第2話 勇者、異世界でモテにモテまくる

「お、王様の娘と言うとお姫様ですか?」

「ユウト様――「良い、その通りだサクラギユウト殿。

 そなたは勇者召喚で犠牲になった数万の命を蘇らせたのであろう?」


「は、もう確認が取れたのですか?」

「やはり、か」


 カマを掛けられたのか?

「やはりとは?」

「いやなに、軍部が動いておるのでな。

 あの犠牲は必要だったとはいえ、皆うら若き淑女たちだ。

 中には今日来ている淑女の家族だった者も多い」


 まだ確認が取れてないのにそうであるかのように言うなんてどうなってんだろうこの国王は。


「疑わないのですか?」

「ふん、もし違うとしても娘を考えて貰おうと思っておる」


 そうは言われてもお姫様なんてどこにもいない。

 オルタシアはどうみても使用人の格好だし。

 部屋は広いけどベッド以外には小さな白光りしたテーブルと椅子くらいしか見当たらない。

 後は大きな窓に暖炉。


「ははは、ここにはおらんよ。お主がうんと言うかもわからぬのに側に居ったのでは可哀想であろうに」


 確かにもっともな意見だ。

「すみません」


 王の顔から笑顔が消えた。

「そのすみませんとは何に対する詫びの言葉なのだ?」

「え……」


 俺は軽い気持ちで口にしたのだが、王の目はそうは言っていない。

「お姫様の気持ちも考えずに軽薄なことを言ってしまったことについてです」

「ならん。そのようなことで謝罪などしていては男が廃る。

 お主にはこれから敵国の人間を殺して貰い男を上げねばならんな。

 そうして我が娘の夫としてふさわしくなれよ?」


 なんなんだ? マジでどういう流れ?

 殺すとか結婚とか、結局蘇らせた数万人の命について謝辞もないし。


「殺す……ですか」

「何か不満があるかね? 何でも言ってみるといい」

「いえ……」


 この王様は人の命をなんだと思っているんだ?

 何か胸騒ぎがする。


「王様、ではユウト様を会場の方にお戻しになってもよろしいでしょうか」

「うむ、この話はなかったことに。しかし、サクラギユウトが真の男となった暁には必ず我が娘をもらい受けて貰うぞ」


 がはははと盗賊親分のような笑い声で俺は見送られたが……俺の心臓は怖いくらいに警戒を訴えていた。

 部屋を出ると次第に落ち着いてきた。

 もしかしたら殺しの話は王様なりの冗談だったのかもしれない。

 真面目に受け取った俺の反応を面白がっていたようにも見えた。


 そう思ったら急に悩んでる自分が馬鹿らしく思えてくる。

 とにかく他のみんなと相談したい。

 この力が本物なら帰れるかもしれないからだ。


「それではユウト様、立食パーティですので自由に女性と談笑ください。

 気に入った女性と婚姻を結んで貰っても構いませんが、言質だけではなくきちんと証明できるものを貰って下さい」


 はて、どういうことだろう? そうだ。

「あの、1ついいですか」

「はいなんでしょう」

「俺以外はみんな魔力が感じ取れるそうなのですが、俺には魔力があるかどうかわかりません。どうしたらいいでしょうか?」


 徐々にオルタシアの目と小さな口が開いていく様は見ていて面白かった。

「それは、本当に?」

「はい、なにかまずいですか、やっぱり」

「いえ……魔力が感じ取れない者というのはおります。しかし、魔力がないとなると……例えば死者が蘇ったモンスター。アンデットモンスターなんかは魔力がないという最新の研究があります」


「はあ」

 俺は生きてるっつの。

「つまり、それがないということは……」

「生きてますよ、いや生きてますってば! 触ってくださいよ、ほら!

 ちゃんと温かいはずです!」


「あ、いえ殿方に触るというのは恐れ多いですが、失礼します!」


 オルタシアは俺の胸に耳を付けて静止した。


「本当ですね……心音はある」

「なかったら俺が困ります」


 溜息を着くとオルタシアは口元に手を当てて考え込む仕草をする。


「一度召喚師様に尋ねてみます。そうですね、恐らく今は感じ取れないだけでしょうがまだ断言はできません。ユウト様自身のお体に問題がないようであれば今日1日は普通に過ごして頂けませんか」


「わかりました」


 感じ取れないっていうけど、そんなのあり得ないっていう顔じゃないか。


「おや、サクラギユウト殿。お早いお戻りでしたな。

 先ほどのスキル、感服いたしましたぞ」

 もう俺のスキルの話は知れ渡ってるのか?

