第3話 勇者、召喚事故を告げられる

 どういうことだ?

 数が減った?


「本日の正12時に勇者様方の会合がございますのでそこでお話されると思います」


 信じられない話だ。

 数が減ったとはどういう意味だろう?

 俺は気が気で無いまま部屋で悶々と過ごした。 

 自由にして良いらしく、再びベッドの上に寝転がった。

 でもすることもなくて気づいたら二度寝してた……。


「不摂生ですよ。それとユウト様、お召し物です」


 起きると咎められたが、じゃあ寝てるときに起こせよという感じのことは黙っておく。

 ついいつもの癖でスマホを探してしまうが、生憎体育の授業中だったせいでスマホは持ってきていなかった。


 部屋にはカーテンで仕切れそうな色の変わった床。

 そこは四方に盛り上がった黒塗りの床があって見ると壁には蛇口のようなものが取り付けられていた。

 木造のテーブルの上には俺の服がある。


 四方は白壁で塗られているだけで時計なんて気の利いたものはなかった。


「すみません、今何時ですか」


「正11時です、何かお食べになりますか?」

 懐中時計のようなものを懐から取り出したシフォンはそう答えた。

 金色のいかにも高価そうな時計だ。

 俺はシャワーっぽいところを見つめてからシフォンに尋ねる。


「そうですね、簡単なものがあれば……それとこの浴室ってどう使うんですか?

 見た感じだとそこら中に水がかかりそうなんですが」


 壁のない一段高くなっただけの床。たぶん水はけをよくするためにわざと高くしているんだろうけど、カーテンで仕切ればいいのだろうか?

 黒色の壁に備え付けられた蛇口のようなもので浴室スペースだと分かる。こんな造りで浴室とはよく分かったな俺。


「こちらのカーテンを引きまして防水となります」

「やっぱりそうなんだ……」


 ホテルより杜撰かも。

 まあ、それでも6畳くらいあって広いしシャワーがあるだけマシかと思い俺はカーテンを引くが――

「あの、カーテンてベッドまでしかガードしてなくないですか?」

 天井のレールを見ても四方を囲ったりはしない仕組みのようだ。


「ガード……ふぷっ、ええとですね、其方の方には水を撥ねさせても大丈夫ですので」

「そうなんですか? めっちゃ不衛生に思うんですが……」何で笑った?

「大丈夫ですので……っ」


 日本とセンスの違いに戸惑いながら俺はシャワーのボタン、及びレバーぽいものを探した。


 ???

 ない。ボタンねーんだけど? というかメイドさん俺の裸見てるよ。


「ああの、カーテンの向こう側にいてくれませんか」

「も、申し訳ありません」


 一応恥じらってくれたけど、大丈夫かなこのメイドさん。何かおかしいぞ?

 いや、女の子の前で平然と脱いだ俺の方がおかしいのかもしれないけどさ。

 もうそういうの気にしていられないくらいには昨日は女の子を見たしな。

 むしろちょっと嫌われたい願望が芽生えつつある。


「シャワーを出すコックはどこにあるんですか?」

「はい?」

「シャワーを出すにはどうしたら?」

「え、はい。ええと、そこに魔晶石がありませんか」


 なるほど、魔晶石。――石か。

 

 よくみたら手の平サイズの半球体が壁にめり込んでる。

 水晶っぽい透明感があるこれが魔晶石なんだろう。

 試しに触って見る。


「熱ッ!?」


 あつ、あつい! あっつ――!!?


「だ、大丈夫ですか」


 止め方がわからねえ!

 一応魔晶石に触れるが止まらない!

 だめだ、逃げる!


「はああ」


 眠気が一気に吹き飛んだ。完全覚醒した。


「申し訳ありません。私の説明不足です」

「う、うん」


 本当に申し訳なさそうにしているので強く非難もできない。

 まあ、できればタオルくらいはほしいけど。何か気が利かないというか、らしくないメイドである。

 

「ええと、ここをこうして」


 メイドさんがびちゃびちゃになりながら操作してるけど、この人本当に大丈夫か?

