第7話 勇者、再召喚に怯える

 岩部のスキルを駆使して俺たちは夜を徹して移動し続け、他国と思わしき主要都市3カ所にそれぞれ原爆を投下した。

 1日で日本の被爆数を超える計算だ。


「やったぞ!」


 空は明るくなり始め、俺たちはくたくただった。

 最初、空をテレポートで飛び続けるのは全員の精神的負担になった。

 一瞬の無重力感覚が落ちるかも知れないという不安を煽り、怖かったのだ。


 そこでもっと安全に効率よく飛ぶために陸地と空を交互に行ったり来たりしながらジャンプしている感覚で移動したせいで今度は平衡感覚が狂ってふらふらだった。


 それでも尾野たちはやり遂げた。

 俺はもう何も考えたくない。


「これで俺たち助かると思うか?」

「少なくとも消えた街や人で経済は大打撃のはずだ」

「これが混沌カオスってやつか」


黒煙の雲が覆っている中を飛び続けたりもしたのを思い出す。

 そういえば、夜通し起きていたのにこの世界の夜空は見ていなかった。

 ずっと人を沢山殺すことだけを考え続けた夜だった……。

 そう思うと胃から酸っぱい不快感が迫り上がってくる。


「殺人……なんだよな」


罪の意識は大小関わらず全員にあると思う。

 そう信じなければ俺はやっていられない。

 自然と手が震えて抑えられなくなる。


尾野がいなかったら俺たちはこんな馬鹿げたことをやっていなかったはずだ。

 尾野さえいなければ……。

「異世界だぞここは。あれが人だって? あんなの人を殺したとは言わない」

「そう、だよな」

 そう言った島脇の体に朝日の光が透けて見える。


 後ろの雑木林が薄らと島脇の軍服を通して映り、透明人間のようになりつつあった。


「島脇、お前――体が……」

「え……ああ、俺の番か。でもこれで安心できるぜ、なんたって――」

 やりきったんだからな。


 そう言った島脇の瞳は白目を剥いてかくんと首が落ちた。

 そして存在そのものが消え失せるように色が完全になくなる。


「まじかよ、これが再召喚?」


 召喚というよりは存在の消失に見えた。


「島脇と……あと1人は……?」


 しんと静まりかえってお互いを見合い数分が経つ。

 誰の体にも変化は起きない。


「高橋か」

 

 尾野がそう言うと柊と八幡は頷いた。


「そうか、高橋もいたな」


 液体化していたようだが再召喚は免れなかったらしい。


「桜木、いけるか?」

「あ、ああ……」

「どうしたのさ、桜木君。顔色悪いよ」


 俺は一体どれだけの人間を殺した?

 俺は、いや俺たちは。

 どんな罪だ? 殺人なんて枠に収まるのか……許されない。

 許されていいはずがない。


「深く考えるな。今日で最後だ。

 おそらく次は要の岩部か桜木になる確率が高いんだ。

 俺たちは最善を尽くすぞ、最強の一角だった島脇が消えたのは痛いがお前ら2人が残ってくれた。運が良かったことを喜ぼう」


 喉はカラカラだった。

 頭も重いし、今すぐ寝たい。

 そして目が覚めたらいつも通り地球の日本の自分の家にいるんだ。


「でも尾野君、少し休まないと持たないよ」


ここまで積極的に起爆役を買って出ていた八幡はみんなのことを気遣う余裕があるようだった。


「まあな、岩部のテレポートは実際上下が逆さになっていることがあるしな。あれは酔う」

「それは言わない約束だろ」


 乾いた笑いしか起こらなかった。


目の前で仲間が消える恐怖を全員が見た以上――、

それは俺たちに刻々と迫る恐怖を静かに与えてくる。


 尾野が自信に満ちた足取りで近づいてきた。


「桜木、お前は何も気に病む必要は無いんだぞ。

 俺がやりたくてやってるだけだからな。岩部、お前もだ」


「俺はただ飛んでるだけ、そういうことでしょ」

「そうだ」


 それはあまりにも無茶な理屈だ。

 それで全員の罪が軽くなるわけじゃない。

 俺は割り切れないのに大量殺戮兵器を生み出した。

尾野の言うことを信じようとして、けれど心のどこかではそれはだめなことだと感じている。


「少し寝るか……桜木、テントか何か出せないか」


 俺が思いついたのはテントじゃなくて設営宿舎だった。

 トラックに運ばれている工事現場でよくある奴だ。

 この世界に来る前に自宅の近くにあったのを思い出して作っていた。


「ちょうど良いな」

「テントじゃちょっと不安だし、ナイス桜木君」


 こんなのばかりだったら良かったのに。 

 俺は目を瞑り一体自分は何をしているんだろうと考えたが、答えなど出るはずもない。


「桜木君、僕はね……召喚したあの人達が全部悪いと思うよ」


 柊の声は夢の中で聞いたのか、現実で聞いたのかは分からなかった。




 ◆◆◆


「起きろ、桜木」

 重たい瞼を開けると全身が軋むような痛さだった。

 とてつもなく気怠い。

 全然疲れは取れていない。


 尾野の様子は静かにしろと指を唇に持ってきている。


「岩部、柊も――」

 そして外へ出ろというので尾野の言う通り外に出るとこの流れで1人足りないことに気づく。


「八幡は?」

「あいつはここに置いていく」

 

