第14話 好きなもんは好きなんだ 2

 明け方、こっそり榊の部屋から出てきたみなとは振り向き様、ハッとなる。


 しまった。


 榊の部屋は、浴場のそばだったことを忘れてしまっていた。

 みなとは顔を引き攣らせる。


 ていうか、何でこんな時間に風呂なんか入っているのよ? 頭おかしくない?


 薄く笑うだけで、何も言わずに通り過ぎて行く泰一を見て、みなとはカッとなる。

 無視すればいいこと。頭では分かっているのだが、口が勝手に動いてしまうみなとである。

 「何よ」

 「別に」

 みなとは顔を赤らめる。

 「言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 泰一はそれ以上何も言わず、階段を上がって行ってしまう。


 好きな人と一夜を共にするのが、何が悪い?


 言い返してやろうかとも思ったが、みなとはそこで思い止まる。

 別に、泰一に言い訳をする必要性など、どこにもないのだ。

 せっかくの気分を台無しにされたみなとが、不満たらたらで自分の部屋へ戻りかけようとした時だった。

 「お、みなとちゃん、そんなところで何をしてんの? もしかして、俺、待っていてくれたとか」

 一瞬の間が出来、お互い顔を見合わせ苦笑しあう。

 義三が出てきたのは初音の部屋である。

 昨夜の初音ののりからすれば、大体は想像がつく。

 しどろもどろで言い訳を始めだす義三に、愛想笑いを残したみなとは、さっさと自室へ姿を消してしまう。


 榊の余韻が、まだ躰の奥で燻っていた。 

 躰がまだ熱い。

 セックスをして、こんな幸せな気分に浸れるのは初めてだった。

 額に腕をやり、本気になりそうな自分をみなとは必死で否定をする。

 恋は風邪を引くくらいが調度良いはず……。


 突然鳴りだしたアラームに、みなとは飛び上がる。


 現実へと引き戻され、みなとは小さく笑いを漏らす。


 どんな時でも、必ずいつもと変わらない朝がやって来る。化粧を塗り、自分を下隠せばいい。紅を引けば完了である。


 一呼吸を置いたみなとは部屋を後にする。


 食堂に入っていくと、初音が一人ぼんやりとコーヒーを啜っていた。

 いつもなら奇妙なテンションで纏わりついて来るのだが、それも一切ない。

 「先輩?」

 少し心配になったみなとが声をかけると、初音の瞳がジンワリと濡れだす。

 「どうかしたんですか?」

 「みなと、あんたあんなのが何で良いの?」

 「はい?」

 「だってだってだってね。あんなとこ舐められたり、舐めさせられたり、それに……」

 「先輩? それにどうしたんですか?」

 その先に言いたいことは分かる。あえて意地悪でみなとは聞いてみたのだ。

 「あんなののどこが良いのよ。イクとか想像できないんですけど」

 顔を真っ赤にして言う初音を見て、みなとはつい笑ってしまう。

 「何がおかしいのよ」

 「まだまだお子ちゃまですね、先輩。経験値が足りなすぎですよ。もっと義三さんにかわいがられれば、分かりますって」

 「どうしてそれを」

 「ああもうこんな時間。先輩急がないとバスの時間に遅れちゃいますよ」

 さっさと出て行くみなとの後を、ぎこちない歩き方をする初音が追いかけ出て行く。

 それを見てまた、みなとは笑ってしまう。

 「もう、あんただってこうなったでしょ」

 やけっぱちになった初音に言われ、みなとは顔を顰める。

 嫌なことを思い出してしまった。

 感傷に浸るのは、あまり好きではない。

 こと、恋愛に関しては終わってしまえばそれまで。きれいさっぱりと忘れることにしている。しかし、榊に抱くものは、今までの相手とはどこか違っていて、夢中になっていく、自分が怖くなる。


 その日の初音とみなとは、まったく仕事に手が付かない状態だった。


 「……城ヶ関さん……城ヶ関さんてば」

 目の前に手をかざされ、ようやっと樫野の存在に気が付いたみなとが、ああ。と短い声を上げる。

 「昨夜は大丈夫でした?」

 ポッと顔を赤くするみなとを見て、樫野が首を傾げる。

 「何、顔を赤くして?」

 「何でもないわよ。それより何か御用」

 「ああこの伝票、書き間違えているから訂正をお願いしようと思って」

 「すいません。すぐに直します」

 「城ヶ関さん、もしかして僕のこと、好きになってくれたとか」

 急に顔を近づけられ、みなとは露骨に嫌がる表情を浮かべ、切り返す。

 「んな訳、ないでしょ。あんなターザンまがいなことをさせるような人のこと、どうして私が好きにならなきゃいけないの? ばっかじゃない」

 「とか言って、好きになっちゃうんですよ」

 「なりません」

 言い返したみなとの目が見開く。

 「じゃあこれは貰っていくね」


 何?


 顔を上げた拍子に、みなとは樫野にキスをされてしまっていた。

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ナツコイ物語 kikuna @kikiuna

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