第9話 どうしてこうなるんだ 3
一瞬の沈黙を破ったのは、義三だった。
「それ、有かも」
……いやいやないだろう。
眉間にしわを寄せるみなとをよそに、初音もニコニコと賛成の声をあげる。
二人の反応に気を良くした優衣がフロントから出てきて、ソファーに腰を落ち着かせ、本格的に話し始める。
「祖父母の所有していたもので、祖父が亡くなり、祖母がしばらく一人で切り盛りしていたのだが、経営がなかなかうまくいっていなかったようなんです。きっと疲労がたたったのでしょう、祖母も倒れてしまい、従業員たちには全員辞めて貰いました。もう手段を選んでいる場合じゃないと思うんです。私の両親は、売る気でいるけど、絶対そんなことはさせない。何が何でもここを守りたいんです。そんなこんなで、共同スペースは皆さんの手をお借りしたいと考えています。宴会でお騒がせすることもあると思うし、人手が足りなければ、お願いすることもあると思うんです。だからお家賃も、3万でいいです」
守りたいって言われてもな……、アホらしい。
「俺たちで良かったら」
「そうよ。知り合ったのも何かの縁だし、私たち、協力するわ」
みなとはあんぐりしてしまう。
「それって、実質、家賃払ってアルバイトをしてくれって話ですよね」
「あれ、言われてみれば」
みなとの言葉に義三が反応して、優衣が慌てだす。
「あっそうか、私全然気が付いていませんでした」
怪しむ目でみなとに見られ、優衣がたじろぐ。
「でもなんだか楽しそうじゃない? 共同スペースの掃除くらいは手伝ってもいいかも」
何でそんなに安易なんだあんたは。
ニコニコする初音を見て、みなとは腹を立てる。
「じゃじゃ俺も、たまにしか手伝えないけど、それで良かったら」
「ありがとうございます」
優衣が勢いよく頭を下げ、大きく開いた胸元に義三の目がくぎ付けになる。
義三の態度に飽きれながら、みなとはさっきから一言も発していない泰一を、チラッと横目で見る。
泰一は我関せずと、新聞を広げていた。
何が何でも阻止をしたいみなとである。
「でもでも焼け石に水ですよね。収入の額が違う」
「大丈夫です。他にも策は練ってあります」
「策?」
「もともとは会社の保有所だったのを買い上げてペンションにしていたものなんです。だから部屋数もそう多くありません。従業員もいませんし、食事も作れない状態なので、休憩所として提供すればいいんじゃないかなって考えているんです。あとは海水客をターゲットに、大浴場を提供するのも、小銭集めになってしまいますが、悪くないと思うんです」
「今日の俺たちみたいにだ」
「はい。いかがでしょ」
「だけど、それを一人でやられるんですかぁ」
意地悪く効くみなとに、優衣は目を細める。
「私一人じゃありません」
「だってぇ、さっき言ったじゃないですかぁ。従業員、全員辞めちゃったって」
「もう一人、親戚のものが一緒にやってくれることになっています」
目を潤ませた優衣が、まっすぐみなとを見詰める。
「ごめんなさい。私はちょっと」
「ええ~、みなと、一緒に暮らそうよ」
「粳さんだって、困りますよね」
「そうなの泰一」
「俺はどっちでもいいよ」
渋るみなとの手を取り、初音が強請るように揺らす。
「ね、ね、ね、そうしようよ」
「その話、俺からもお願いします」
その声に驚いたみなとたちが、一斉に振り向く。
「俊兄ちゃん」
「親戚のものって、榊さんだったの?」
「こいつ、俺の従妹なんです。ここは俺たちにとってユートピアなんです。絶対に潰したくない。ぜひ、協力をして欲しい」
キョトンとするみなとを見て、榊が首を傾げる。
「みなとさん、俺が渡したチケットでここを訪ねてくれたんじゃないんですか?」
チケット?
