第2話 招かれざる客


 森の国レオモレア、桐生王在位八年目。

 国内では穏やかな歳月が流れていたが、ここ商業都市アルピニアは数年前に新しい領主に変わってから数年で国内有数の都市に成長した。人が増えた為、学校も新しく大きくなり、子供達の賑やかな声が聞こえている。


 そんな学校に軍服の集団が乗り込んで来た。

 休み時間で校庭に溢れていた子供達は、軍服の男達を見つけると駆け寄ってくる。


「パパぁー!!!」

 一人の子供が大きな声で叫ぶので先頭を歩いていた立花が微笑んで答えると、男の子が一人飛び出して立花に飛びついていく。


「おかえりぃ!!」

 お腹のあたりにしがみつき、距離感を無視した大声で言う。


「ただいま、よう。まだ仕事中だからな」

 立花はそう言うと男の子を下ろして歩き出すが、いつの間にか遠巻きにしていた子供たちに囲まれている。


「葉ちゃんパパ様お帰りなさい」

「パパ様今日はどうしたの?」

 パパ様と微妙な呼ばれ方をしている立花は困った様子だ。


「んー? 何か先生に呼ばれたんだよなぁ〜」

「オレ何にもしてないよ!!」

花梨かりんも良い子にしてた……」

「ママが呼ばれてないから、それは心配してないよ」

 子供の集団の中にいた女の子が言うと、立花は女の子をなでながら言う。


「パパ今日は帰ってくる?」

「うん? どうだろ? 多分帰れると思うから、花梨も葉も良い子にしてろよ?」

「分かった!!」

 子供たちは元気に返事をして立花を見送る。




 建物に入ろうとすると学校の校長が迎えに来た。

「立花様、領主様を呼びつけてしまって申し訳ございません」

「通信で話せないって何があったんですか?」

「それが……」

 四十代と思われる女性の校長は困った顔で校庭の一角に視線を送る。


「ゲッ……」

 校長の視線を追った立花は本当に嫌そうな様子だ。


「立花様ぁ〜お久しぶり〜」

 校庭の一角にいた男が立花に向かって駆けよって嬉しそうに手を振ってくる。


「おっおお、久しぶり……」

 立花の近くまでやって来た背の高い天パの男は両手を広げて微笑む。


「何だよ?」

「感動の再会には熱い抱擁がつきものでしょ?」

「いや、全然感動してないし」

「酷い! 俺は立花様の命の恩人ですよ!! 名前も覚えてないんですか?」

 男はわざとらしく怒って見せる。


「覚えてるよ、紫雲英げんげだろ? お前まだ元気だったんだな、良かったな」

「心配してくれてたんですか!」

「いや、もう死んでるかと思ってた」

「酷い! 立花様酷い!」

 紫雲英がテンション高く嘆いている。


「お知り合い、ですか?」

 校長が恐る恐る聞いてくる。


「あの、まぁ、昔助けてもらったんです。

 いや、それよりお前何しに来たんだよ」

「俺昇進しまして、今はこの方の護衛をしてるんです!」

 紫雲英が後から追いついてきた小さな影の背中を押す。


 先程から視界に入ってはいたが直視したくなかったものが苦手な視線を向けてくる。

「そう……ですか。おめでとうございます。で、何の用ですか?」


「このお嬢様がですね、留学先にこちらを望まれました!」

「留学……」

 立花が校長を見ると重く肯定される。



「えぇっと、そちらのお嬢様って……まさか」

小日向こひなです。お久しぶり」

 銀髪に紫の目をした落ち着いた様子の女の子は上流階級の挨拶をする。


「お久しぶり?」

「前にお会いしてます」

「そう、でしたか、失礼しました。覚えていなくて」

 立花はこんな目立つ容姿の子供に会った記憶がないので誤り方が適当だ。


「九年前に一度お会いしてます」

 どう大目に見ても十代前半の小日向に立花は恐怖を感じ始める。


「……小日向様はおいくつですか?」

「十歳です」

 立花は何とも言えない視線を紫雲英に向ける。



「ちょっとすみません」

 紫雲英は立花の死角で小日向に小声で話し掛ける。


「姫様、普通子供は三歳ぐらいからしか記憶ないらしいです。あと喋り方が子供っぽくないです」

「……どうすれはいいの?」

「えぇっと……とりあえず語尾に”なの”でも付けといて下さい。あとはこっちで誤魔化します」

 小日向は不満そうな顔をする。


「立花様は警戒心が強いから、仲良くするには気をつけないとなんです」

「分かった……なの」

 小日向は紫雲英の視線にしぶしぶ語尾を付ける。



「この場合は”分かったの”です」

「気をつけるの」

「完璧です。雲母きらら、お前も気をつけろよ!」

「何をですか?」

 離れて様子を伺っていた呼ばれた若い女性が戸惑っていう。


「立花様に警戒されないように、だ」

「しかし紫雲英様、もう遅いのでは?」

 大人しそうな容姿の雲母だが言いたいことは言うタイプのようだ。


 雲母に言われて振り返った紫雲英と小日向が見たのは難しい顔で考えこんでいる立花だった。




  ▽▲▽




 九年前、立花は同盟国、暁の国アウローラの女王が連れた赤ちゃんと会っている。銀髪に紫の目をした小日向の珍しい容姿はアウローラの王族と同じだが、過去に会っていると言うのなら間違いなくアウローラの姫だ。

 警備のことを考えると頭が痛い。間違いなく色々と面倒になる。


 誰に押し付けようかと立花が考えていると打ち合わせが終わったらしい三人がこっちを見ている。


「おい、紫雲英ちょっと」

 立花は比較的気安い紫雲英と小声で話し合う。


「何ですか?」

「留学って何日ぐらいいる気なんだ?」

「何日て、一年はいるんじゃないですか?」

「一年! ずっとここにいるのか?」

 立花は驚く。


「だって留学の目的はお友達を作る事ですよ?」

「自分の国でやればいいだろ?」

「いや、うちの国適当な子供が居ないんで……」

「友達なんていなくていいだろ」

「いや、立花様はそれでもいいかもしれないですけど、普通は友達欲しいでしょ?」

「え? 俺一応友達いる……」

 紫雲英が生暖かい目で立花を見てくる。


「とにかく! 一年とか無理! 一週間が限界!」

「警備とか気にしなくてもいいんで、俺とあとあの女の子、雲母って言うんですけど仲間なんで、気を使う事ないんで」

「強いのか?」

「新世代なんで優秀ですよ」

「ほんっとに何もしないからな?」

「迷惑かけないようにしますから」

「存在だけで迷惑だけどな」

 立花は吐き捨てるように言うが、紫雲英に気にした様子はない。




 結局アウローラの姫の滞在を認めることになった立花が視線を外すと、息子の葉が目を輝かせてこちらを見ている。


「どうした?」

「パパぁ? 小日向ちゃんがね、家に遊びに来るって~」

「えっつ?」

「パパ早く帰ってきてね」


 嬉しそうな葉の後ろでは娘の花梨が小日向と手をつないで立花を見ている。


「あ~そっかぁ~う~ん分かった。……じゃあ、帰るな」


 立花は複雑な表情で学校を後にした。

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