第8話 どうしてこうなるんだ 2

  うざい。

 

 一面に広がる海を見て、はしゃぎ声をあげる初音を、サングラス越しに睨むみなとだった。分かっていない義三が、車のドアを開け、スッと手を差し出す。

 それを無視してみなとは砂浜へ足を踏み下ろす。

 「みなとちゃん」

 このにやけた髭面が嫌い。

 冷ややかな態度をとるみなとを見て、義三は目じりを下げる。

 あんたはマゾか。

 スタスタ歩いて行ってしまうみなとを見て、義三が飛び空跳ねて喜ぶ。

 「クーしびれるね。クールビューティ。アリだな、もう堪んねぇ、今すぐやりてー」

 「みんな、早く早く」

 だいぶ先へ行ってしまっている初音が振り返り、手招く。

 何なんだあの女は。

 怒りが沸々と煮えたぎるみなとの横に並んだ義三が、腰に手を回してくる。


 待ち合わせ場所、榊が姿を現すことはなかった。

 問い詰めるみなとに、舌をペロッと出し、テヘっとおどけてみせる。

 それだけで充分、みなとをイラつかせた。

 「だって、そうでも言わないとみなと、来てくれないでしょ。ごめ~ん」

 軽い。軽すぎる謝罪でその場をやり過ごし、あとは義三の力づく攻撃で車に乗せられたみなとだった。

 不機嫌木周りないみなとを、運転席の泰一が嘲笑う。

 バックミラーに映る泰一に、みなとは突っかかって行く。

 「何よ」

 「別に」

 「まぁまぁこれでも飲んで」

 義三が手渡すビールを一気飲みしたみなとは、ブスッとしたまま目を閉じる。


 何が悲しくて、紫外線いっぱいの下で肌をさらけ出さなければならないのか、全く理解できない。

 

 「あの」


 声を掛けられたみなとは、怪訝な顔でその相手を見上げる。

 

 泳ぐ気が全くないみなとは、はしゃぎまわる義三と初音を遠目で見ながら、只管酒を煽っていた。

 泰一に関しては、渋々合わせているようだった。

 「何ですか?」

 「お泊り先とか、もうお決まりでしょうか?」

 「はい?」

 怪訝な顔で見上げるみなとへ、彼女は満面の笑顔で続けてきた。

 「お泊りとかじゃなくても、お風呂だけでもオッケーですよ。私、あそこに見えるペンションの者です。食事とかは今、訳があって出せないんですけど、素泊まりで良かったら低料金でご案内できますよ」

 「え、私たちは」

 「マジ?」

 いつの間にか戻って来ていた義三が、目を輝かせ尋ねる。

 「はい。一泊なら5000円で、2時間の休憩なら2000円でいいです」

 「行きます」

 「誰と行くんです? 初音先輩と? それまずいでしょ。あの粳がなんていうか。ああ想像しただけでも怖い」

 「まったくみなとちゃんたら、お惚けさんなんだから。決まっているでしょ、あなたとですよ。あなた」

 「ええ~。嫌だ」

 「またまたそんなこと言って。全部聞いてますよ。みなとちゃん、顔に似合わずあっちが好きで仕方ないんでしょ」

 あの女、ぜってぇ許さない。

 「俺、絶倫ですから。見てくださいこの膨らみ。結構でかいですよ」

 何なんだこの男も。

 あきれるやら腹が立つやらで、みなとは押し黙ってしまっていた。

 「みなとちゃんは俺に身を委ねてくれればいいから、俺のテクニックで何度も頂点へ上らせてあげますよ」

 義三の手が、内腿へと這い上がってくる。

 そっと耳打ちをされ、みなとの躰は不謹慎にもわずかな反応を示してしまっていた。

 「何の話?」

 飲み物を買いに行っていた泰一と初音が戻ってきて、こそこそ話をしている二人を見て、首を傾げる。

 「みなとさん、熱中症にかかったみたいで、あそこで休ませて貰おうかって」

 バレバレの嘘である。

 顔をニヤつかせている義三の言葉を真に受けた初音が、おいおい。と突っ込みを入れたくなるような形相で顔を近づけてくる。

 「みなと、大丈夫?」

 こいつ……。

 いちいち語尾を上げてくる初音に、みなとは顔を引き攣らせる。

 「私は、ダイジョブ」

 「やせ我慢、しないで。私たちに気を使わないで」

 だから。

 初音がみなとの額に手を乗せ、自分のと比べながら言う。

 笑いをかみ殺す義三を、みなとは恨めしく睨む。

 「う~ん。熱、あるような気がする」

 「え? それじゃやっぱ休ませてもらおうよ」

 とってつけたような物言いに、みなとは心底腹が立った。

 「ありがとうございます。今からおいでになりますか?」

 勢いよく頭を下げる彼女を見て、みなとは目を瞬かせる。


 ……えっと。


 断り切れなくなってしまったみなとは、義三の思惑のみ阻止し、大浴場へ浸かっていた。

 「みなとって、本当にスタイル、良いよね」

 「何なんです、急に」

 「んん、別に思ったこと、口にしただけ……。ね、みなと、男の人とする時ってさ、躰とかまじまじと見られるのかな?」

 「はい? 何の話ですか?」

 「あたし、30歳になるんだけど、まだ処女だったりするんだよね」

 「うそ」

 恥ずかしそうにしている初音の顔を、みなとはまじまじと見てしまう。

 「何かさ、今年こそはロストバージンしたいんだよね」

 ようやく、初音のおかしな行動の謎が解けたみなとは、つい笑ってしまう。

 「笑わないでよ。こっちはカビでも生えてきたらどうしようって、真剣に悩んでるんだから」

 「付き合ったこととかは?」

 「……ない」

 ボソッと呟かれ、みなとは必死で笑いを堪える。

 「まぁ先輩、そう焦らなくても」

 「決めた」

 そう言うと、初音が急に立ち上がる。

 驚くみなとに向かって、初音がとんでもないことを言い出したのはその直後だった。

 初音曰く、恋愛に長けているみなととともに行動していれば、そのおこぼれにあずかれると力説するのだ。

 この生ぬるいままの状態ではいけないと言い切り、がしっと手を握った初音は、共に暮らそうと言い出す。

 冗談ではない。

 当然却下である。


 「どうしてダメなの?」

 少々のぼせ気味の二人の口論を聞いて、ロビーのソファーでのんびりと新聞を広げていた義三が片眉をあげ、見やる。


 「聞いてくださいよ」

 目があった初音が義三に駆け寄り、グイと腕を掴む。

 「横浜と千葉の往復の時間を考えると、こっちで暮らした方がいいに決まっている。蝦方さんだって、そう思うでしょ」

 初音に答えを求められ、義三は首振り人形のように頷く。

 「ほら、絶対そうするべきなんだよ」

 「でも」

 「でもとかいらないし。二人で折半すれば、負担とかも軽くなるしさ」

 「何の話です?」

 「私たち、こっちで一緒に暮らせないかなって考えているんです。だけど、みなとちゃんが渋って」

 「マジ?」

 義三の問いかけに、みなとは首をすくめ、反対側へと腰かける。

 「ね、絶対その方が楽しいし、シェアしようよ」

 「私は、一人が好きなんです」

 「またまた」

 義三の腕を掴んだまま言う初音を、呆れるようにみなとは見つめ返す。

 「だったら、ここで皆さんでシェアするってのはどうです?」

 フロントで、泰一と親しげに話していた、比留間優衣が口を挟む。


 一同の視線を集めた優衣が、ニコニコと頷いて見せる。





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