第10話 蘇りし勇者
意識がさらにクリアになっていく。
ぼろぼろの裏路地。2つの死体。
死んだ女の子を前に俺は佇んでいる。
「はは……何だこの状況」
ずきんと頭痛がして今度は自我を失ってから今までの記憶が鮮明に蘇った。
断片的にだが、今俺は窮地にあるようだ。
自我を失うということの意味が分かって戦慄もした。
しかし、今のこの状況は奇跡としか言えないことも理解できる。
煩わしい思考は置いておくとしてまずこの子を治してあげないと。
「どうしますか? アステル様」
後ろを振り返るとすぐそこに奴らがいた。
「頂く、それで充分だ」
意識をやった瞬間、もう目の前に居た。
まるで岩部君の転移スキル――いや、それ以上の不気味さ。
尾野の時間操作のようなレベルかもしれない。
瞬時に目の前に立たれると俺は殺意の奔流に包まれ嘔吐きながら膝を折った。
奴らは生きた俺よりも死んだ|少女(エリシア)を狙っているのか。
間に入ったそいつが俺に腕を振り上げた。
咄嗟に創造超越で龍の鱗を皮膚に貼り付け衝撃をガードする。
景色が吹っ飛ぶ。
まるでトラックにでも撥ねられたような衝撃に鼻の奥がつんとした。
ゴムボールのように跳ねながら俺は瓦礫の中にダイブして嘘みたいに埋まった。
奇跡的に無傷だが、下手に動けない。
この世界で龍の鱗は万能の防具素材となっている。
その知識はモースとの生活の中で持っていた。
だから咄嗟に体の表面に鱗を付け加えられるだけ付け加えたがなんとか効果があったようで命拾いした。
一瞬でも創造が遅ければ、それかあの燃え続ける炎を使われていたら即死だった。
鱗が俺の体から剥がれ落ちていく。鱗は人間の皮膚のようにはならず、自然と剥がれるみたいだ。
「よし、目的のものは手に入った」
「体はよろしいのですか?」
「首でも持って依頼主に送りつけろ。あとはいらん。もともと興味があったのは心臓だけだ」
2人組みは俺を気にも止めず去って行ってくれた。
なんとかひとまず助かったみたいだ。
女の子は既に息絶えていた。
胸に穴が空いて首もなくなりもはや正視できるような状態じゃない。
創造超越の力でなんとかならないか。
【スキル対象を捕捉――死亡した対象の肉体を創造しますか?】
金の粒子が吹き出る。
良かった、これで治――
「え?」
蘇生には成功した。
しかしそれは元の体の隣に異なる肉体がそのまま現れただけだ。
「こっちだ!」
街の衛兵たちが騒ぎを聞きつけて集まってきていた。
あれだけ派手に暴れたのだから当然か。
俺はなんとか少女の手を引いてその場を去ることにした。
裏路地はすっかり広場となってしまった。
しばらく街には戻れないかもしれないな。
お金がなかったが、宿を借りるためにひとまず宿代だけはスキルで作った。
やりたくないが、意識のない女の子を連れて野宿はできないし後で広場で怪我をした人なんかを助けたりしてチャラにしよう。
「ん……」
創造超越で生み出したカツ丼を食べているとベッドの上で女の子が目を覚ました。
俺の記憶の中で一番おいしいカツ丼だから匂いで目が覚めたのかな。
「……ここは――あ!」
俺は両手を挙げて敵意がないことをアピールしながら首を振った。
「できる限りのことはしたが、体に不調があれば言ってくれ」
「……あなた誰、どうして私はここに?」
まあそれが当然の反応だよな。
というか、こいつは死んだ子と同一人物なのだろうか?
首がなかったから新しく体が作られたのか?
少なくともモースのときにはそんなことにはならなかった。
「信じられないかもしれないけど、俺は操られてたんだ。
それで君に酷いことを……でも君のおかげで俺は洗脳から解かれたんだ」
「何の話?」
きょとんとした顔を見るに何も覚えていないのか。
いや、それよりこれじゃまるで別人のような。
心なしか声に感情もないように感じる。
もしかして嫌われた?
全部演技ってことはないだろうけど、そうだったら早めに立ち去った方がいいな。
「怪我は治したし気に入らないなら出て行くよ。
あとこれ、良かったら食べてよ」
俺は彼女のために作っておいた冷めたカツ丼を差し出す。
どういうわけか最初熱々のカツ丼を出すのに失敗してしまったのでそのままになった残りものだ。
作り出すことはできても消せないのがこの力の最大の弱点かもしれない。
――消せない……そうか……彼女が別人でもやり直すために彼女を殺したり消したりすることはできない。
もしかしたら俺はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。
「……たべもの」
「ああ、助けてくれたお礼だよ。もし俺のこと嫌ってないなら名前を聞いてもいいかな」
「……名前」
確か名前はエリシアだったはずだ。
冒険者としては中級クラスで女にしては珍しいソロだとモースが言っていた。
見かけたときは気丈な印象を受けたけど、これはやっぱり別人か。
食事に釣られたのかこちらに歩いてくる。
良かった、体は大丈夫みたいだ。
「……思い出せない」
座るところまでは上品に脚を揃えて座ったが、牛丼をスプーンで掻き込むように食べながら答える。
まだ本調子じゃないのかもしれない。
それとも俺はあの子のコピーを造ってしまっただけではないか?
生き返ったという数万の命もひょっとしてこんな感じなのか?