 頭おかしいんじゃ……。


「止まりました」


「いや、あの……普通のお湯を出したいんですが」

「温度調節はここを触り続けてください。徐々に水になります」

 いろいろ見えちゃいけないところが透けて見えてる……生地が薄い。

 服も透けて下着までびちゃびちゃのメイドから視線を逸らして俺は一通り説明を受けようと試みる。


「止めるときは?」

「両方の魔晶石に触れ続けて下さい」


 なんか半球体が2つ並んでいておっぱいみたいだな……。

 メイドの指先が軽く魔晶石に掠った。

 ジャワッ――。


「ひゃあ」


 慌ててメイドが端へ避けたが俺は片手で股間を押さえながら止めに入った。

「あっつ!?」


 とにかく落ち着いてシャワーを浴びられたのはほんとそれからだった。

 シフォンさんの着替えに時間がかかり、食事を用意して貰えなくて俺はちょい腹ぺこのままクラスメイトと集まることになった。


 集まった先は長広い机がある会議室のような一室で部屋も机に遭わせて長広かった。

 それぞれメイドが1人付いているのでメイドカフェみたいな雰囲気が出ている。

 場所はといえば部屋と同じで白塗りの壁、天井はやけに高い。

 電球かと見間違えるほどの光量が天井の装飾から放たれて部屋全体は昼間のように明るかった。

 窓はない。変わってるな。

 メイド達は邪魔にならない壁際に並び始めた。

 

「……霧島と工藤は?」


 定時を過ぎてもここに来ていないのはその2人だ。

 遅刻というわけでもないようで、現れた男はもの凄く焦燥した様子である。

 その後ろから昨日の大臣が姿を現すも憤った表情はどちらかというと苦渋に満ちた表情で汗を掻きながら説明し始めた。

 

「勇者様方、誠に申し訳ない。わ。我々は召喚事故を引き起こしてしまいました」


 内容は以下の通りだ。


 一、俺たちクラスメイトは完全な召喚でここにいるわけでない。

 二、この世界にいるいずれかの人物の元に不可避の再召喚をされることになる。

 三、その人物の元に召喚された際には絶対服従の呪いが掛けられてしまう。

 四、勇者であることには変わりない。


「じょ、冗談じゃねえ!」


「絶対服従ってなんですかそれ、エロですか」

「松下、お前それAVの見過ぎだろ」

「もう必要なくなりましたけどね」

 男は絶対服従とは自分の意志が保てなくなることだと説明された。


 楽観視するべきか? 悲観視するべきか?

 それすら判断できない通告におどけてみせるしかない俺たち。

 大臣が一歩前に出た。

「私からも皆様にはお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした……出来る限り収束に努めたいと思います」

