第10話 どうしてこうなるんだ 4
不覚の至りである。
一つのテーブルを囲み、思い思いに宴を楽しむ面々を見て、みなとはげんなりする。
何なんだこの光景。
みなとはビール片手に、一人抜け出し、砂浜へとふらりと歩いていく。
「みなとさん」
息を切らしながら追いかけて来た優衣に呼び止められ、一度舌打ちをしてから、屈託のない笑顔を作り、みなとは振り返る。
「どうしたんですか? 急に出て行っちゃったから、心配になって追っかけて来ちゃいました」
榊の登場で、つい承諾してしまったが、後悔真っ最中のみなとにとって、優衣のやたら愛想がいい子の笑顔が、憎々しげに見える。
ん?
数秒置いてからみなとはニコニコしてみせる。
ああ面倒。
「ごめん。酔っちゃって、少し海風にあたろうと思って」
「それなら良かったです」
「優衣ちゃん、優しいだね」
本音は、余計なお世話だ。何だけどねと、心の声をひた隠しにしたみなとを見て、優衣がスッと真顔になる。
「そんなことありませんよぉ。まだちゃんとお礼を言ってなかったですよね」
「どうしたの急に」
「みなとさん、最期まで乗る気じゃなかったみたいだから、気になっちゃって」
ええ。お陰様で後悔真っ只中ですけど。
みなとはこれでもかというくらい頬骨を上げ、笑みを作る。
「そんなこと、気にしないで。最後は自分で決めたんだもん」
「今回の件、本当に助かりました。大学生の私に何が出来るって、両親に言われ、何が何でも維持してやると思ったんです。所有権とか譲られると、面倒くさいことが発生するって、実は俊兄にも反対されたんですけど、絶対にあの場所を手放すの、嫌だったから。泣いて喚いて、そしたら協力してやるって言ってくれて、あなたたちの話をしてくれたんです」
「あなたと榊さんって、本当に仲が良いとこなんですね」
「はい。私の両親は二人で会社を経営していて、ほとんど家に居なかったんです。家政婦さんが通って来てくれていたから、ぼっちになることはなかったんですけどね……。だけどやっぱり長期休暇になるとね、堪えちゃって、ここで過ごさせてもらっていたんです。俊兄は母方の兄の次男坊なんです。出来のいい兄と比べられるのが嫌で、私と同じようにここへ毎年、避難して来ていて、だから私、二人の大切な思い出が詰まっているこの場所を、どうしてもなくしたくはなかったんです」
優衣の力説に、いささか引き気味で聞いていたみなとが、頷く。
なんだかな……。
軽く会釈をして戻っていく優衣を見やりながら、みなとは溜息をつく。
自分がそうだから、みんなそうだとは限らない。一応否定してから、脳裏に浮かんだことを思い返し、頭を振る。
ありえない話ではない。
人で賑わっている海岸へ視線を戻し、みなとはしばらく海を眺める。
「居た居た」
義三に後ろから腰を抱かれ、みなとはその手を叩き、にっこりとほほ笑む。
「もう止してくださいよ。こんなところ、榊さんに見られたら、どうするんです?」
その言葉を受けて、義三の目が垂れ下がる。
「榊にばれなければ、オッケーってことか」
「そんなこと」
執拗に膨張してしまっている下半身を擦りつけ、みなとの耳元に義三は熱い吐息を掛ける。次の瞬間、みなとは思い切り義三の足を踏みつける。
「調子に乗らないでください」
「何、格好つけてんだよ。誰でもいいんじゃねーのかよ」
「はぁ? 何をおっしゃっているのか、全然分からない」
腰に手を当てて言うみなとを、義三は顔をひきつらせながら、悪たれを吐く。
「男なら、誰とでも寝てくれる、優しい女って初音ちゃんが言ってたぞ。それにもうあんたと俺は」
「止めてください。叫びますよ」
「冷たくするなよ」
みなとは大きく深呼吸すると、悲鳴を上げる。
慌てて義三が口を塞ぐ。
「分かった。悪かった。謝るから」
行き交う人が、そんな二人をちらちら見て行く。
みなとは、大きな瞳からポロポロと大粒の涙をこぼし、肩を震わす。
「ごめん。言い過ぎた。俺、本気でみなとちゃんのこと、好きになっちゃって。だから、他の奴になんて取られたくないって。え?」
「許さない」
