第9話 意識蘇る勇者

 胸が熱い。ぼんやりと外の景色が目に映る。

 四肢に力は入らず、ただテレビを眺めているような感覚を俺は甘受していた。

 

「エリシア……ふむ、冒険者登録して接触するしかないか」


 男の声の後に若干の眠りが訪れ、俺は闇の淵に沈むと次に覚醒したとき隣の男は冒険者の身なりをしていた。

 その姿は黒づくめのマントに長杖とゲームの中で見るような服装だった。


「ふぅ、なんとかやれそうだ」


 男は俺に身分を証明するものをいくつか作らせ、魔法使いと荷物持ちとして冒険者を始めたようだった。

 冒険者というものが実在することに驚くが、俺はぼんやりとした頭で驚いていただけで別段何か行動しようとは思えない。

 

 その日に出会った成り行きのパーティで冒険者を学びながら様々な依頼をこなしていく。

 エリシアという人物を探せと言われても俺にはよくわからなかった。


 荷物持ちとしての扱いでしかないが、男は俺を虐げるようなことはない。


「タナトさん、その人はお弟子さんですか?」

「ん? 違うぞ。こいつは俺の荷物持ち、弟子じゃ無い」


 パーティ内でたまに繰り返される質問は男女問わず似ていた。

 若いのに荷物持ちに甘んじている奴隷のような俺の存在が奇異に映ると言っている。

 そもそも俺がタナト《モース》の指示以外で何かしているところを見ていないと。


 まるで不出来なストロボのように場面が飛んだ。

 まるで白濁とした点在する絵のようだ。


 気がつけば俺は食事をしていた。

 味は分からないが、何かを口に運んでは飲み込んでいる。


「エリシアはまだ見つからない。そもそも本当に居るのか?

 銀鳥……とにかく白銀の髪の女を捜してみるか……お前も探せ、銀髪の娘だ」


「はい……」


 俺はそれから銀髪の女を探すようになった。


 海馬に強制的に保存されるアーカイブのようにはっきりと記憶できるから苦労はない。

 探し始めて数日。

 奇妙なことから偶然迷い込んだ路地に彼女はいた。

 小動物に餌を与えているようだ。

 意識がほとんどない自分に彼女を評することはできないが、屋根の隙間から降り注ぐ光の梯子に浮かぶ彼女の慈愛はとても儚くみえた。


 景色が飛び、俺はモースにどこで見つけたかを報告しに行った。

 この光景を見ているのが俺の精一杯だった。

 

「見つけたか、銀鳥を」


 それから男は俺を適当な言葉で褒めた。

 ――さて、次に意識が表層へ上ってきたとき俺は銀髪の女を追っていた。

 どうして追っているのかはわからない。

 女が逃げるから? それとも、女を殺すためか?


 ただ女は何かを俺に叫んでいた。

 聞き取る意思はない。

 魔法を使われるかと思ったが、そうはならなかった。


 女は既に怪我をして力を失っており、後は単純な力勝負だったからだ。


「いや――!」


 はっきりとそれだけは聞こえた。

 組み敷いた女の腹は股の下にあって俺は女の両腕を掴んで押さえ込んでいた。


「よくやった!」


 後方で主の声がする。

 女が暴れる拍子に俺の首掛けが垂れた。


「……え?」


 なぜか女がそれを見て目を見開いている。

 これはなんだ?

 誰から貰った物だっただろうか。

 考えると頭痛がする。


「あ、アステル!? 何しにここへ来た!」


 不意に叫んだ主の危機を察した俺は咄嗟にそちらへ気をやった。


「お前はそのまま抑えてろ!」


 主は何やら取り込み中のようだ。

 俺は目の前の女を押さえ込むことに集中。


「モース、よくやってくれた。まさか私たちより早く見つけ出してくれるとは」


「何を言っている、そこの娘は俺が仕留める。そういう約束のはずだ」


 路地裏だからだろうか、光が天井から差し込み埃が舞う煌めきが見える。

 