「収束? 収束ってなんだよ」


「つまり、再召喚の後にその人物を金で買収し契約を破棄させるのです」

「なるほど」


「さすれば皆様の意志も我々の関係も元通りでございます」

 無理だろ……。

 説明によれば勇者は完全に自我を失う。

 つまりモノと化すわけだ。絶大な力を持った勇者を金で買う? あり得ない、普通の思考でいけば誰も手放したりなんかしない。

 むしろ、私利私欲に使われるだけだ。

 再び地球に戻してもらえばという意見も出たが、地球という場所がどこかはわからないため、戻したとしても同じ地球に帰れる保証はないという。


「せめて自我だけでも守れないんですか」


 皆が悲観に暮れる中、尾野は問題点を的確に捉える。

「不可能です。実は今回の召喚事故もそれが原因で……服従させる薬が召喚の際に混入させられたことが全ての原因なのです」


 その薬というのは本来使用禁止の薬物で帝国でも手に入れられる人間はごく限られているとのことだった。


「つまりは、内部に諜報者スパイがいたわけですね」

「お恥ずかしながら左様でございます……ここに居られぬ王に代わって私が伏してお詫び申し上げます」


 どれだけ詫びられようとも手立てがないのでは意味が無い。

「いやだ……俺はせっかくマリルと結婚するって約束したんだ……再召喚? 絶対服従? 冗談じゃない!」

「落ち着け久保田」

「島脇君はよく平気だな! 俺たち全員殺されるかもしれないんだぞ!」


 なんでだよ。逆だよ、丁重に飼い殺しだよ。


「そのスパイの、敵国の目処は付いているんですか」

 やはり尾野は視点が違った。


「このパナーン帝国に敵対する国ならいくらでも……。我らは大国であるが故に敵も多い。しかし、今回の件に関して云えば3つほど候補が挙げられるでしょう」


「なら、その3国を今の俺たちで早急に潰しましょう。

 できなければ、この国は終わりだ」


「お、終わりとは」

「俺たちはモノとして誰かの手に渡る。常識的に考えてそれが金で買収できるはずもない。兵器として流用されるか個人の私利私欲のために死ぬまで飼い殺しです」


 しんと部屋が静まり返った。

 尾野と俺の意見はほとんど似ていた。いや、同じだ。

 しかし尾野は尚も続ける。


「ですから、大小の規模は分かりませんが世の中の混乱は避けられなくなる。

 この国は少なからず勇者召喚の代償を支払うことにいずれなる。

 いえ、そう仕向られる可能性だって」


 そして――と尾野はたたみかけた。恐らくあの美少女との会話で尾野は俺たちよりもこの世界について少し学んでいるようだ。


「パナーン帝国と他の国の総人口はほとんど五分。

 つまり、俺たちの何人かは高い確率でこの帝国から出てしまう可能性がある。

 そうなればもう、どうなるかは誰にもわかりませんよ」


 霧島のパイロキネシスや工藤のテレパシーカウルは実用的な戦争道具になり得る。

「特に工藤のあらゆる生物の思考を読み取り、あまつさえ能力まで奪う力は脅威です」


 能力奪うってそんな説明昨日はしてなかったぞ。


「あいつは言わなかったがあいつと話していた女からコピー出来るというのを聞いた」


「聞いていないぞ!」

 大臣は声を荒げるが、他の男子も似たような反応だ。


「これは俺の情報網だ、信じるか信じないかは任せる。

 それより問題なのは勇者が1人もいない状況でこの国が権勢を保ち続けられるかどうかだ。

 1日で2人消えた。どこかに再召喚されたと見てまず間違いないなら、残りの時間で3国の脅威を消しておくのが俺たちに取って自我を取り戻せる最善の手になる」


 尾野の提案には高橋、前原が声を上げる。


「3国を消すって……そんな簡単に言うなよ」

「そんなことをしなくとも事前に俺たちが誰かの手に渡ることを先に報せて交渉したほうがいいんじゃないのか」


「お待ち下さい、皆様。この大臣マルモスが今は皆様の責任者であり保証人です。

 いざとなればそれなりに3国への伝手もございます。どうか、気をお鎮め下さい」


 俺たちはひとまず平静を装ったが、内心は戦々恐々としていたに違いない。

 少なくとも俺は不安と恐怖しかなかった。

 女の子たちに囲まれて楽しい1日が過ぎたと思った途端に今度は見ず知らずの人間の元に何の抵抗もできない操り人形として送られると宣言されたのだから。


「じゃあ、大臣。何かいい手はあるのか?

 もともと俺たちを呼んだ理由だって世界統一が目的だったはずだ。

 なら、こちらから打って出ることに何の問題もないはず。

 むしろ、先に統一国家が出来れば俺たち全員が無事に意識を取り戻せる可能性だって高くなるだろう」


 尾野の意見は一見核心を付いていた。が、統一国家がそのまま全員の無事に繋がるという部分には賛同できない。

 確かに尾野の意見はこの世界の情報を統合しての最善の手段なのだろうとは思うが、俺はそれ以上に妙な違和感を感じていた。


「問題はありませんな……。全く以てオノレイジ殿の言うとおりでございます。

 このまま傍観して事態が悪くなるくらいであれば、打って出ようという策もまた妙手と言えるでしょう」


 王に上奏致しますと言って|大臣(マルモス)は召喚者の男を引き連れて部屋を出た。姿が見えなくなって俺たちは思い思いに溜息を着いたり愚痴をこぼしながらひやりとした黒檀のような椅子に腰掛けている。