「みなとちゃん?」
弁解をする義三をそっちのけで、みなとはずんずんとペンションへ戻っていく。
あの女、ぶっ飛ばす。
「み……」
怒りに肩を震わせたみなとは、歓談している初音を見つけ、いきなりみんなの目の前でキッスをしたのだった。
当然、その場に居合わせていた全員が固まってしまったのは言うまでもない。
「みなと?」
「初音先輩のばか。私、男になんて飢えていないよ。私が欲しいのは愛だよ愛。どうしてそんなことも分からないの?」
「えっと、それって」
おどおどする初音を上目遣いで見ていたみなとが、フッと笑みを零す。
目は怒りに満ちたままである。
「んなこと、あるわけないでしょ。余計なことを言いやがると、あんたが処女で男に飢えていること、ばらしてやるから、まずはあんたのファーストキッスを汚してやったのさ」
胸ぐらをつかまれ言われた初音の瞳が、あっという間に涙でいっぱいになってしまう。
ハッとなったみなとは、顔を手で覆い尽くす。
「ごめんなさい。義三さんについ酷いことをされそうになって、悔しくって、やっぱり私、皆さんと暮らすのは無理です」
そう言い残し、みなとは自室へ駆け込み、鍵をかける。
瓢箪から駒。
ここから出ていける。そう思ったみなとは笑いが出そうになっていた。
荷解きをあまりしていなかったのは幸いである。
トラックの調達をしようと、携帯を持ったまま、みなとはギョッとして振り返る。
「みなとごめんね。私、みなとのこと、全然分かっていなかった。男性経験なしで、女性に走るのもなって思うけど、私は大丈夫。ウエルカムだから」
はい?
目を潤ませた初音が、そっと目を瞑り唇を尖らせる仕草を見て、みなとの背中に虫唾が走る。
どこまで馬鹿な女なんだ。
初音の背中越しで見守るように、優衣がうんうんと頷いて見せる。
「ち、違うから」
そんなみなとの声も虚しく、優衣は行ってしまい、その言葉を聞いた初音が勘違いで目を輝かせる。
「大丈夫だよ。ここにいる人たちは理解してくれると思う」
「だから、そうじゃなくって」
「いいからいいから、時間はたっぷりあるんだし、焦ることはないわ。ゆっくり愛を育んで」
ドアを閉めた初音が、目を輝かせ攻めてくる。
「だから違うって言ってるでしょ。私は」
初音から逃げ出したみなとは誰かとぶつかりそうになる。
「どうしてのそんなに慌てて」
「いえ。榊さんこそ」
みなとはあざとく、榊が手にするボストンバックを見つける。
「少しずつ、俺も荷物を運び入れようと思って、それで挨拶に」
あとから部屋を出てきた初音を見て、榊は会釈する。
「俊兄」
階下から呼ばれ、榊が苦笑いをする。
「あのこれ、お客さんからの貰い物なんだけど良かったら、食べて」
バックから包みを出す榊に、優衣が飛びついてくる。
引きずられるように榊が連れて行かれてしまい、いつの間にか初音もいなくなってしまていた。
「何これ? 食いもんか。貰い」
呆然と立ち尽くしているみなとは、行き成り手にしていたものを取られ、ハッとなる。
「何をするのよ」
泰一が舌を出し、みなとを挑発する。
「返しなさいよ」
「嫌だね」
必死に取り返そうとするみなとの手を振り払い、泰一は廊下の窓から投げ捨ててしまう。
「何をするのよ」
「チャラいんだよ。お前も、あの男も」
「あんたに関係ないでしょ」
「嫌いなんだよお前らみたいな人間」
泰一の迫力に押され、みなとの膝が震えていた。
「嫌いなら、放っておけばいいじゃない」
鼻で笑った泰一は何も言わず、そのまま自室へと消えて行き、みなとはその場にへたり込む。
泰一が何を考えているのか、さっぱり分からなかった。
ノロノロと立ち上がったみなとは、小さく息をつく。
やられっ放しは、気に入らないみなとである。
この性格が災いの元だと、自分でもよく分かていた。だがここで引き下がるわけにはいかないと思ってしまうものは、仕方がない。
ベッドに倒れ込み、しばらくここにいることを決めたみなとだった。
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