ひざまくら

屋上に残るという寿直を置いて、啓介と教室に戻ると京子ちゃんがいた。

俺と啓介を見比べてなにかを考えた後、かわいい顔を作って首をかしげる。

「新崎先輩とのトラブルは解消しましたか?」

「なんでそれを」

「見ればわかりますよ」

そんなうふふ、みたいな顔されても困る。

横で啓介が小さく「やっぱり女って怖い」とか言ってるのも困る。

「それはさておき、部活をさぼりましたね、直哉先輩」

「やむにやまれぬ用事があったんだよ」

「部長がお怒りでしたよ」

「ちょっと土下座しに行ってくる。京子ちゃんは俺を慰めるための膝枕の用意をしておいてくれ」

「いやですよ」

うちの部長は怖いのだ。

普段は祥子先輩の陰に隠れているが真の実力者は部長であり、部長を怒らせるといろいろと詰む。

代々謎の権力を持つのが陸上部部長の習わしであり1年のころはそれで本当にひどい目にあった。

「大丈夫です。部長には直哉先輩は寝坊しただけだって言っておきましたから」

「火に油注がないでくれる!? 京子ちゃんは俺の味方なんだよね。実は敵?」

「私は面白い方に転がるだけです」

本当に怖い後輩である。

啓介は呆れて教室に去っていった。

京子ちゃんはなにか言いたげだけど、それを口にすることはない。

なんつうか、なんつうかだよな。

それを見て俺もなにか言いたいけど、ヘタレなものでなにも言えない。

「京子ちゃんは俺の顔見にきてくれたわけ?」

「そのようなものです。あとはトラブルの香りにつられてきました」

「酷い彼女だな。彼氏よりトラブルかよ」

そりゃあもう、と京子ちゃんは自慢げである。

そんなことで胸を張られてもな。

彼氏としては落ち込むしかない。

「まあそれはさておき最近、嘉木先輩はいかがですか?」

「見てない。啓介と直接やり取りしてるし、啓介もなんも言わないからな」

「そうですか」

京子ちゃんはつまらなそうである。

ていうかたぶんそれが聞きたかったんだろうな。

嘉木さんについて、ではない。

啓介と嘉木さんについて。

もっと厳密に言うなら啓介に近づく女子について。

なんて俺の想像にすぎないけど合ってると思う。

啓介はもてるよな。嘉木さんといい京子ちゃんといい。

本人はちっとも嬉しくなさそうだけど。

「京子ちゃん、顔に出過ぎ」

「なにがですかーーー?」

うふふと笑って誤魔化す。全然誤魔化せてないけど。

放課後の部活には参加すると伝えて京子ちゃんを見送る。

今はもう彼女の顔を見ていられなかった。

今日一日置けばまた、かわいいと、大事だと思えるだろうか。

今だってそう思わないわけじゃない。

ただちょっとやりきれないだけだ。

俺以外の誰か、それも俺に近しいあいつを見つめる姿を見ていられない。

情けねえや。


「おかえり」

ため息をつきながら教室に入ると、すでに寿直も戻ってきていた。

気が付かなかった。

俺と京子ちゃんのやり取りも聞いていたのだろうか。

「なおやとあいうちさんは付き合い始めのわりに仲良くないよね」

「うるせえ人が気にしてることをあっさり言うな」

「あ、気づいてたんだ」

ごめんね、と寿直がかわいい子ぶるけどちっともかわいくない。

落ち込みそうになるのをなんとか堪えて教室に戻ってきたのに。

「寿直、あまり直哉をいじめるな。直哉は辛いときは落ち込んでいいんだぞ」

「おお啓介が優しい。熱でも出たか」

「落ち込む時は俺の視界の外でな」

「くっそ、やっぱり冷たい!!」

でもこうやって馬鹿みたいな話をしてたらちょっと元気出た。

持つべきものは友達である。ちょっとした会話だけで元気になれるとはな。

もっとも落ち込みそうな原因もこいつらなので一概にいいとは言い切れないのだが。

啓介と寿直は早くも俺を放置して今日の授業の宿題を確認したりしている。

まじめかよこいつらは。

あれ。

宿題なんてあったっけ?

「宿題忘れてた! ちょっと見せてくれ」

「一科目500円になります」

「全科目セットで2000円、いかがですかー」

「高えよ!!」

うん、やっぱり友達は選んだ方がいいな。

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