第3話 雑種の姫君
立花が急いで家に帰って来ると、最愛の犬、ロブが走って迎えに来てくれた。
片目を怪我した黒い大型犬のロブはもとは軍用犬だが、年を取ってきたので立花の元を離れ、自宅警備をしている。
立花がロブをワシワシ撫でながら玄関をくぐると、ハウスキーパーのおばあさんが迎えてくれる。
「あら、立花様お帰りなさい、何かあったのですか?」
予定にないのに帰ってきた立花におばあさんは驚いた様子だ。
「ああ、外国の要人の娘が留学したいって来てて、今日遊びに来るらしいんで。念のため部屋の用意を頼みます」
「分かりました。どんな方ですか?」
「十歳の女の子と護衛が二人、男と女」
「今日は私も泊まった方がいいですか?」
「いや、面倒は見ないと言ってあるし、出来れば帰ってもらいたいから大丈夫です」
「あらあら、困りましたね」
おばあさんは子供の友達を迷惑がる立花をたしなめる様な顔だ。
「う〜ん、でも、あいつらアウローラ人なんで」
「! アウローラ? 雑種じゃないですか! 大丈夫何ですか?」
おばあさんは不快そうな顔をしている。
「あーまぁ。でも見た目は普通だし、一応知り合いで命の恩人なんで、人に言ったり態度に出したりしない様に。大変な事になるんで」
「分かりました」
おばあさんは緊張した様子で部屋の用意をしに行った。
曙の国アウローラはこの大陸の一番東にあり、目立った産業もない国だったのだが、戦争末期になると何故がアウローラだけ人口が増えはじめ、突然大国の仲間入りを果たした。
同盟国ではあるのだが謎の多いアウローラには人体実験の噂があり、アウローラ人はこの星の固有種、蟲と人間の雑種などと言われたりする。
彼らは遺伝子操作や器官の移植などで人間離れした身体能力の兵器だ。
共通しているのは体温が低いこと。生殖能力がないこと。また拒絶反応の為に薬が手放せず、寿命が短いこと。
性格的には従順で素直で真面目な者が多い。
そう言うことを立花はよく知っているがそうでない人の方が多く、大抵は化け物を見る様な態度を示す。
次に立花は妻の棗に連絡する。棗は領主夫人として面会希望者に会ったりと色々忙しい。
『立花様? 何かありました?』
「うん。帰って来た。棗、紫雲英のこと覚えてるか?」
『立花様の命の恩人でしょ?』
「そう。そいつが今護衛してる子供を連れて、葉達が帰って来るから……よろしくな」
『紫雲英さんが護衛してる子供って?』
「俺もすぐ帰るけど、色々気をつけてな」
『はい……』
あまりよく分かっていない様子の棗が心配になるが、忙しい立花はそのまま役所に向かう。
元々は領主の家と役所は同じ建物だっただが、立花は仕事とプライベートは分けたい人なので屋敷とは別に役所を作ってある。大変実用的な作りの建物である。
立花が地下の駐機場から入ると、あと一週間は王都にいるはずの領主が帰って来た事にみんな動揺している。
「あー、悪い。学校から呼び出されただがなんだ……」
「またなんかやったんですか?」
「いや、今回は大した事してない。未遂だし」
「はぁー立花様も大変ですね」
部下達は立花の子供がやんちゃな事をよく知っているので全く疑われなかった。
執務室に着くと文系の副官
「アウローラの姫って本当ですか?」
何処にでもいそうな中年男性の菖蒲が言う。
「うん。本物で間違いないと思う……」
「何しに来たんですか?」
武官らしく立派な体格に少し強面の鬱金が言う。
「友達作りに留学しに来たんだって」
「友達? 何故ここに?」
鬱金は険しい顔だ
「知らないよ……」
「どうするんですか?」
「葉達と友達になったみたいで家に遊びに来る……」
「え〜〜」
二人の困った様な声がする。
