第11話 奴隷の勇者出発
「やっぱり出るのは甘いんだな」
人間入ってくる者には警戒するが出て行く者には警戒しない。
そんなことを考え事件の起こった街を背にして俺とエリシアは馬車に揺られていた。
寝る前に思い出した広場の修繕を少しだけしたときにわかったが、壊れたものを何でも直すというのは俺のスキルでは難しいようだった。
新たに生み出すだけで元ある瓦礫はほとんどどうにもできなかった。
例えば割れたコップをくっつけてから修復みたいなことはできるが、バラバラのままではバラバラのままピース事に1つのカップが出来上がるのだ。
勝手に元に戻るわけじゃない。故に創造超越なのかもしれない。
「もう入れないけどね」
これから俺たちは別人として生きていくことになる。
エリシアは狙われないため、俺は召喚された勇者とバレないために。
目下、表面上は俺のスキルを前提とした商人だ。
服装もそれらしいものを創造してエリシアも名前を変えて服装は俺と似たようなものにしてもらった。
「リア、向こうに着いたら何がしたい?」
「え、別に何も」
「いや、おいしいもの沢山食べたいとか、将来の目標とか、なんかないのか?」
「うーん、長生き?」
ちょっとおかしな顔になるエリシアが可笑しかった。
長生きって……現世の小学生でも言わんぞ。
「暢気なもんだな」
乗り合い馬車に揺られるのは他は農民のような男たちだった。
突然のことに面食らったが俺の目の前に座るこの男からしたら俺たちみたいな子供の馬鹿げた話に興じている様は面白い光景ではなかっただろう。
俺は特に何も言い返さずに宿で買った鞄に手を突っ込み創造した酒をみんなに見えるように突きだした。
「どなたかこの馬車の向かう先に何か知っていることがあれば話してくれませんか、このお酒はほんのお礼です」
ひったくられるようにして目の前の男が酒を呷る。
「なんだこりゃ、水かと思ったがそこそこだな」
相当強い酒だ。俺が作ったのは大柄の男が好んで飲んでいた一番強い酒らしいからな。
まあ中身がどんな酒かは知らないが。
「あー、生き返るぜ」
「……」
最初は確かめるようにちびちびと飲んでから一気に呷って飲み干した男は人差し指を俺に向けて振った。
「いい酒だ」
隣の男が中腰に席を立った。
「おいおい、そりゃねえだろ」
隣の客の非難に俺はもう一本振る舞うと男たちの頬がつり上がる。
「大した気の利いた若造だ。いいか、良く聞け。俺たちが向かってる街は元パナーン国境付近のコルテルンって街だ。
奴隷、盗み、売春、闇の商売も多いが商いをするにはうってつけの街だ。
そこの別嬪とうまくいくといいな」
がはははと笑いながら酒を呷る男。
斜向かいの男も口を開いた。
「そうさなあ、俺たちはそこで農奴として雇われる予定なんだ。
なんでもコルテルンは食料に関してはこのバルゼニオン随一の街だ。
酒もうまいって聞くし、悪い話じゃねえとは思うんだが」
「何か問題が?」
隣の男の咳払が酷く大きい。
「隣の街のゴドリーンじゃ近く戦の準備があるっつってな。
山の向こうとはいえ、安心して働けるわけじゃねえってこった」
酒飲みながら咳き込むとか大丈夫だろうかこの人。
しばらく馬車に揺られているとだんだんとお尻が痛くなってきた。
少し我慢していると馬車が止まる。
「いやあ、皆さんすみません。
こんなオンボロ馬車で」
「別にかまいやしねえ」
「どなたか気分の優れない方は」
お尻が痛いと言うべきだろうか。
「じゃ皆さん、すぐそこに商人が通りかかったんで必要なものがあれば。
それと食料は充分買い込んでおいて下さい。あと用も足して下さいよ」
どうやら食料が足りない奴は下りて買い込めということらしかった。
リアと一緒に下りると陽の光が一気に照りつけてくる。
「結構暑いな」
「お客さん、水ならありますよ」
どうやら水は銀貨を支払わなければならないらしい。
足下見てるな。
銀貨っていったら1万円くらいの価値がある。
というか、パナーンで見たような虹色の貨幣なんか俺は再召喚されてから一度も見ていない。
それにスキルで生み出せるからよほど特別な物でなければ特にいらない。
「まだ水筒が残ってるんで」
革の水筒を見せると商人に渋い顔をされた。
確かにまだあるのはおかしく感じるか?