「っ、耳がはやいですね」


 男は相変わらず同じ場所で壇上の上から全体を見渡せる場所にいた。

 会場の熱気は凄まじい。


 めざとく俺を見つけた女の子たちがわーっと集まり出すが、この男の前では俺の側までは来られないようだった。


「はい……みんなは――?」

「すっかりここの女性たちと懇ろでございます。ささ、あなたも」


 俺は背中を押されて一歩前に出ると女の子にいきなり手を引かれた。


「ユウト様、私をユウト様の妻にさせて頂けないかしら」

「あ、あの……私も」


 なんて直球なんだ……男らしいというのは失礼か、それでもとびきりの美少女なので悪い気はしない。


「お待ちくださいユウト様、私とあちらでお話ししませんか」

「う、うう……ちょ、ま」


 甘いやら酸っぱいやらの香りに包まれ柔らいものにもみくちゃにされて、だんだん俺の気分がおかしくなりそうになる。


「あの、やめてください」


 胸やら尻やらふにふにした生温かい良い香りに包まれて正常な思考が奪われていくのが分かると俺は首を振ってようやく声を出すことが出来た。


「やめてくれって!」


 こんなん誰が考えたんだ! 立案者を出せ。


「そ、それ以上触るな。許可無く触ったら出て行くぞ!」


 ここまで言ってようやく女の子たちは波が引くように離れてくれた。

 くそう、軽く前屈みにならざるを得ない。

 これ以上接触され続けて情けない失態は見せたくないな。


「あの、先ほどそこで食べ物を装って来ました。良ければこちらを召し上がって頂けませんか」

「は、はあ。ありがと」


 無闇に引っ張るからもうジャージもヨレヨレだよ……ちくしょう。

 

「きゃあ~!」


 俺がとりあえずフォークでその肉のようなものを差して口に運ぶとなぜか歓声が。


「私のも食べてください」「私を食べてください」

「私のも」


 おい、今どさくさに紛れて変なこと言った奴いなかったか。


「あのさ、みんな悪いんだけど俺と一緒に来た友達どこにいるかしらない?」

「こちらです、ユウト様」


 いちいち知らない女性にリードされるこの女性飽和状態、はっきりいって麻痺しそうでヤバい。こんなところにいたら人格変わっちゃうよ。


「おー、さ桜木じゃねえか」

「おう、てお前酒飲んでるのか!?」


 顔を真っ赤にした松下が万年彼女なしの醜い顔を余計に変形させさらに不細工にしていた。

 ニキビぶつぶつの顔で鼻の上がテカテカした顔面凶器。

 こんな奴がこのモテ状況の渦中にいる男とは思えない。


「ジュースか水くれって言ったら酒ばっかり持って寄越すから飲んじまったんだよお~」


 そうか、松下はもう陥落一歩手前か。

 女の子に肩を貸して貰ってそのままベッドに行きそうだ。


「ああ~気持ちいいなあ。お酒がこんなにおいしいものだったなんて」

「松下、1つ忠告するぞ。お前のスキル――「なんだっていいんだよ。んなことああ!」

 うわ、酒くっさ。

 これはもう放っておこう。

 氷漬けになって死ぬがよい。


「他の仲間のところにお願いできる?」


 ひそひそと耳打ちし合う女の子たちには悪いが俺は他のクラスメイトを探して歩いた。


「ああ、次はそう、そうやって口に含んで――」

「坂本……お前」


 俺の目の前で女優並の金髪美女と唇を近づけていく坂本。

 普段は冴えないのっぺりとした顔に身だしなみから生活態度までだらしないイメージが付きまとっていた坂本がこんな美女とキスってだけで宇宙の不条理を感じる。


 キスどころか女の子にお酒を口移しして貰っている坂本、もしこれが俺たちの知る日常の中ならマジで即行ボコられていたに違いない。即ボコである。


 それにしてもいつも女子には奥手そうだった坂本まで信じられない豹変ぶりだ。


「ああ、桜木君か。いいよねここ、ずっとここにいたいよ」

「いや、帰る手段とか探さないか……俺のスキルでさ」

「興味ないよ、お前考えても見ろって。ここで素敵な女の子に出逢ったんだ。

 もう何もいらないね……俺たちの人生ってさ、ブスばっかに囲まれて、いや中には美人もいたよ?

 けどさあ、どうせそんな子とは結婚も出来なきゃ恋人にだってなれない。

 せいぜい友達止まり、そんな人生にもどる手段を探すだって?

