第4話 恋なんてさ風邪を引くようなもの 4

 「会計、済ましたんで次、行きませんか?」

 二人で戻ってきたのを確認した義三が、目じりにしわを作り言う。

 当然のように初音は元気よく返事を返し、みなとへ視線が集まる。

 「あの、私、酔いが回っちゃったみたいで、もう今夜は」

 「分かった。じゃあこうしましょう。ちょうどツインになれるから、お互いゆっくり休める場所へ、ねぇ」

 そう提案する義三をちらっと見上げたみなとは、胸の内で舌打ちをする。

 ニタニタした口元がいやらしく、みなとをげんなりさせていた。

 「ええー、そんなの、つまんない。私、カラオケ行きたい」

 酔いが回った初音が、声大きく言う。

 「俺もそっちがいいかな」

 すかさず、泰一も初音に同意をし、義三はますます顔をにやけさせる。

 「じゃあ決まりな。お前ら二人はカラオケ、俺らは適当にどっかそこら辺のホテルで……」

 義三の話をまるっきり無視をしたみなとは、迷うことなく、バーテンダーにタクシーを呼んでくれるように頼む。

 「いいから、俺と」

 「本当にごめんなさい。今日はここで」

 「だから俺が介抱してやるって」

 「無理なんです」

 みなとは、バーテンダーを縋るように見る。

 にこにこしながらみなとの手をつかむ義三の手を、バーテンダーが剥がす。

 「てめぇ、何しやがるんだ」

 「お客様、他の方にご迷惑になります。そのような行為はお辞めください」

 「ふざけんな」

 深酒をした義三は歯止めが利かず、バーテンダーに詰め寄って行く。

 「ヨシさん、もうよしましょう」

 質が悪い酒である。

 バーテンダーに掴み掛っていく義三目がけ、みなとがカバンをひざ裏へ力つよう命中させる。

 バランスを崩した義三は、顔をカウンターに打ち付け鼻血を出しながら、みなとを顧みる。

「もうだめでしょ。そんなことしたらめっ」

 その場に居合わせた誰もが唖然としてしまう。

 「マスター、ご迷惑かけました。出入り禁止なんて言わないですよね」

 甘ったるい声で聞くみなとに、バーテンダーはマスターではないと断りを入れてから、二度とこんな騒ぎをしないならと条件を付けて、再び店へ来ることを許す。

 この時、完璧に惚れてしまったみなとに、迷いはなかった。

 千葉で部屋を借りず、みなとはその日以来、毎日のようにこの店へと足を運んでいる。

 余程のことがない限り、通って来るみなととバーテンダーの榊はすぐにでも親密の中になると思いきや、意外にガードが固く、互いを名前で呼び合うまでで停止していた。


 千葉営業所は、パート事務員を含む計15人ほどの形成で運営されている。

 ほとんどが白髪交じりの親父か、おばさんの集団である。

 20代のみなとが、大切にされるのは受け売りであった。 

 甘ったるい話し方とは裏腹に、仕事をテキパキと熟すギャップが功を奏し、可愛がられているのだ。

 中年男がほぼ過半数を占めている職場。

 セクハラ発言はちらほらと出てはいるが、みなとにとって痛くもかゆくもない程度のもの。

 現に、歓迎会の日、エレベーターでキスをされかかったが、急所を握り潰し、耳元で。小さいこと。と囁くみなとに、その社員は縮みこんだ。

 エレベーターが開き、先に出ていた仲間と合流するみなとは、女子大生のような振る舞いで、二次会の話に盛り上がる。

 唖然と立ち尽くす男性社員に、みなとは屈託のない笑顔で、早く。行きますよ。と平然と声をかける。

 何も知らない周囲の人間は、なぜ急に具合が悪くなり、帰ってしまったのか知る由もない。


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