第5話 立花の家族


 学校の終業ベルが鳴るころ、校庭には大勢の保護者達が集まっている。領主の子供たちのお迎えは、母親の棗と数人の護衛たちだ。

 紫雲英の記憶に残る棗は長い髪の元気な少女だっだが、八年の間に棗は髪が短くなり、母親らしい顔つきになっていた。


 棗は紫雲英の姿をみると嬉しそうに笑ってくれる。


「ああ、紫雲英さん。お久しぶりです! お元気で良かったです!」

「棗さん……俺のこと心配してくれたんですが?」

「はい。ちゃんとお礼もしていないのに、怪我は大丈夫なんですか?」

「ええ。お陰様で」

「良かった。あの時は本当にありがとうございました」

 棗が丁寧に紫雲英に頭を下げるのを見ていた子供たちは不思議そうだ。


「二人もお礼を言いなさい。パパの命の恩人よ」

「いのちのおんじん?」

「そう、ママと結婚する時にね、パパは怖い人に襲われてね、その時紫雲英さんがパパを助けてくれて、ママの所まで連れて来てくれたのよ?」


「くろくもさん……」

「くろくもさんだ!!」

 花梨の呟きに妖精王のお伽話のヒーロー黒雲に思いいたった葉は嬉しそうに紫雲英によじ登り、紫雲英が腕に抱え上げると棗にそっくりな顔を嬉しそうに輝かせてお礼を言う。


「くろくもさん、パパを助けてくれてありがとう!」

「どういたしまして、でも俺は紫雲英ですよ?」

「紫雲英さんありがとう!」

 花梨も棗とそっくりな顔で笑う。


「二人は棗さんにそっくりですね〜」

 紫雲英が言うと二人の笑顔が固まる。


「オレは男だから、パパににてるの……」

 葉は不満そうだ。


「花梨もパパがよかった……」

 花梨も悲しそうだ。


「二人とも全然立花様に似てなくて、おバカさんなんです! どうしたらいいですか?」

 棗は真剣な様子で紫雲英に訴える。


「あー……」

 メンドくさい話題に触れてしまったと紫雲英は後悔した。




 立花は華やかさはないが独特の雰囲気を持ち、女であれば傾国の美姫とでも言われてそうな顔立だ。それだけに女の子が生まれた時には桐生をはじめとした多くの人が子供に会いに来たが、皆一様に子供は棗似だと言って安心して帰っていったものだ。


「ええと、棗さん……? うちのお嬢様が遊びに行きたがってるんですが、いいですか?」

 そう言われた棗は少し離れた小日向と雲母をみて嬉しそうにする。


「あの、可愛いお姫様ですか?」

「いや、姫はちょっと……」

「あっ! すみません! 立花様から聞いてますから大丈夫ですよ! さあ、帰りましょう」

 こうして一行は立花のお家へと向かった。




  ▽▲▽




 立花のお家に着くと、ハウスキーパーのおばあさんが部屋を用意してくれていたので、紫雲英達は少し休む事にした。


「雲母、ホテルから荷物持ってきて」

「いいんですか?」

「いいんだ。力ずくでも泊めてもらうから」

「力ずく?」


 基本的には善良な雲母が困っていたが強引に荷物を取りに行かせると家の中が騒がしくなる。どうやら立花が帰ってきたらしい。


 立花が家族会議をしている様子を葉に付けた盗聴器で聞いていると、小日向が近づいてきた。




『おかえりパパー!!』

 葉の嬉しそうな声がする。


『ただいま。みんなちょっといいか?』

 立花の声だ。


『どうしたの?』

『いいか、二人とも、あの……小日向ちゃんのことだけどな。あの子は隣の国のお姫様なんだ』

『ほんとうのお姫様?』

『そう。本物だ。だから怖い人に狙われたり、まぁ色々あるんだ。だからあの子に家族の事とかは聞かないように。誰かに聞かれても絶対に話しちゃダメだ』


『小日向ちゃん危ないの?』

 花梨の固い声がする。


『そんな事ないよ。あの子についてる二人はとても強いから、そういう心配はしなくてもいい。一番心配なのはお前達のせいであの子を危ない目に合わせる事だ。だから、怖い人が来たら必ず逃げろ。いいな?』


『悪い人ならやっつけるよ!!』

 葉の元気な声がする。


『あの子を狙ってるのは怖い人だ。やっつけようなんて思うな。お前達が余計な事をするのが一番危険だ。約束出来るか?』

『はい! すぐに逃げて、人を呼びます』

 花梨が元気にいう。


『よし。あとな、小日向ちゃん達はちょっと特別な国の人だから……怖がったり、嫌ったりする人もいるかもしれないけど……優しくしてあげてな?』

『何で! 小日向ちゃんいい子だよ!!』

『うん。ほとんどの人はよく知らないから怖いだけだと思うんだ。でもな、パパは人より知ってるつもりだけど……、あの子怖いんだ……』

 二人ともう一人の息を飲む音がする。


『パパぁ〜』

『怖くないよ〜ヨシヨシ』

『何やってるんですか……』

 棗の呆れたような声がした。




  ▽▲▽




「ええと……小日向様? 大丈夫ですか?」

「わたし、怖いの?」

 紫雲英はとてもショックを受けている様子の小日向にかける言葉が見つからない。


「まぁ……王族は俺らにとって怖いですけど……」

 誤魔化す方法が思いつかなかったので正直に言ってみた。


「何が怖いの?」

「ええと……関わったらなんかメンドくさいし……自分のことしないし、狙われてるし、理不尽に酷いことしそうだし……」

「そんなことないのに……」

 小日向は今までみたこともない程悲しそうだ。


「いいですか、小日向様。王族ってのは権力があるじゃないですか? んで強い力を持ってる分狙われたり、なんか……面倒になりやすいでしょう? 大した物を持ってない分面倒も少なくて平和に暮らしてる人からすると、平和を脅かしそうな人は怖いんですよ」


「立花は何が怖いの?」

「立花様は……ハイブリッドが怖いんじゃないですか?」

「紫雲英のことは全然怖がってないのに?」

「……ぁあ。それはほらぁ……小日向様子供なのに子供っぽくないから……」

「だから怖いの?」

「うーん。とりあえず無害なことをアピールしておきましょうね?」

「うん……」

 小日向は悲しそうに頷いた。


 立花をお婿さんにする為にやって来た小日向が無害なのかどうかは、誰も知らない。

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