「何とかお引き取り願えないんですか?」
菖蒲は顔色が悪くなっている。
「一年ぐらい居るつもりだとか言ってた……んだけど、どうすればいいと思う?」
立花はすがる様な目で鬱金に聞く。
「まずは桐生様に報告、ですかね?」
「引き取ってもらるかな?」
「お友達を作りたいなら王都方がいいんじゃないですか?」
「そうだよな? よし!」
鬱金の言葉に背中を押されて立花は国王の桐生に連絡を取った。
▽▲▽
レオモレアの王、
そんな桐生が王宮庭園で最近仲良くなった街の女の子達の膝枕でくつろいでいた。
「桐生様なんか楽しそうですね?」
「分かる〜? 来週嫁さん達が温泉に行くんだよ。なんか今からワクワクしててさ〜」
「桐生様温泉好きですもんね〜」
「いや、俺は行かないの。嫁さん達だけ、へへへ。なぁーにして遊ぼうかなぁ〜」
「やだ桐生様子供みたーい」
「そうだなー留守番楽しみにしてる子供みたいだよなぁ。そんなかわいい僕と遊んでくれない?」
「え〜?」
庭園には鬱陶しさが満ちている。
「エヘン、エホン、ゲホゲホ」
「おおぃ、どうした? 大丈夫か?」
桐生を呼びに来た従者が大袈裟な咳払いをする。
「すみません、立花様から通信が来ておりますが……」
立花が領地からの緊急の呼び出しで帰った事を知っている桐生はダルそうに答える。
「立花ぁ? えーメンドくさい、お前聞いといて」
「分かりました。では一の方様にお繋ぎします」
「ちょっと待て! 何故にあいつに繋ぐ!」
正妻にチクるぞ、と従者に言われた桐生は取り乱す。
「立花様からその様に言われております」
「チッ」
従者を務めた事もある立花は桐生の行動を読んでいたらしい。
「わぁったよ、分かりましたよ」
桐生は渋々立ち上がり、従者から金のド派手な腕輪の様な通信機を受け取り人気のない所で話し始める。
「何?」
『桐生様……助けて下さい』
不機嫌な桐生の声に立花は弱々しく話し出す。
「嫌だ」
『……紫雲英って覚えてますか?』
「……何があった?」
『白っぽい女の子連れて来て、うちで留学したいって……』
「それで?」
『それでって……警備とか面倒なんで王都で引き取って下さい』
「あーなるほどねぇ。めんどうね、じゃぁあれだ。やぁっておしまい」
『はい?』
「よし、立花、やぁっておしまい!」
『…………とりあえず連れて行きますね』
「イヤイヤいいから、そっちでやってしまえよ」
『一週間後にそっち行きますね』
「待てよ、やだよ。せっかくお留守番なのに何でお前が来るんだよ! やめろよ!」
「お留守番はしなくていいわよ?」
「楓ちゃんと私が残るから」
「…………」
立花との話に夢中になっていた桐生は背後からやって来た自分の正妻と二番目の妻の言葉にフリーズする。
「えっ? どういうこと?」
「立花ちゃんから聞いたもの」
「……、オイ立花! どういうことだ!」
二の方に言われた桐生は二人に再び背を向けて立花を問い詰める。
『先にお話してました』
「立花のくせに……」
『とりあえず、一週間後に連れてくんで、やってしまうのはそれからにしましょう。では!』
立花は最後だけ威勢良く通信を切って逃げた。
「えーあー、お前ら温泉どうすんだ?」
「私達以外は行くわよ? みんなその方が羽が伸ばせるでしょ?」
桐生の正妻、
「あっああ、じゃあ俺もおんせん……」
「あんたはダメよ。他国の姫君でしょう? あんたがいなくてどうするの!」
「ふええ……」
桐生は何とも情けない声をだす。
こうして一週間後は十人ほどいる妻の中の大御所級の二人と他国の姫君を迎えることになった桐生である。
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