第一幕 前奏曲《プレリュード》

第1章 棗の棘

第1話 その物語はフィクションです


 森の国レオモレア、王都にある王城の一室でこの日も立花たちばなは、堪えていた。


「だからね、ありきたりなのが嫌ならこの子に頼むといいの。この立花ちゃんは昔からウチの桐生きりゅうが使っていたから、どんな奇抜なお願いも叶えてくれるわ〜」


 この国、レオモレア王の第二夫人と隣国の大使夫人が雑談をしている。


「冗談はやめて下さい」

 護衛の男達と比べると小柄で華奢な青年、立花は無表情に言う。


「着任のパーティに奇抜さとかいりません、城には専門家が揃ってますから」

「そぉう? 仮装パーティとか噴水とか楽しかったのに……」

 年齢の分からない可愛らしい容姿の第二夫人、ニノ方は不満そうな顔をする。


「まぁ、一回目はあれですけど仲の良い方との集まりでは是非お願いしたいですわ」

 大使夫人は穏やかではあるが視線が強い。まるで何かを期待するような眼差しが物凄く居心地悪いと立花は思う。


「ところで立花様はひょっとして……」

「あら! 分かる〜?」

「はい! うちの子も大好きなんです、妖精王! 良かったらサインを……」

「俺は一切関係ないんで! 書いてるのはそこのニノ方様なんで! サインはニノ方様に頼んで下さい!」


 大使夫人が何処からともなく取り出した愛らしい装丁の本は現在大陸中でベストセラーになっている児童書『おてんば姫と妖精王』だ。出版にはニノ方をはじめレオモレアの王族が複数関わっている。


「でもね、子供達にとっては書いた人なんてどうでもいいのよ。立花ちゃんは妖精王のモデルで、子供達にとっては妖精王そのものなのよ!」

 ニノ方は熱弁する。立花の雰囲気は可愛らしいのにどことなくなまめかしく怪しげで妖精説に信憑性を持たせている。


「そのものってなんですか? 全然違いますから」

「ぇ〜? だって立花ちゃんは、お城でなつめちゃんと出会って、人攫いに襲われた棗ちゃんを助けたんでしょ?」

 棗ちゃんとは立花の妻でおてんば姫のモデルだ。


「あれは、たまたま、全くの偶然で俺の意思は関係ないんで」


 立花は無表情に訂正するがニノ方は淡々と事実だけを述べるように立花の結婚までを語り続ける。


「それから嫌がらせで謹慎になった立花ちゃんを心配して、棗ちゃんは婚約者がいるのに、会いに行ったのよね?

 それで困難を乗り越えて二人は結婚したのよね? 略奪愛でしょう?」

「俺の所に来た時点で婚約は破談になってました。略奪とか全く、全然、俺には関係ないことなので!」


 立花はニノ方の解釈を強く否定する。


「大丈夫です。分かっております、略奪ではなくすれ違いですよね? 切なくて素敵なお話です……」

「すれ、違い……?」

 大使夫人が謎のフォローをしてくれる。


「分かりました立花様、ここはお写真を撮らせて下さい、うちの子には写真を添えて話しましすから」

「何を、ですか?」

 なんとなく嫌な予感がする。


「妖精王が、実在した事です。こんなに可愛らしいんですもの、一目見ればすぐに妖精と分かります」

「違います! 紛う事なく人類ですから、それに俺は今年二十八のおっさんなんで、可愛らしさなんて何処にもありませんから!」

「まぁ! やはり妖精は違いますわぁ」


 大使夫人はうっとりと立花を見つめる。何処まで冗談なのか立花には全く分からない。


 立花は助けを求めてニノ方を見るがニノ方は早くも写真撮影用に立花の左後ろに陣取る。


「さぁ、護衛の方、とって頂戴。奥様も早くこちらへ」

 はい、と嬉しそうに大使夫人にも腕を取られ、立花は疲れた顔で写真に収まる。それを見た大使夫人はああ、妖精王と感動した様子だ。




 おてんば姫と妖精王はレオモレアが戦争に明け暮れていた国を変えようと思想誘導の一貫として子供向けに書かれたお伽話だ。

 沢山の継母と異母兄弟の中で実の母を亡くした孤独な姫が妖精の助けを借りて冒険すると言う、妻が十人もいるレオモレア王への当てこすりの様に始まる。

 そして様々な文化の国を渡り歩く事で異国へ理解と差別の愚かしさを子供達に伝え、横暴な継母や無関心な父のせいで起こる戦争の悲惨さを伝えようとしている。


こうした思想誘導装置の為国内外にタダ同然で売られた本は子供だけでなく大人にも大人気だ。

 子供向けの冒険編、対象年齢高めの結婚編など何冊も出版されている。




「本当は奥様とはどうだったのですか?」

 写真撮影を終えた大使夫人はとても嬉しそうに立花に話し掛けてくる。


「別に普通ですよ」

「普通、ですか? でもお見合いではないんですよね?」

「えっ? まぁ……その、俺の事を心配してくれたみたいで……」

「それで?」

 大使夫人は興味津々だ。


 自分の話をするのが苦手な立花が助けを求めて視線を彷徨わせていると、立花の部下が現れる。


「何かあったのか?」

 立花はこの機会を逃さず大使夫人とニノ方に挨拶して部屋を出る。

 立花の役職は財務大臣補佐で中々忙しい。


「すみません。領地から緊急の連絡が……」

 立花の部下が申し訳なさそうにいう。


「領地?」

 自分の領地と連絡を取った立花は表彰を曇らせると領地に急いで帰る事にした。

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