「俺たちこれからどうなるんだろうな……」

 高橋は物腰を弱くして溜息を着いたが、そんなことは誰にも分からなかった。


 マルモスが王と話し合っている間、尾野は苛立った様子で膝を揺らしていた。

 島脇を除いた全員が暗澹とした表情をする中、ただ一人柊だけは何の感情も読み取れない。

「島脇君は何で笑ってる?」

「だってよお、ステータスぶっ壊れの俺が再召喚の後に自由に出来ると思うとよ。わくわくしてくるんだよ。まじすげえよ? 今の俺」

「でも絶対服従、操り人形みたいな状態で再召喚されるんだよ」

「俺なら大丈夫さ。常時スキル発動して呪いなんかはね除けてやるからな」

 

 その自信がどこから来るのかはわからないが、その後の話を聞いて無理もないと分かった。

 身体能力の強化は魔力を多く持った者でも人の3~5倍が限度らしい、一流の戦士ですら8倍以上になることはないって話だそうだ。

 だが、島脇はおよそ20倍の身体能力を持つ。

 スキルでオンオフがあるとはいえ、20倍ということはあらゆる耐性がそのまま20倍ということも意味している。

「結構待たされるな」

「そんなに悩むことかな」

「でもよ、3国を攻め落とすなんてさすがに無理じゃないか?」


 尾野はテーブルを手で叩いた。

 全員の気を引くほどに良い音はしたが、それだけ。


「無理でもいいんだよ! 国力を殺ぐ、各国を混乱させるだけでいい……そうすれば俺たちが国の組織に吸収されるのを遅らせることが出来る! そんなことも分からないのか!」


「全然わっかんねえ! 1人だけ何もかも分かったような振りしやがって!

 うぜぇわ!」


 島脇は尾野と取っ組み合おうとしたが、尾野の姿は既にそこになかった。

「俺の能力を忘れたのか? お前程度の能力じゃ俺に指一本触れられやしない」

「ハハ。言ってろ――「やめろ!」


 松下が能力を発動したのだろう。

 任意の対象、すなわち俺たち全員が謎の黒い空間に放り出される。

 明かりがないのに俺たちは互いの姿形がはっきりと見えていた。


「松下ァ……」

「やめないならこのままここいろ。俺の能力でお前らをずっとこの場所に閉じ込めておくことだって出来るんだ」


 尾野は大人しく両手を挙げる。

 島脇も舌打ちをしながら敵意がないことをアピールした。


「仲間割れなんてしてる場合じゃ無いだろが。いいな」

「ちょっとまて、この状態なら召喚されないんじゃないか?」

 坂本がはっとした顔で俺たちを見たが、他の連中はほとんどが嘲笑う。

「お前は馬鹿になったのか? どうやってこんな空間で生きていくんだよ」

「そうだよ、例え召喚されなかったとしても食べ物だってないんだから」

 笑いが起こる。


 少し和んだ雰囲気で俺たちは一瞬で元の部屋に戻った。

 坂本は松下の能力をファンタジーRPGの無限アイテムボックスの上位互換と言ったがまさにそんな感じだ。何でも入るから四次元ポケットみたいな感じだし。

 まあ、実際は亜空間転移とかいうスキルらしいが。


 メイドの何人かが尻餅を着いているところを見るに実世界の時間はほとんどか、全くといっていいほど進んでいないようだ。


 松下は時間の進みに関係の無い空間を生み出しているのか?

 それはそれで尾野の能力並に凄まじいが何か違和感が残った。


 それにしても昨日のような泥酔がなければ普段の松下は割と大人っぽいやつだから安心できる。

 

