で一番美味しい物を食べたような様子で喜んでいる。


 葉はバリバリとチョコレートを噛み砕き、パパから貰った特別なチョコレートの力で強くなっているのではないかと走り始める。


 花梨は妖精王のチョコレートなのだから飛べるようになるのではないかと、飛び跳ねている。


 棗はきっと高価なのだろうと大切に味わっていた。


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