第11話 どうしてこうなるんだ 5

  不機嫌丸出しのみなとを追って、初音もオフィスへと入って行く。

 時間をわざとずらそうと、早起きしたみなとは固まる。

 お弁当を用意して待っていた初音が、階段で座って、みなとが起きて来るのを待っていたのだ。

 それだけでもかなり幻滅させられていたのに、がっちり腕を掴まれ、行こうと言われた時には、背筋に走るものがあった。

 「ちょっと、べたべたするの、辞めてもらえます?」

 「どうして? 私はウエルカムって言ったじゃない」

 「あれは、あなたが余計なことを言い触らしているから、お仕置きのつもりで……、したというか……」

 「え? みなとってそっち系なの? ハードル高いけど、私、頑張る」

 「頑張らなくてもよい」

 胸の前で小さくポーズをとられて、みなとはうんざり顔で呟く。

 「大丈夫大丈夫」

 腕を振り解かれた初音はすぐにみなとの腕を取り返し、幸せいっぱいの笑みで、見つめる。

 「ずいぶん、今日は仲良く出社されてきたんですね」

 すれ違っていく二人に困惑した、樫野が声をかける。

 「そうなの、私たち」


 おっと。何を言い出すんだこいつは。


 「もう冗談はここまでですよ先輩。さぁお仕事モード、スイッチオン」

 慌ててみあんとあは初音の背中を押し、自席へ追いやる。

 せめてもの救いは、本社と違って、初音とは席がはなれていることだった。

 ……とはいっても、同じフロアー。首を少し伸ばせま、軽く目と目が合わせられる位置しているのだが。

 「本当に君って人は、面白いよな」

 書類を届けがてら、樫野に言われ、みなとは怖い顔を作って見せる。

 「どういう意味ですか?」

 「男に飽き足らず、女にも手を出したってことじゃないの?」

 「違います。あれは先輩が勝手に勘違いして」

 「でも、勘違いさせるようなことを、君がしたからそうなったんじゃ」

 「あなたには関係ありません。用が済んだらさっさと行ってください。私、忙しいんです」

 「はいはい。じゃあその書類は今日中に処理、頼むよ」


 熊みたいな図体をして、軽々しく私に話しかけて来るんじゃねーよ。


 去っていく樫野に、さんざん悪態を胸の内で吐いたみなとは、やれやれと頭を振る。

 まったく理解不可能の事態が振りかかり、脳みそがとろけだしそうだった。

 そもそも、榊目的だったはずだったのに、当の本人は怪しい従妹とどうにかなっている関係らしい。直接聞いたわけでも、その現場を押さえたわけでもないが、あの、榊を見る優衣の目を見れば、一目で分かる。榊だってそうだ。店にいる時とはまるで別人である。いくらみなとがモーション掛けても、なびかないはずである。あの優しい眼差しを、何とかものにするまでは、引き下がるわけにはいかない。くだらない闘争心と分かっていても、みなとは駆り立てられてしまう自分に、腹を立てていた。

 みなとにとって、恋愛に本気になるのはご法度なのだ。軽い風邪を引いたくらいのテンションがちょうどで、セックスはその延長戦。女であることの証明みたいなもの。だから利益がないセックスはしない。利用ができない男は、さっさと切ってしまえばいい。なのにだ、榊にはまるでそれが通用しない。あの長い指が自分の躰をなぞっていく、そんな想像だけで、みなとの頭はどうにかなりそうになる。何の利益も利用価値もない。強いて言えば、女を磨く道具。そう自分に言い聞かせながら、優衣と仲睦まじく、部屋に消えて行く姿を見た瞬間、自分の中に生まれた感情が、処理しきれず今もなお、胸を締め付けられてしまっているのだ。

 榊を、独り占めにしたい。

 この恋のためなら、何だって出来る。


 すっかり榊一色になってしまったみなとは、一日中仕事が手につかずにいた。


 「みなと。一緒に……」

 話し掛けようとしている初音を追い越し、樫野がみなとへ近寄って行く。

 「城ヶ関さん、ちょっと手伝ってもらえないでしょうか」

 「手伝うって?」

 「接待に、付き合って欲しいんです」

 「接待って、それ、私の管轄外」

 「その人、めちゃくちゃ女性好きで契約取れれば、億単位の仕事になるんです。協力してくれますよね」

 「嫌です」

 きっぱり断るみなとを見て、樫野がゲラゲラと笑い始める。

 「何がおかしいんです?」

 「いやすいません。城ヶ関さんって、もっと大人かと思ったから」

 ムッとしたみなとが歩き出すのを追いかけ、樫野が並んでなおも続ける。

 「相手は大富豪。愛人にしてもらえばいいじゃないですか」

 「本気で言っています?」

 「うそです。意地悪を言いました。あなたがあまりにも僕を相手にしてくれないから」

 足を止めたみなとが、潤んだ瞳を見開き、樫野を見つめる。

 「城ヶ関さん?」

 怯む樫野の急所を膝けりをしたみなとは、鼻を一度鳴らして行ってしまう。

 それを見ていた初音が喜んで、後を追いかけて行く。


 何とも波乱の幕開けである。

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