 バカじゃねえの、勝手にやれよ」


 俺はいちゃいちゃする2人を背に次のクラスメイトの元に行くしかなかった。

 帰る手段を探したい。これは夢じゃないんだから、それからだって楽しむのは遅くないだろう。


「いいね、いいね」


 クラスでも割と親しみやすい級友の声にほっとする。

 その影が見えて何をしているのかと思えば、こいつは女の子にお酒を飲ませていた。

 誰が一番飲めるかを競わせているようだ。


「岩部君」

「ああ、なんだい桜木君」

「その辺にして俺と元の世界に帰る手段があるのかどうか聞きにいかないか?

 必要なものがあれば俺のスキルで作れるはずだ」

「そんなの1人で行けよ。女子じゃないんだからさ」

「岩部君、戦闘向きのスキルだろ。居てくれた方が心強いんだよ」


「知らないね。俺はここにいる子全員と婚姻を結ぶよ。

 ハーレムオッケーなんだってさ、この世界。

 日本がいかに頭の固い国かって実感してるとこ」


 俺は唖然としていた。

 岩部は中学の頃に好きな子に告白して振られても何回も告白してそれでもだめだったやつだ。

 そんな岩部を俺はちょっとだけ尊敬していた。

 少しでも男らしいと思ってた俺がバカみたいだ。

 何のためにみんなを酔いつぶしているのかなんて想像するのも嫌だ。

 結局どうして岩部が振られ続けたのか理由は分からなかったけど、男気のあるやつだと俺だけ勝手に思い込んでいたのかもしれない。


「よくわかんないけど、お前の好きだった子は現実世界の――「関係ないね。いいんだよ、これが夢だろうと現実だろうと。俺はもう素敵な女の子たちに囲まれてるんだからさ」


 俺はそれ以上何も言えなかった。

 岩部は決して弱い男じゃない。

 けれど、こういうところを見抜かれていたのかも知れないと思った。


 俺は次のクラスメイトの元に行くことにした。


「尾野君」

「あははは、君は物知りなんだね」

「はい、勉強は得意なんです」

 

 どこから調達したのかソファーの上でくつろいでいる尾野とその取り巻きの美少女たち。ここでもやはり美人揃い、しかも西洋系の物静かで知的な雰囲気を纏った女性ばかりだった。


 尾野はクラスでもクールを決め込んでいていつも退屈そうにしているやつだった。

 それが見たこともない嬉しそうな顔で女子と笑い合っている。

 万年彼女いない組としては不思議なほど顔が出来ていたからこんな風に美少女と戯れていてもごく自然に見える。


「ああ、桜木君か。どうしたのさ、楽しんでる?」

「尾野君は元の世界に帰る方法は知りたくないのか?」


 尾野は一瞬冷徹な表情を見せた。

 その気になってくれたのかと思ったが、すぐにそれは誤解だと分かる。 


「……あんなクズしか居ない世界に何か未練あんの?」


 電撃を食らったように俺は一瞬息をするのも忘れていた。

 確かにいつも退屈そうにしていたが――そんな風に周りを見ていたのか。


「クズって……」


「クズだろうがよ、情けない大人ばっかでよ。

 世界でやってることはつまらない言い合いにみんながみんな保身だけ。

 結局なんだかんだいって自分が一番可愛い連中しかいない。

 桜木君ってさ、人って何だか考えたことあんの?」

「いきなりそう言われてもな」


 尾野は普段あまり喋らないから何を考えているかわからない奴だった。

 そこがクールだったわけだけど、女子に告白された噂なんかも聞いたことがあるから決して浮ついてるだけの男なんかじゃない。

 そう思っていた。今までは。


「俺はさ、あんな2千年ちょいしかない動物の歴史なんかどうでもいいんだよ。聞いた?

