名前忘れた

昼休み直前の授業が終わり寿直と直哉と昼飯を食べていた。

「なあ寿直、硯さんは?」

「さあ」

「さあって」

「知らないもの。けいすけは興味あるんだ」

「ないけど」

寿直はパンをかじりながら困ったような顔をした。

先ほどの授業の終わりに、硯さんは教師に呼ばれてそのまま教室を出ていった。

てっきり寿直もついていくのかと思いきや、ここでこうして昼飯を食べている。

「おれは放課後に話をするからついてくるなって言われた」

「一緒だとかばい合ったり話を合わせたりするからかもな」

直哉がまっとうなことを口にする。

寿直と硯さんがそこまで仲がいいようには見えないが、そういう可能性があるなら教師も考えるか。

「でもけいか一人だと不安だよねえ」

「そうだなあ。寿直というストッパーがいなくて言いたい放題になるだろうな」

「やっぱりおれ見に行こうかな」

……。なんか違和感。

今、寿直はなんて言った?

「なあ寿直。お前いつから硯さんのこと名前で呼んでるんだ?

桂花、だっけ」

「啓介まで名前で呼ばないでよ。価値が下がる」

「下がんねえよ、失礼な奴だな。そんなことよりいつからだ」

「今朝から」

そうなのか。別に仲良しには見えなかったが、一応それなりに進展しているということだろうか。

寿直が機嫌よさそうにしてるからそれはいいんだけどさ。

けど硯さんは無事だろうか。

硯さんの無事どうこうより、その後の寿直の対応が気になるところだ。

「あ、そういえば」

昨日嘉木が言っていたことを思い出した。

「嘉木が言ってたんだけどさ、英語の先生があれこれ言ってきたのって最近先生が見合いでフラれたかららしいんだけど」

「なんだそれ」

直哉が変な顔をする。

まあこれだけじゃわかりにくいか。

「見合いしまくっててフラれまくってるから、学内のカップルに対して嫌な態度取ってるんじゃないかって話」

「ガキかよ」

「ガキっつうか女のヒステリー」

「「なにそれこわい」」

寿直と直哉が同時に声を上げる。

そうだよな。怖いよな。

寿直は妹がいて多少免疫はあるだろうが直哉は一人っ子だからそういうの怖いかもしらん。

いや直哉には相内さんがいるんだった。

なにも怖くないな。

「相内さんは女のヒステリーとかねえの」

「ばっか、京子ちゃんにそんなもんあるわけねえだろ。

あるのは強かさと性格の悪さくらいだ。それについては男女問わない」

「そうか」

若干直哉が泣きそうなのは気のせいだろうか。

そこまで言い切るのに付き合いは止めないところに愛を感じる。

そんな女子に興味を持たれた俺もどうかと思う。

「京子ちゃんはともかく嘉木さんはどうなんだ?」

「嘉木? あいつは元からちょっと変っていうか、姉貴に対するやっかみやらなんやらの感情が鬱屈しちゃったっつうか」

「啓介も大変だな」

本当にな。

しかしそんな嘉木も今となっては落ち着いた知り合いになっているから不思議なもんだ。

友達ではない。

断じて友達ではない。

とはいえ。

「別に大変じゃねえよ。慣れた」

「そういうの慣れちゃダメなやつだと思うけどなあ」

それはわかっている。寿直の言うとおりで、すごくダメな方の慣れだ。

でもそうしないとやっていけない部分はあるんだ。

姉貴と。そこの関わっていく人々と。

どうあがいても第三者になりきれない俺と。

世間の弟妹というのはきっとそれなりにそういう苦労をしているもんだと思っているが実際のところはどうなんだろうな。

「寿直の妹は寿直の妹っていう苦労はないわけ?」

「ないと思うよ。年が離れてるし、通ってる学校も違うし、なによりおれが目立たないから」

目立たないかどうかは置いておいて、出身校が違うというのはでかいのかもな。

直哉はそういうのは関係ないのか。

親や親族が余程でない限りそんなことは問題にならない。

今のところ騒がれてないならそれが答えなんだろう。

「啓介もほどほどにな」

「おう、適当にやるよ」

それくらいの距離感がちょうどいいんだ。

面倒な感情の名前なんて忘れてしまったのだから。

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