 何とはなしにそれぞれ話しやすい相手とあるいは1人で対策を考えながら過ごしていると召喚師の男だけ大臣より先に戻って来た。

 全員の視線が一挙に集まる。

 しかし、何も成果がないのか隅で佇むばかりなのでみんなが睨む。

 そのせいで男は部屋の隅で小さくなってしまった。


「ふ、みんないいよな。破格の能力チートでさ。俺なんてただ水になるだけだ」


 高橋は自虐的な笑みを浮かべて席に着いた。

 一瞬同情の視線が高橋に向けられた。

 全員自分のスキルでなんとかこの危機を脱せないかと考えていた。


「水性化だったか…………いや……」

 岩部の言葉の先をかき消すように尾野が声を上げて高橋に詰め寄った。

「お前、水で居るときは自分の意識があるのか?」

「はぁまああるといえばあるけど、それが?」

「おい、召喚師」

「はい!」


 召喚師は立ち上がって可哀想に汗をびっしょりと額に浮かべて俺たちに腰を低くしながら近づいてきた。

 中年の男だが、気のよさそうなおじさんに見える。

 ローブの下にはそれなりに装飾を身に纏っているようだ。


「水の意識を支配するなんてことは可能なのか?」

「何言ってんだ」


 黙ってろという尾野にまたしてもキレそうになる島脇。


「水……そうですね。はい、無理では無いです、しかし水を召喚しても普通はそれを使役しようとは思わないかと――「だろうな」


「どういうことか説明してくれよ」


 珍しく久保田が声を上げた。鬱々とした暗い声にはもう耐えられないといった逼迫感がある。


「前原、お前の能力をこいつらにもう一度説明してくれないか」


 前原と久保田は昔から付き合いがあるのかクラスでもよく話しているのを見かけていた。

 だからこの2人が積極的に会話に参加してくることは珍しいことのように思える。


「俺のスキルは連結。えっと、効果は能力値の加算と共有だ」


 前原はこのスキルで実質対人戦においては無敵だと豪語されていた。

 相手の能力を奪いつつ自分の余剰分の力で勝つ。

 相手の力が100で自分も100ならこのスキルを使った瞬間100対200になれるという仕組みだ。


 そうは簡単にいかないと思うのだが。


「そうか!」

 

「もし水に対して服従の効果が起こらなければ俺たちは前原と高橋のスキルで助かるかも知れない」


「おお」

「召喚師のおっさん」

「はい、なんでございましょう」

「水になった高橋に再召喚のときの絶対服従と同じものを掛けられるか?」


 うんと唸ってから召喚師はやってみますと応えると同時に高橋が狼狽えた。

「ちょ、ちょっとまってよ。怖いよそれは」

「何が怖いだ。大人しく実験台になりやがれ」

 島脇も酷い言い方だ。ここに来てみんな少しずつ変わってきている。他人を……道具か何かとして見ることに躊躇いがないというか。


「頼むよ高橋君。服従の魔法? 解除できますよね?」

「……ええ、もともとその手はずで皆さんにはここへ戻って貰うつもりですから」


 高橋もそれならとおずおずと応えた。


 丁度大臣がそこへ戻って来て王からの許可が出たと知らせをもってきた。

 ただし、やはり兵を出すことはできないのでやるときは俺たち11人でやることになるらしい。

 

 そこで一応尾野が考えた第二の打開策として高橋と前原の服従効果の回避方法が話されたところ、大臣は目を丸くしていた。


「いやはや、オノレイジ殿は天才ですな」

「まだ成功するかはわかりませんよ」


「それでもです。此度の侵略といい、王も感服なさっておいででした。成功すれば報償を与えても良いと。さぞかし、アウグレット家の娘も鼻が高いでしょう」


 まんざらでもない様子の尾野に俺たちは静かな嫉妬に焦がされる。

 俺なんかこいつら全員のおこぼれみたいな女子しか寄ってこないわけだし。 


「俺だってそれくらい思い付いた」

 

 岩部の言い分ももっともである。何人かは同じ考えをしていただろうけど、高橋の負担を思うと簡単には言い出せなかっただけだ。

「では、別室をご用意いたしますので皆様こちらへ」




 ◇


 その日1日は高橋の人体実験のような格好で終わった。

 長引いた理由は尾野があれこれと試して引かなかったためだ。

 結論から言うと水性化して助かるのは高橋のみで、連結のスキルでは他の人間までは支配の影響から逃れられないということが分かったに過ぎない。

 八幡の転生を連結させる苦肉の案も一応出たが、さすがに試しに死ぬのは無理だった。


 結果的に高橋はその日から水性化することを望み、俺たちは10人になった。

 そして、明日からは3国のうちもっとも強大な国であるカナンへ向けて旅立つことになったのだ。

 久保田なんかは泣いていたし、尾野もさすがに落ち込んでいた。


 つまるところ誰も他国を攻め滅ぼすことなどしたくないということが分かっただけ俺はこの時わずかに安堵していた。


 本当はみんなに考え直すよう言い聞かせるべきなのかもしれないと思いながら時間だけが進んだ……。

 

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