慌てて財布の中から割引券を取り出し、みなとは驚きを顕わにする。
「こんな偶然とかあるんですね」
みなとの手元を覗き込んだ初音がニコニコと言う。
「ごめんなさい。偶然とか装っちゃいました。実は私、俊兄ちゃんから聞かされていた感じの人たち、探しちゃいました」
「探すって、あんな混みこみの浜辺でどうやって、かなりムズイと思うんですけど」
「全然」
聞くみなとを見て、優衣が目を細める。
「私、特別な能力があるんです」
顔を突きつけながら言われ、みなとは躰を引かせる。
それを見た榊が、優衣に頭へ拳骨を下ろす。
「痛い」
「すいません、まったくのでたらめです。気にしないでください。だけど嬉しいな。偶然だとしても、ここへ来てくれるなんて、運命を感じるな。初めてみなとさんと会った日から、特別な物を感じていたんです俺」
「ええうっそう。つれない態度取っていたじゃないですか」
「まぁ店では致し方がありません。他のお客さんの手前もあるし、俺実はずっと気になっていて」
「ちょっと待った。そう言う話なら、俺は賛成できねぇな」
「ええどうしてです? 先まで乗る気じゃなかったですか」
「俺はこの男が気に入らねぇだよ」
「だったら義三さん抜きでってことで」
「みなとちゃんこそさっきまでの態度と、全然違う」
「え? そうですかぁ? そんなことないですよぉ。もう義三さんたら、止して下さいよぉ」
「キモっ」
「何か言った?」
ボソッと呟く泰一を、みなとは睨みつける。
「そんなことより、俺、腹が減ったんだけど」
「それなら俺、うまい蕎麦屋があるんでそこあんなにしますよ。良かったらみなとさん、俺の車乗って行きませんか」
なんでぇい。助手席じゃないのかよ。
優衣が楽しげに榊と話し込んでいるのを見て、みなとはがっくり肩を落とす。
「みなとちゃん、バーベキュするから中庭へ集合ね」
呼びに来た義三が、チラッと廊下の方へ目をやり、後ろ手でドアを閉める。
荷解きに夢中になっていたみなとはそれに、まったく気が付かずにいた。
「みなとちゃん、好きだ」
後ろから抱き付かれたみなとは、有無なしに舌をねじ込まれてしまう。心はノーと叫んでいるのだが、躰が否めず、気が付くといつも大きな海原へと漕ぎ出してしまう自分が居るのだ。
甘い声をあげるみなとへ、義三の容赦ない愛撫が続く。
最後のフィニッシュに差し掛かった義三の一物を強く握ったみなとが、ニヤッとする。
「何だよ。折角」
「もう甘いですよぉ。この先は、私に利益、ありませんよね?」
「利益って?」
「私、利益のないセックスしないことにしているんです」
「だって今まで」
「それはそれ。でも上手かったからサービスしてあげます」
みなとは自分の手でフィニッシュさせた義三を部屋から追い出し、溜息をつく。
躰の芯がまだ火照っていた。
どうして拒めないのだろうと、つくづくこんな自分が嫌になるみなとだった。
一呼吸置いて、部屋を出てきたみなとは、泰一と目が合ってしまい、たじろぐ。
「尻軽女」
すれ違いざまに言われ、みなとはカーッとなる。
「何なんです。粳さんって、ずっと思っていたんですけど、私のこと、嫌いですよね」
ムッとした泰一が、みなとを壁に押し当てる。
両手の自由を奪われ、みなとは身動きが取れずにいた。
「ああ嫌いだ。お前みたいに誰にでも媚びて、腰を振るやつ、俺が最も嫌う人種だ。よく覚えておけ」
額を強く押し付け、言うだけ言った泰一がスッと離れる。
解放されたみなとの心臓は、ドキドキしていた。
「私だって、あんたのこと大っ嫌い」
階段を駆け下りて行く泰一に、みなとは思わず声を張り上げていた。
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