 初めて尾野以外全員に動揺が表れた。


「考えても見ろ、あいつは最後に俺たちに殺してくれとか頼んでくるに違いない。

 そんなことを出来る奴がいるか? 柊?」

「いや、同級生は殺せないよ」

「そうか、転生か」

「なら話はこれで終わりだ。俺たちは俺たちだけで最後の時まで仕事をやり遂げる」

 

 視界が上空に映る。

 八幡が慌てて宿舎から飛び出したのが一瞬見えたが、俺は気がつかないふりをした。

 あいつが殺してくれと頼み込んできたら誰もそんなことはしたくないと言う。

 それが何だか救いだった。


 でも次の瞬間から気分は最悪だった。


 尾野はどこかの街で手に入れた地図を片手に方位磁石を持ちながら岩部に的確な指示を出す。

 

 この世界にも方位磁石があって、太陽がある。

 残念ながら月はないけれど、それでもこの世界は地球よりも自然が豊かで美しいと思った。

 森の木々は大きく、地球よりもたくさんの命が息づいている。


 地球にいるような動物よりも大きな生き物も沢山いた。

 よそ者の俺たちが壊していい世界じゃない。


 震える体を押さえ込もうとするとその罪深さに涙が溢れそうになる。


 それでも――、

 空を飛び続けて1つの街に降り立つ。


「随分荒廃した街だな」

 腹が減ったから爆破前に腹ごしらえという悪魔みたいな思考で俺たちは街を散策し始める。

 当然国境なんて無視して飛んできている。


 一瞬意味不明な言語を投げかけられて女の子が俺の袖を引いた。

「痛――っ」

 不意に頭痛がして俺たちにも少女の声が聞こえるようになる。

「――ら、お願いします……お金が必要なんです」


 どうやら物乞いのようだ。

 少女の身なりは汚いし、髪も煤けて手足も擦り傷だらけ。

 眼下は窪んで影を差していて俺以外はそんな少女に目もくれなかった。


「おい、桜木。なにやってんだ」


「ごめん、これで許して」

 俺は持っていた帝国金貨を握らせる。

 どうせ必要なくなるものだ。


 傷だらけの少女の手にそれを握らせて俺はみんなを追った。

「どうしたんだ桜木。あの子は?」

「知らない、いきなり金を寄越せとか言ってきた」

「まあ多そうだね」「何が」「物乞いだよ」


 岩部も尾野もこの街にあまり興味が無いようだ。

 

俺たちは適当な飲食店をして店に入ると、店長は怪訝そうな顔をして俺たちを見た。

「金はあるのかい」

帝国金貨は当然のごとく渋い顔をされた。

小麦粉をスープに溶かしたような粗悪なものに俺たちはやっぱりこの世界の食い物はおかしいと口々に罵った。

「桜木、今度は3食お前の造った飯が食いたい」

「恋人宣言か?」

「やめてくれ」

 乾いた笑いでスープを流し込む。

 実際何度も飯の打診はされたが、食べ物は味が難しいからと断っていた。

 本当は出来る気もするが、なぜかそうする気にはなれなかった。

飯を食い終わってからはみんなで再召喚について考えた。

「肉体の一部と認識されているからじゃないか」

「例えば明らかにでかい何かを持っていたらそれは認識されるのかな」


わからん。

 考えるのも疲れた。

 

最後の国の2カ所、主要都市と思われる街に原爆を投下し壊滅させた。

 あまりに途方もない力に俺は一瞬これが自分のもつ力だとは思えなくなった。


その凄まじいまでの威力、罪悪感を通り越して途方も無い諦観が襲ってくる。


物乞いの少女もろとも俺は……殺した。


「よくやってくれたな、岩部、桜木」


 叫び出しそうになる手前で尾野だけが平然としていた。

黒い雲が俺たちを包み込むように迫ってくる。

それを丘の上から見上げる俺たちはただ無言で約束の時を待っていた。


「な、なあ……ちょっとどうなってるか見に行ってみないか?」

「は? なんでだよ」


 殺人犯は現場に戻りたくなるという心理があるらしいが、岩部は急にそんなことを言い始めた。


「だってよ、気になるじゃん」

「そうだな……俺たちは現場の状況を確認するべきかもしれないな」


 尾野も賛成する。


 放射能で汚染された街に近づくことは躊躇われたので遠目から確認できるぎりぎりまで近づくに留めた。


 岩部のテレポートで近づいた先には破壊された家屋が海のように広がっていた。

 尾野の時間操作の能力で落下速度を緩やかにする。

 小さく動くそれは人影。

 

 そこには数多くの人間がいた。


「は……?」


 暗い雲の下で人々は瓦礫に埋もれた人を必死に助け出している。

 その光景は原爆投下の日本のものとは似ても似つかない。


「そうか……」


 俺は能力値解錠ステイラス・オンによる能力の制限を見た。

 その原因はすぐに思い至る。


“桜木悠人のと想像によってあらゆるものを創造させる”


「意志ということは……殺さない爆風がこの街を襲ったってことか……?」

 

 人を殺したくないという俺の意志が本物の原爆とは違うものに作り替えたとしか考えられない。

 地に降りると同時、尾野の拳が俺の頬を打った。


「馬鹿野郎! 人が、ほとんどまともに生きてるじゃねえかっ!」

「知らなかったんだ、俺の意志がそこまで影響するなんて!」


 一体どんな原理なんだ?

