第6話 勇者、一国を滅ぼす
高見の山から見渡して国境の向こう側に見える街を目印に転々とワープしてなんとか日が暮れる前に隣国の大都市まで着くことができた。
途中、パナーンにあったような雲を穿つ大木を見たり、空中浮遊島のようなものを見たが全てスルーした。
広場のど真ん中に突然ワープで出てから走って路地裏に隠れる。
俺たちの突然の来訪に道行く住民はかなり動揺したのか騒ぎ立てている。
街並みはやはりパナーン帝国とはかなり違う。
パナーンが大樹を中心とした都市だったのに対してこっちは街全体が丘の上に乗ったような作りをしている。
ビルのような建物がないだけでなく四角形という建物がない。
半球体に近い建築やらドーナツ型のものやらなんだか角のない建物が乱立している。
屋根は鉛筆でも並べたような木材で出来ていて窓にも四角形は取り入れられていない。
「本当にやるのか?」
色んな種族がいる。
人間ではない。
長い耳とか猫耳とかだけじゃない、トカゲみたいな奴から毛むくじゃらのなんだかわからない奴まで……普通に生活している。
「今更だろ」
「あいつら見た目人間じゃないな」
「とりあえず飯にしないか、腹減った」
島脇と八幡の声に同意して俺たちは路地裏から反対側へ抜けて屋台の1つに近づく。
屋台も米粒を大きくしたような楕円形の形をしている。
その素材がなんなのか一切見当が付かない。
「おお? 見ねえ顔だな。そろって同じ服――ギルドの連中か?」
「ギルド? 組合のことか?」
尾野に答えるのはまるで犬に人間の遺伝子を混ぜたような二足歩行の犬だった。
見ていると気味が悪くてかなり辛い。テレポート酔いしただけなのかもしれないが……。
「おうよ、それで何だってうちみたいな安い店に? はっはあ、このガイル様を見込んで――「それを6つくれ」
金貨を手渡すと犬人間ガイルの顔が渋くなる。
「帝国金貨か……まあいい、1つ忠告しておくがそいつをこの辺で滅多に使わない方が良いぜ」
「ご忠告どうも」
何かの骨付き肉を俺たちは恐る恐る口に運ぶ。
「うへえ、なんだこの肉。超固えし臭っせえよ」
「食べたことのない肉の味だな」
それでも腹が減っていたのかみんな残さず食べた。
喉が渇くっていうんで今度は水売りの商人から水を買い付ける。
「帝国金貨? お前ら国境の人間か?」
思いっきり商人に怪しまれたので俺たちは水を飲んでから逃げるように路地裏へ戻る。
別に観光に来たわけでもないということで、そのままトイレなどを済まして一息ついた。
「よし、最初の1つだな。桜木」
「……ごめん。やっぱりそんな殺人兵器は作れない」
普通に街を歩いて分かったが、ここの住人は普通に生活し生きている。
殺す理由が俺たちが助かるためだなんておかしすぎる。納得できない。
尾野は深いため息を吐いた。
「分かった、お前がそこまで言うならこうしよう。
お前は俺たちに脅されて爆弾を作った。
いいか、これは建前だが嘘じゃない。
作らないなら俺はお前を殺すと脅すし、殺せる。
この中で一番殺傷能力が弱いのはお前の能力だしな」
「転生は?」
「死なないし殺せない能力なんて論外だろ」
島脇のいつもの調子に八幡は苦笑いしている。
にらみ合うが尾野の顔は真剣そのものだった。俺だって殺されたくはない。
俺はひとまず作るだけならと思い、原爆をイメージしてみる。
水爆は作りたくない。
原爆と水爆を体験したことのない尾野たちがその違いを見定めることなんてできないはず。
なら、原爆を作る。そのほうが威力は弱い。
【スキル対象を捕捉――ガンバレル型ウラニウム活性実弾 L11】
【――指定――座標に創造開始】
「うお、マジかよ」
金の粒子が巨大な爆弾を形取っていく。その形状は教科書で見たそれと全く同じだった。
なんとかボーイかなんとかマンかは思い出せないが――、
見るのもおぞましいし、本当に本物なのかも怪しい。
それでも――、
「出来たのか……」
創造超越はあらゆる物を作り出すことのできる能力。
だからって2回目に作るのが原爆だなんて……。
「で、どうすんだこれ。どうやって起爆する?」
「わからないのか? 桜木」
「……使い方まではわからない」
結構でかい街だ。こんなものが爆発すればとんでもない死者が出るだろう。
脅されて作ったとしても許されることじゃない、原爆の開発者もこんな気持ちだったのか?
