第4話 ここの常識はあそこの非常識


 レオモレアに来る前、元々紫雲英は曙の国アウローラで実働部隊に人間の文化を教える仕事をしていた。


「紫雲英様、姫様がお呼びです」

「姫って?」

「姫は姫です」

「分かった」


 対応年数が十年と言われるハイブリッドの中ですでに十五年働いている紫雲英はかなりのベテランだ。しかし今まで王族に会った事などない。呼ばれる理由もない。




 紫雲英が連れていかれたのは王宮の奥のプライベートスペースだったが、生活感などまったくない。


「紫雲英さまをおつれしました」

「どうぞ」


 紫雲英をここまで案内してきた青年は中に入らない様で扉の横に控える。紫雲英が恐る恐る前に立つと扉がゆっくりと開く。ナチュラルカラーで統一された部屋は応接セットとディスクしかない。


「よく来たわね!」

 下から声がしたので視線を移すと、銀髪に紫の目をした少女が見上げていた。


「紫雲英です」

「座って!」

 少女は紫雲英を応接セットのソファに座らせると熱心に見つめてくる。

 何か言いたいところなのだが、アウローラでは目上の者とは、された質問以外の会話はしないのが原則なので、紫雲英から話しかける事が出来ない。


「お前にとても会いたかったの! 立花と話した事があるんでしょう?」

「ええと、レオモレアの領主の立花様なら話した事があります」

「どんな人?」

 姫は興味津々といった様子だ。


「えー、人間にしては理解のある、変わった人です」

「変わっているの?」

「はい。人間はハイブリッドの事を雑種と呼んで……関わりたがらないのですが、立花様は普通の人間に対する様に接してくれます」

「そうなの! 普通の人間より優れているのね!」

 姫はとても嬉しそうだ。



 ハイブリッドは生命科学の結晶の様な存在で両親もなく作られ、幼年期になってようやくまともに外の世界で生活し始める。仕事は完全分業制で、仕事に合わせた特性を持って生まれてくるし、何も教わらなくても仕事が出来る。

 その為実働部隊の様に人間の社会と関わらない仕事の者は本当に世間知らずなのだ。


「優れている所もあるし劣っている所もあると思います。我々に偏見がないのは……知識と価値観の問題だと思います」

「どういうこと?」

「人間は蟲と同じくらい我々を恐れて嫌っています。それは我々の事をよく知らないからです」

「人間は私達を蟲と同一視しているのでしょう? それがないのは優れているからでしょう?」


 姫は十歳とは思えない話し方をするが、王族ともなれば生まれる前から知識を与えられているはずなので当たり前だ。しかしただ知識があるだけの様な話し方に紫雲英は戸惑う。


「我々を恐れない人間は優れた人間なのでしょうか?」

「当たり前でしょう!」

「そうですか、でしたらその通りです」

 内心は大いに異論のある紫雲英だが、王族と意見の交換をする気はない。


「でしょう! それでね、私は立花に会いに行きたいの! お前なんとかしなさい」

「しかし、そういった外交の関係はそれの専門が……」

「違うの! 私が個人的に会いたいの! 立花にお婿さんになってもらうの!」

「はい?」

「会いたいの!」

「はぁ……」

 紫雲英はめまいがしてきた。


 立花は二十八歳成人男性で姫は今、十歳。二人の年齢差十八、しかも立花には五歳と六歳の子供がいる。


「立花様はもう他の人のお婿さんですが?」

「知ってる! でも男の方はお嫁さんが何人いてもいいんでしょう?」

「あぁ、それは……そうなんですが……」

 その程度の知識からのお婿さんなら、お気に入りぐらいの感覚だろうと紫雲英は自分に言い聞かせる。


「いいから立花に会わせなさい!」

「ええと、姫様は外交は関係なく、立花様と個人的に仲良くなりたんですよね?」

「そう、そうなの!」

 やっと分かってもらえたと姫は嬉しそうだ。


「個人的に仲良くする為には少し、人間のお勉強が必要ですねぇ」

「私は人間に詳しいわ!」

「いや、いまの知識ですと話がつうじないです」

「人間というか、文化、文化を学びましょう!」

 紫雲英はどうにか姫を説得して人間文化がアウローラと違うという事だけでも分かってもらう事にした。しかしそれでも姫の周りにいるのは、何を学ぶ必要があるのかと首を傾げている者ばかりなので、紫雲英が教える事になるのだった。

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