第5話 勇者、一国を滅ぼす計画を立てる

 新調された衣服を着込んで俺たちは王国の出した馬車に揺られていた。

 急ぎの旅である。

 3国を攻め落とすにはまず俺の能力と岩部のテレポーテーションが必要だという

結論に至った。

 本来であれば歓迎の式典などで使うはずだった軍服のような衣装で旅を始めている。

「間に合うと思うか?」

 みんなだめだろうという気配を醸し出している。


 パナーンを出る前にマルモスには再三詫びを入れられた。

 成功しなくともいいと。必ず助けると。それだけを約束された。


「俺たちはもう6人しかいない。明日には4人だ。このまま行けば明後日には2人だろう」


 尾野の暗い声はどこか高揚を隠している。

 訝しむ余裕は今の自分にはなかった。

 

「作戦はこうだ、桜木の創造スキルで水爆を作る。そいつを岩部のテレポートで国の人口密集地へ持ち運んで、あ、上空だぞ? 後は爆発する前にテレポートで退避するだけだ」

「……は?」「水爆?」

「マジで言ってるのかよ」


 水爆なんて使ったら関係ない人が沢山死ぬ。

 いや、そもそも――普通に考えてそこんなことするべきじゃない。


「……やろう、それでいこう」


「岩部!?」

「よく考えて見ろよ、俺ら地球にいないしここが現実だって証拠は何処にもないんだぞ? 別にこんな世界どうなったってよくないか?」


 島脇、そこまでバカだったのかお前は。


「だな、それで俺たちが助かるのならやろう。やるべきだ」

「八幡も賛成なのか?」


 島脇は考えることが軽いから一旦放っておくとして八幡も賛成だとしたら反対は俺だけ。柊はお察しだ。


 みんななんだってそんな簡単に言えるんだ。

 この世界の住人はみんな生きてるって肌で感じたはずだろう。

 どうかしたんじゃないのか?


「俺も賛成かな。俺の能力忘れた? 転生だよ?

 自我崩壊だか精神支配される前に俺は死のうと思う……最悪、爆弾を起動させるのは俺の役目で良いよ。きっと大丈夫な気がするんだ」


 そうだった……。

 八幡は転生能力。つまり、死ななきゃ始まらない力だ。

 自棄になってなきゃいいけど。


「で、だ。問題は水爆が作れるかどうかだ」

「原爆じゃだめなのか?」


 岩部が勝手に進めてくる。


「待てよ! 俺は一言も賛成なんて言ってないぞ」


 俺の意見をすっ飛ばしやがって。

 どう考えても取り返しのつかないことになる。

 がたんと一際大きく揺れた馬車の中で5人の視線が痛いほど俺に集まる。


「反対なのか?」

「当然だろ、俺はてっきり王様とか偉い奴をどこかに監禁したりするだけだと思ってた。

 水爆って威力分かってんのか? 原爆の何百、何千倍だぞ」


 沈黙が流れ反対に傾くかと思えば咄嗟に尾野が俺の襟を掴んだ。


「ふざけんな! 久保田を見ただろうが!

 俺たちは全員このままじゃ死ぬんだよ!」


「だからって水爆なんてやりすぎだろーが!」


 尾野が殴りかかるかと思ったそのとき、馬車があり得ないほど宙に浮き横転した。

 そんな景色がスローで流れる。


「うわ、なんだっこれ」

「俺の能力だ。いいから脱出するぞ」


 歪んだ景色の中で歩いて馬車から出ると景色が元に戻り馬車が道の脇に吹っ飛んでいく。

 そのまま木に激突して馬車は大破した。

 馬車とはいえ引いているのは魔力の塊のようなものだ。

 帆を張って風を送り前進する陸上の船に近い。

 形状が馬車というだけで馬という生物が引いているわけじゃない。

 それにしても尾野の時間停止はまじで凄い、時間が止まれば慣性の法則が消えるのか。


「おいおい……」


 山道だというのにガチャガチャと鋼鉄の音が四方からする。

 現れたのは甲冑に身を包んだ兵士、その数は20だ。


 帝国パナーンの騎士ではない、と思う。そう願いたい。

「飛ぶか?」

 岩部の言葉に尾野は首を横に振る。


「こいつらが帝国の差し金じゃないとは言い切れない。ここで始末する」

「そんなこと気にしてる場合か?」

「俺に任せろ」

「最後の1人は尋問する、捕まえてくれ」

「おう」


 島脇がそう言った次の瞬間、暴風が吹き荒れて周囲一体に砂塵が舞う。

 どんっという音の後に大気が白く輪を作り弾け、がちゃとかぐちゃっという小さい音が混ざって敵が掻き消える。

 文字通りどこかに吹っ飛んでいるのか。

 その度に大砲並の爆音がするので俺たちは耳を塞いでその光景を見送っていた。

 戦闘機かよ。


 ものの10秒足らずで兵士は半分以下になり、残った兵は怯えた様子で散り散りに逃げていった。


「片付いたっと、敵の1人を確保」

 何が起こったのか全く目で追えなかったが、島脇がやったらしい。

 島脇の手に捕まれた兵士はぐったりしたまま動かない。

 島脇最強すぎんだろ。


 兜が紙袋のようにひしゃげて血が流れている。

「殺したのか?」

 島脇は慌てて手を放すが兵は起き上がらなかった。

「マジかよ……軽く殴っただけなのに実感ねえよ」


 実感がない。

 そうだ、この世界は俺たちに莫大な力をもたらしたけどそれを行使するには実感があまりに希薄なんだ。

 森は静寂を取り戻していた。


「生き残った兵を追っている時間はないか……」

 馬車の方へ近づくと怪我をした御者人が呻いていた。


「おい、ここはどの辺りだ?」


 御者人を引き起こして木を背に休ませるが、男は俺たちを怯えた表情で見上げた途端、何かを口の中で噛んだ。

 びくんと体が震えたように見えた次の瞬間には口から血を零して動かなくなってしまう。


「なんだよこれ……」


 なんだ? いや、それはこっちが聞きたい。

「嵌められたんだ、俺たちは」

 

 尾野の声は静寂に溶け込むようだった。


【嵌められた】


 その言葉が頭の中をループする。

 誰に? パナーンの国の奴らだ。

「待て、まさかここまで全部パナーンの自作自演だって言いたいのか?」

「今そんなことを考えている余裕はない。岩部、能力の回数制限なんかは?」

「回数に制限はないと思うけど、視認できる場所までの|移動(テレポート)しかできないのは実証済み、でも空は勘弁かな」

 さすがに雲の上とかに出たら怖いわな。

「なら俺たち全員をこのままあの山まで飛ばしてくれ」

「そこから一気に国の中心だな」


 視認さえ出来れば何処へでも行ける岩部の能力は破格だ。

 そこが例えどれだけ離れていようとも見えさえすればいける。

 俺たちの視界は一瞬で森の中を移動した。


「先に話しておくが、岩部が明日消えたら俺たちは国の重要人物を片っ端から殺す」

「おい……」

「俺はそれでもいいぜ」

 島脇と柊はどうしようもない。


 でも、やるしかないのか?

 俺たちが生存する可能性を上げるために?


 俺は未だに決断を下せないでいた。


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