 いやこれが魔力の力なのか?


「クソ! こんなに人が生き残ってるんじゃ、俺たちは、ただの道化になっちまう!」

「尾野君、そこまで怒らなくても……充分じゃないか」


 人間が多数いる中で経済だけを破壊した場合、人は助け合うか奪い合う。


「分かんねえのか!? これじゃ中途半端なんだよッ! いや返って逆効果だ!

 戦争を起こす動機も出来るし、俺たちの利用価値が逆に広がんだよ!」


 こんな兵器をパナーン帝国が所持していると分かれば、連中は死に物狂いで帝国に抵抗するだろう。

 そしてそれは帝国と他国の総力戦になる。

 最大の問題は帝国と睨み合っていた周辺諸国の協力する動機がはっきりしてしまうことと、人がそれほど死んでいないこと。

 つまり、他国の力を削いで対抗心の抑止という俺たちの作戦は完全に裏目に出てしまった。


 悪ければ戦争、いや俺たちは……戦争のきっかけを作ってしまった。

 その道具としても有用となってしまった。


「ごめん、尾野君……俺の確認不足――「んなこと分かってんだよ!!」


 まさかお前がここまで抜けてる奴だとは思わなかったぜと罵られても俺は何一つ言い返せなかった。

「尾野君」

 岩部が尾野に近づく、ここからその表情は見えない。

 空の雲は黒い雨を降ぎ始めるが俺以外にその雨は当たっていなかった。


「そもそもこの計画は最初から無理だったんだよ。

 原爆でいくら殺してみたところでやられた側は大なり小なり憎んで反撃する。

 そうなったら俺たちは結局利用されるだけじゃないか」


「何言ってんだ……それが狙いだろ」

 今度は俺たちが耳を疑う番だった。

「まさか、お前ら俺たちが本当にたった3日で世界統一でも果たして、平和に生きていけるとでも思ってたのか?」

 尾野は眉を下げながら腹の底を震わせるように嗤っていた。


 完全にこいつは俺たちを見下している。

 最初からそれを狙っていた? 

 こいつは折り紙付きの|優等生(イカレ)じゃないか。

 

「もういい……後は俺1人でやる……能力を使えば間に合うかもしれないからな……」


 尾野は俺たちを置いて一瞬で消える。


 尾野は時間を遅く出来るだけじゃなく、自らの時間を早くも出来るようだ。


「なんだよ……尾野がいなくなったら俺たちここで終わりじゃないか」

 岩部は肩を震わせてくすくすと笑い始めた。


「あっ――はは、はっはっは! 計画失敗、計画失敗だ! 何が世界統一だ、んなもん鼻から無理だったんだよな、ヴァァカ!」


 空の黒い雲を仰いだ岩部。

 周囲の木々が消え、街の頭上に黒い土砂が降り注いだ。


「や、やめろ! どうする気だよ!」

「殺すんだよ! この星全部ひっくり返してなぁッ!」


 悲鳴と地響きが聞こえてくる。

 岩部のキャパシティは重量無制限なのか?

 とにかくテレポートさせている分量が半端じゃない。

 まるで山でも作ろうとしているみたいだ。


 岩部の目と鼻から血が垂れてくる。

 顔色も薄く血の気が引けていた。


 やはり俺たちの力にも限界があるのか!


「もういい! やめろ!」

「やめる? 何をだ? 言ったろ? 俺はやっと理想の世界を見つけられたんだ。

 なのによ、くそが!

 この世界は俺が頂くんだ。いらないものは全部埋めて俺はこの世界で彼女と生きていきたいんだ!」


 目の前には岩部の盛った土砂が山となり高く聳えた。

 しかしあまりに強大な力を行使した代償か、岩部は口から血を吐き始める。


「限界だろ! 岩部! もうやめてくれ!」


 ぐわんぐわんと空中にいくつもの土砂が無尽蔵にテレポートしてくる。

 それらはすさまじい音を上げ巨大な落下物となって街に降り注ぎ続ける。 

 力の限界か、それとも岩部の限界だったのかは分からない。

 突然糸が切れたように岩部は地に倒れた。

 

「岩部、君……」

 

 死んだ。

 そんな言葉が脳裏に過ぎって恐怖する。

 黒い雨はまるで全てを飲み込んでいくかのようだった。


 俺ももう終わりだ。原爆の後の雨は放射線の雨だ。


 ぴくりとも動かない岩部を見下ろした時、俺の意識は唐突に闇に沈んだ。

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