「思い出せないなら教えるよ、君はエリシア。君の出自が珍しくて襲われていたんだ。
俺は……君に助けられたんだ」
ユウトの名前は名乗らないことにした方がいいだろう。
パナーンが血眼で探しているのは分かるが、あれだけの殺戮兵器を作ってしまったからにはいつ処刑されてもおかしくない。
「エリ、シア……」
「そうだ、俺の名前はエイトとでも呼んで」
「私はエリシア。襲われて……おいしい、ご飯」
急に事態を思い出し始めたか? いや、頭を抱えるような仕草をして俯いた。
「どうした、頭が痛いのか?」
「何も思い出せないの。何も……こんなご飯がこの世界にあるのかさえ」
「ご飯はともかくさっき襲われたって」
「そんな気がしただけ……」
首を振ってエリシアは口を噤んだ。
「そうか、困ったな。
……でもまあ、まずはご飯を食べちゃいなよ。
俺はここで待ってるからさ」
俺はエリシアが食べ終わるのを待ってから話を再開した。
急ぐこともない。
「これからどうする? 街は今君のことで凄い騒ぎになってる。
俺は君に助けられたから君が落ち着けるまでは力になりたいと思ってるから出来れば記憶が戻るまで一緒にいてあげたいと思ってるけど」
目を離してまたすぐ殺されたりするんじゃ俺も気を配る必要がある。
それに俺が蘇らせたこの子は果たして本人なのかさえわからない。
何も知らずに一生を生きていくことになるのだとしたら流石に可哀想だ。
「元気になったけど……私、どうしたらいいのかわからない」
「銀鳥の話ってわかる?」
モースが確かエリシアは銀鳥の一族の末裔だと言っていた。
その体は強靱で魔力が高くいろいろな使い道があるとか。
それが本当ならエリシアは今後も悪い奴らから狙われてしまうだろう。
偽名を使っていたのもきっとその辺りが関係しているに違いない。
「知らない」
俺はエリシアが銀鳥の一族だということを話した。
「銀鳥……ダメ、思い出せない」
手の平で両目を多いながら震えた声を放つエリシア。
俺は立ち上がって窓の外の様子を伺う。
「とりあえずこの街を一緒に出ないか?」
「でも話だと私はこの街で生活してたんだよね。どこに逃げても無駄じゃないの」
銀鳥の一族は希少価値が高く、珍しい髪色であるとも聞いた。
銀の髪は他にもあまり見かけないそうだが、全くいないわけではないので気づかれずに生活していたのかもしれない。
それに死んだはずの人が死体を別にして生きているのはかなり不自然だ。
「髪の色を変えたら別人に見えるかもしれないな」
「そんなことが出来るの?」
「ああ、何色がいい?」
「じゃあ……やっぱりエイトが選んで」
青い瞳に合うような髪か、金髪? いや、栗色だろうか。
元が銀色だからかなり違って見えるだろう。
俺は元の世界にならどこにでも売っているヘアカラーを生成した。
パッケージだけ見ると懐かしく思う。
日本でもよく売られていたやつだ。
「何これ」
「髪を染めるものだよ」
使い方を教えて髪を染めて貰った。
軽く2時間くらい掛かったけど元が白っぽいだけに綺麗に染まった。
多少薄いムラがある気がしないでもないが、気にならないレベルだ。
手鏡を渡して確認して貰うと驚いた声を出していた。
「へえ、これが私? なんだか私じゃないみたい」
「え?」
エリシアは一度も自分を確認してないのに自分の姿を知ってたのだろうか。
それともそう聞こえただけか。
「エリシア、鏡を見る前の自分の姿って覚えてるの?」
「え、どうだろう……わからない」
本人は本当にわからないといった様子だ。
「まあ、これなら他人の振りしてこの街を出られるんじゃないか」
「私のためにありがとう」
俺の出した櫛で髪を梳きながらエリシアは自分の髪を眺めていた。
少し笑顔になっているのが分かる。喜んで貰えたみたいだ。
しばらく髪を堪能した後にエリシアが口を開いた。
「その、エイト? これからどうするの」
「え?」
意外だ、そんなことを言われるなんて夢にも思わなかった。
「私記憶もないし、何も知らないし、足手まといだしエイトは私のこと必要ないでしょ」
「いや、正直ありがたいよ。さっきも言ったけどずっと操られててここがどこかもよくわかってないんだ。君のおかげで助かったんだし、記憶が戻るまでは一緒にいたいと思うけど、迷惑か?」
「迷惑なんてことない」
よかった。
嫌われてたわけじゃないみたいだ。
でも心底信用している感じにも見えない。
「エイトのこともっと知りたいと思ってる」
「ならここじゃない世界から来たって言ったら信じる?」
その日は日が暮れるまで話し続けた。
意外と話が合うというか、相手の考えていることがなんとなくわかる気がして楽しく話せた。
だんだんとエリシアの感情のようなものが感じられるようになったところで夜も更けた。
異性とあまり喋ったことなんかないけど責任感の方が勝ったのか緊張もしなかった。
「それじゃもう寝るか、明日は――8時にここでいいか。俺の部屋はすぐ隣だから」
「わかった、また明日」
俺は足を止めた。
彼女に言うべきだろうか?
「ミュウって名前の女の子、知ってる?」
「……ミュウ、わからない」
「そうか」
あれから5年。
彼女はミュウにそっくりだ。
銀鳥という希少な種族が他にもいるのだろうか?
自分の部屋に戻ると少し肌寒い気がした。
外は今だに騒がしくすぐにベッドに潜り込んだ。
色々あって疲れたせいかすぐに意識は離れていった。
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