 モースの黒装束の向こう側に対峙するアステルという男の表情が歪む。

 何か不穏な気配が漂っていた。


「離して! 離してよぉ!」


 女が叫ぶとだんだんと辺りの音がクリアに聞こえてきた。

 不意にけたたましい轟音に体が揺れる。

 俺の手にあった魔力吸引のルーンが蒼く輝くと男たちは喜んだような声を上げる。


「はっ、やはりそういうことか、モース! 貴様、魔力の供給源を持っているな?」

「くかかか――今頃気づいたか! お前がリーダーの時代はもう終わりだ。

 俺がお前1人殺す力も持たずしてリーダーを自分から名乗り出るものか」


 俺はエリシアを担いでその場を離れた。

 主の意識が魔力を伝って俺にそうさせる。

 俺は考えなくとも主と同じ意識で動いていた。


「やめて!」


 声では抵抗するも行動ではあまり抵抗する力は弱い。銀髪に碧目の少女だった。

 俺は何…して…る――?

 後ろで砲撃のような魔法が応酬している。

 早くエリシアを殺して逃げる方がいいのではないか。

 

 その思考は俺の物じゃ無い。――行動する。俺じゃない。


「創造超越――」


 胸の中心に直接鉄の円柱を具現化すれば心臓だけ抜き取れる。


「ははは! 最期に保有魔力の差が出たな、ようやく死んだか!」


 どうやら主が勝ったらしい。

 主は強い。


「がっは――!?」


 こちらに向かって歩いてこようとしていた主が突然倒れ込む。

 なんだ、敵は、どこだ――?

 ――いや、それより創造超越で主の消えた器官を即座に再生しなければ。


「そこにいるのがこいつの秘密の種だろう?」


 ぞっとする声の女。

 メロンのように大きな胸に黒髪のそいつは緑の瞳で俺を見ていた。

 いや、コイツの方か……秘密の種、エリシア。


「フレア……そうか、げほっ――ユウト! 力を使え! 俺を助けろ! その女はもうどうでもいい!」


 力を主に使おうとしたのと同時、俺の体はエリシアごと吹き飛ばされた。

 魔法による攻撃――戦闘状態になったことで俺の思考が限定的に解除される。


「きゃあああ――!」


 咄嗟に自分の身を守る力に切り替えて周囲に空気の層を形成し体を包み込む。 


 エリシアも同時に吹き飛ばされて後ろの壁に叩きつけられた。

 ――命令通り、|女(エリシア)は無視する。

 主も風の塊に吹き飛ばされたか、どこだ。


「主、どこにいますか。今すぐ治療を!」


 俺の口が勝手に開いた。

 命令通り、しかし俺は主を助けられなかった。

 創造超越で検索して蘇生するより早く主は火だるまにされてしまっていた。

 回復をいくら続けても火は鎮火しない。

 皮膚が完全に再生するより早く肉体が燃やされている。

 創造は破格の力だが、破壊の速度を上回る創造はできないのか。

 あれでは想像を絶する無限の苦しみが続くだけだろう。

 

「もう…やめ、ろ……」


 

 主は頭だけになって瓦礫の上から転がってきた。

 命令通りに力の行使をやめる。主の意識が消える。

 主の意識が消えていく。


 主はエリシアを取り込むと言っていた。

 エリシアと主は同化するのなら次の主はエリシアではないのか。

 主がいない今、俺の命令権はエリシアになる……のか?

 そのとき、胸が熱くなった。まるで熱小手を押し当てられているようだ。


「どう、すれば」


 思わず胸を押さえる。

 モースとエリシアはどうせ同じになる予定だった……モースが死んだのだからエリシアが主か……?

 やがて胸に大きな衝撃が起こって意識がはっきりとした。

 

「エリシア、君は……」


 頭から血を流した見覚えのある女の子に俺は冷静に歩み寄っていった。


「……」


 死んでいる。

 かつてこの子の母親が託したというペンダントを俺は持っていた。

 なぜ名前を変えて?


 そうだ、創造超越でエリシアの体を修復しよう。

 そう思ったそのとき怨嗟のごとく記憶が蘇った。

 

 沢山の命を奪った。自分の罪――勇者として召喚された自分が犯した過ち。

 

 目尻が熱くなる、目の前に少女の姿。

 そうか、思い出した――。

 俺は――この世界に大変なことをしたんだった……。

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