第2話 恋なんてさ風邪を引くようなもの 2
「怖いよ。みなと。そんなの、百も承知だよ。そんなに私、馬鹿じゃないもん」
仕事を教わるようにと、あてがわれたのが初音だった。
最初が肝心と思ったみなとは、いつもより一オクターブあげて、けなげな新人を演じて見せた。
それを見た初音も、私こそよろしくね。などと言って手を差し出したのだった。
これでしばらくは安泰。と思ったのも束の間。午後に入り、次第にみなとの胸に不安が過る。
何かにつけて初音が呼ばれ、怒られているのだ。
その度に、またやっちゃった。と舌を出して笑うのだが、みなとは笑えなくなっていた。
入社二日目にして、みなとは初音を見捨て、別の人間に仕事を教えてもらえないだろうかと上司へ直談判をした。
それがきっかけで、村上との恋が始まってしまったのだが……。
それは置いといて、とにかく、是が非でもこの初音から逃れたいと願った。がしかし、給湯室で一緒になった先輩に、可哀そう扱いされ、つい言ってしまったのだ。
「私、可愛いって言われることは多いんですけど、可哀そうって言われたの、初めて。私って、そんな可哀そうですか?」
面を食らった先輩を無視して、近くを通りかかった男性社員を見つけたみなとは、すかさず駆け寄り、話しかけていく。
甘ったるい声に、その男性社員の鼻の下は伸び、勝ち誇ったようにみなとはその先輩を顧みる。
当然の報いが、その後に待っていた。
女性社員が、誰も口を利かなくなるまで、一週間もかからなかった。
そのための村上キープである。
意地悪されても、上司を押さえておけば、大概のことは乗り切れる。その代償が躰。使えるものは何でも使う。愛なんてものは不必用。その時の高ぶりがあればそれだけでいい。
男でもいいから教育係を代えてくれと言うみなとに対し、村上は良い顔をしなかった。それでは初音が傷つくことになるし、周りの目もあるというのだ。しかし実情は違う。自分の所有物になったみなとが、別の男といるのが嫌なだけ。それがたとえ男女の関係がなくてもだ。
いつの間にか、どちらが先輩なのか分からない状態へ陥ったのは、みなとが入社してから、ひと月あまりが過ぎたころだった。
完璧に仕事を熟すみなとが、初音の仕事の見直しをする。
とろとろと進まない打ち込みもほぼ、みなとが済ませるようになり、ふた月目には、縋るような目で初音は見るようになっていた。
廊下を、大股で歩いて行くみなとを、小走りで初音は追いかけていく。
「あんたさ、もう少し頑張んないと、馬鹿にされっぱなしじゃん」
「エヘッ。そうだよね。だけどさ、生まれつきの性格だからさ、これでも目一杯の速度で頑張っているんだよ」
「ああイライラする。もう話しかけてこないで」
「うん分かった。ごめんね」
やたら素直に言われてしまい、みなとは拍子抜けしてしまう。
周りを見回せば誰ひとり、初音に話しかけようとするやつはいなかった。居たとしても、下心ありありの男性社員で、それをバカみたいに親切だと思い込んで、はしゃぎ声をあげる初音を放っておけず、つい助けてしまうのだ。
「こいつなんだけど、粳泰一っていうんだ。高校中退して今、職人しているんだって。先輩が、合コンってやったことがないから、やってみたいってせがまれて困っているんだってさ。頼めるのが、私ぐらいしかいないみたいで、泰一には、何度か助けられているから、恩返ししたいんだよね」
呆れるように見るみなとに、初音は屈託のない笑みを浮かべ、お願いと言う。
究極のバカだ。
みなとは、初音の顔をまじまじと見てしまう。
どう考えても、遠回しに、初音に告っていると、100人中99人は思うぐらい、分かりやすい告白に、なぜここまで鈍感になれるのか、なぞ多き女である。
「ねぇみなと、もう会えなくなっちゃうかもだから良いでしょっ?」
神奈川と千葉じゃ、そう遠くもないが、努めて会おうと思わない限り、切れてしまう縁だろうなと、拝む初音を見下ろしながら、みなとは渋々と頷く。
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