「リアは?」
「貰う」
商人の提供する物は保存食とかがほとんどだった。
ハチミツやジャムといった甘味もあったが高かった。
この世界の食べ物をスキルでコピーしてもいいが、これよりおいしいものなら作れそうだ。
というか、どうも不思議だ。
パナーンはもっと色んなものを食べていたような記憶がある。
「どうしてこんなところで商いをなさってるんですか?」
「誰にでもってわけじゃない。同じ商会の人間には商いをするってだけさ」
俺たちは結局何も買わないまま馬車に戻った。
いっそ車とか出して街まで行きたいが、出したものは消せないスキルだから悪目立ちしてしまうだろう。
「慎重にならないとな」
だけど、これ以上馬車で移動するならクッションくらいは出したい気もする。
馬車に乗り込むが他の男たちが戻ってこない。
リアだけ帰ってきて俺を見上げた。
「ここで野営するって」
「え?」
「ここで野営するみたい」
マジかよと思うも本気のマジだった。
幌の横に掛けてあったテントなんかに加えて商人から野営用のテントを借りていたようだ。
「お、ボウズ。こっち来て手伝え」
客にテント張らせるなんてと思いながら支柱立てを手伝う。
木材なんだな。結構使い古されているみたいだ。
「全員が同じところで寝るが、そっちの嬢ちゃんは大丈夫か?」
「なんで俺に聞くんですか」
「お前の女だろ?」
いや違うが、そう解釈されてしまうのか。
「リア!」
一応呼んで聞いてみることにした。
嫌だと言ったらどこに寝るんだ?
テント作ったら流石に目立つぞ。
「大丈夫、エイトの隣で寝るから」
「ヒュー、熱いねえ」
なんかいろいろ間違ってる気がするがひとまずテントの設営を終えて昼食を取ることになった。
男たちは幌の横に自分の荷物を掛けていたらしい。
それで身軽に見えたわけだ。
「火を起こしたいやついるか?」
「俺は起こさせて貰うぜ」
男たち数人で火起こしが始まるらしい。
もう昼下がりなのにコレじゃ夜に一食食べられるくらいだろう。
「リアは腹空かないか?」
「うん、空いてない」
朝飯は味噌汁にご飯と日本食をイメージしたけど少し作りすぎたもんな。
スキルで出す飯はどうも加減が掴めないからリアに手伝って貰ってなんとか完食したけど、器に合わせて白飯やら味噌汁が並々と入ってしまうのは頂けない。
木の器も結局荷物だから茂みに捨てたし……。
「次食べるなら魚かな」
規定の大きさのものならおかしなことにはならないだろう。
白飯と合わせて食べたい。焼き魚から作れることは既にカツ丼で立証済みだ。
「魚だあ? どこの貴族だよ」
「うぇっはっはっは。内陸で魚たあ、いいご身分だ」
呟いたつもりが聞こえてしまったらしい。
ちょっと恥ずかしい。
黙ってみているのも何なので火を作ろうとしてみる。
男たちが小枝を積んだところに俺が火を付けようとしてみるがうまくいかない。
徐々に近づいてだいたい5メートル前後近づいたところで自然発火した。
俺のスキルか?
「おい、勝手に火が付いたぞ」
「え? まだ魔石を入れてないぞ」
魔石とはなんだろうと思いつつもちょっとした騒ぎになりかけたので慌ててその場から離れる。
勝手に火が付けばいいと思ったが、どうやらそのままスキルとして使えるようだ。
生み出すことに関してこの力は破格というわけか。
奴隷の勇者たち 伊城コト @ramubo
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