どんな気持ちでこいつを生み出した?
それとも、自分以外の人間は、異世界人だとでも思ったのか?
「よし、とりあえずこれを岩部のテレポートでこの街の上空、なるべく高い位置に飛ばそう。
それから俺たちはそのままテレポートでできるだけ遠くに離れる」
「スイッチがあれば俺が起動するよ」
「そんなもんなさそうだぞ?」
尾野は無邪気な顔で笑いながら八幡に答えた。
今気付いたが、こいつ楽しんでないか?
「まずは実験だよ、落下して起爆が確認できるなら俺たちは空中をテレポートしながら桜木の爆弾を大都市に片っ端から連続投下させることだって出来るぜ」
そんなこと、許されるわけが――、
「やっぱりやめよう!」
「桜木、心配するなって! 俺たちがお前に強要してるだけだ。
お前は自分の命を守っただけ、この兵器を使うのは俺たちだ。
それでお前に罪はない、俺たちは生きてまた会える。だろ?」
「いいねえ、一丁盛大にやってやろうぜ」
そうだ、ここは地球じゃないから誰を殺してもそれは地球での殺人罪じゃない。
だけど、この世界にいる人間が、種族が嘘のようには思えないし感じない。
どうしてこんなことができるんだ?
俺たちはどうしてここまでして自分たちだけ助かろうとしているんだ?
本当にこんなことが俺たちの救いに繋がるのか?
都市の青空を遠目に眺められる場所に俺たちは移動した。
小さい豆粒が街の中に落下していく様子は見えない。
恐らくそろそろ落ちたはずだ。
が、何も起こらなかった。
「何も起きねえぞ?」
「手順を間違えたか、衝撃を受けても爆発しないかのどちらかだな」
「確認しにいくか?」
俺はほっとした。
失敗したんだ……。
「そうだ、確か原爆は地面に落下してから爆発したんじゃない。
威力を高めるために空中で爆発したんだ。
くそ、俺としたことが見落としてた。何か別の条件が――」
このまま爆発しないなら良かった――、
そう思った次の瞬間、目の前が真っ白に染まった。
続いて襲い来る衝撃の波に俺たちは思わず身を屈める。
砂埃と熱波が全身を打つ。
かなり距離を取ったはずなのに予想以上の酷さだった。
巨大な噴煙はキノコ状に立ち昇り、その暴力は見えるもの全てをなぎ払ったかのようだった。
「マジかよ、見に行ってたら俺たち死んだんじゃねえか?」
土煙が遅れて灰のように舞い降りてくる。
あの土煙の中に瓦礫が、建物が、人が塵のように降り注いでいるに違いない。
今この瞬間に――。あの煙の中で――。
やってしまった。
涙が溢れてきた。
俺が壊し殺した。
空高く舞い上がった黒煙はいつか見た写真と同じ光景をしていた。
「成功だな」
尾野の軽薄な言葉に俺は冷や汗を流しながら身じろぎ1つできないでいた。
「気に病むこと無いよ、桜木君。これは|ゲーム(・・・)だとでも思えばいい、この世界はゲームなんだよ」
柊の言葉を誰も否定しない。狂ってる。
こいつら……全員狂ってる。
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