 この世界の歴史は10万年だってさ、文明が築かれて10万だよ。

 最高だよ、俺たちの世界の50倍だ。

 この城も全てこの子たちの親兄弟が作ったものらしい。

 ――だから俺はここに来てがっかりしてるよ……自分の、いや俺たち地球の歴史が本当にゴミクズ同然で何にも得られてないってことにさ」


「地球の歴史……?」

「親兄弟、先祖代々の歴史さ。桜木君はそういうの興味なさそうだよな。

 何も考えてなさそうだし、はは……」


 確かに俺は親の仕事くらいしか知らないし、自分の爺ちゃん曾爺ちゃんが何をどんな風に生きてたかんて知らない。

 途端に尾野との距離が開いた気がした。


「彼女たちは日本の女性なんかよりもよほど優秀だ。

 顔だけじゃない、例えば俺の隣に居る彼女は俺にこう願い出てくれたぞ。

 俺のために自分の知識の全てを使って欲しいってな。意味分かるか?」


 頷く隣の女性は確かに知性的な印象だった。

 長いブロンドの髪は腰まであり、目尻の睫が美しく切り立った聡明そうな瞳はどこまでも物事を見透かす慧眼のように見える。俺には決して視線を合わせない。

 もう尾野しか見ていない。


「平等の真の意味は適材適所という名の完璧な共存なんだよ、桜木君。

 得手不得手なんてものは個性に過ぎない。

 力は力によって補い合うのが生物の摂理だろ? 男が子供を産めないようにさ。

 男女をごちゃ混ぜにして教育? 男女平等? 命が平等? そんな世界をゴミクズと言って何が悪いんだ? 価値あるか? そんな世界」


 俺は何も言い返せなかった。


「お前もはやくこの世界に馴染んで自分に与えられた力を生かせる優秀な女性を見つけるべきだな。この世界はお前が思っているよりもずっと知的で高度な文明社会だぞ」


 俺は嘲笑にも似た声を背に尾野の元を去った。

 他の……いや、やめておこう。

 どうせ誰も来やしないのかもしれない。


 そう思って歩いていると、周囲の女性の1人が俺に尋ねてきた。


「どうして元の世界にお戻りになりたいのですか?」


 ここには間の抜けた感じの女性は少ない。

 集められた女性は皆一様に一定の教養、特に精神的な教養が備わっている感じがする。 

 それは顔つきを見て分かる。馬鹿な振りをしている女性はたくさんいるが、見かけ通りの女の子は皆無と言っても良いくらいだった。

 誰もが俺たちを品定めするように一挙手一投足を観察している気がする。


 現に俺が求めることは3秒と掛からず返答が来る、もしくは先に提示されるのだからどれだけ彼女たちが俺の考えや心情を慮ることに心を配ってくれているかということだ。

 だからこそ俺は怖かった。

 この女の子たちはお金になるもしくは強い人たちが来たから取り入ろう、というような思考で動く人間、悪く言えば狡猾な女性にも、可愛いと言われて喜ぶような女性にも当てはまらない全く異質な女性たちに思えるから。


「そりゃ、向こうには親もいるし……」


「ご両親と離れ離れになってしまったことは確かに残念ですね。

 しかし、ここにいる女性は誰もがあなたと家族になりたいと思っているのですよ。心の底から」


 そう言われて俺ははたとみんなの視線をみた。

 嘘は言っているように見えない。

 かといって本当のようにも思えなかった。

 

「あなた方の世界では労働を強いられていると聞きました」


 唐突に金色の髪の女の子が声を上げて乗り出してきた。


「え、うんそうだけど」


「労働とはなんですか?」


「え? この国にも労働はあるだろ?

 働くんだよ」


「働くとはどのようにですか?」


 俺は何か噛み合わないものを感じながら労働について説明した。

「つまり大してやりたくもないことをお金という金銭を得るために獲得すると、そういうことですか?」


「そうです」


「何のために?」


「文明の発達のためですかね」


「文明の発達?」


 ざわざわと女の子たちが囁き合った。

 どれも否定的でなんだか居た堪れない。


「おかしいことですか?」

「はい、あなたたちの文明と呼ぶ世界は自然の応用でしかありませんよね?

 何か自然の枠組みを超えた力を発明した歴史がないように思うのですけれど」


 確かにそうだ。

 地球は常に自然科学の応用によって発達したきた。

 それが文明だと。

 しかし彼女たちは大いに訝しんでいた。

「労働してお金をもらうのは食べていくためよね?

 どうしてそんな世界に戻りたいの?

 この世界には自然を越えた自由があるのに」


「自然を越えた自由?」

「そうよ、あなたたちのいう世界の発展とか文明とかそんなの全部嘘っぱちじゃない。

 人をお金の奴隷にして自然の奴隷にしようとしてる。

 人はもっと自由なのよ!」


 金髪の子は肩に手を置かれて人垣の奥へと飲まれた。

「自然の枠組みでしか発展しない世界を崇拝してるなんて悪魔的だわ」


 最後にそう言い残して見えなくなる。


 俺はその言葉に言い知れない不安を感じた。


 この子たちには何か底知れない目的がある気がする。俺たちの予想もしない枠組みで俺たちを捉えているような……。


「あ、桜木君」


 ぽつんと食事をしているクラスメイトが俺に気がついた。


「柊……」


 柊徹也(ひいらぎてつや)という名前なのだが、柊と呼び捨てにして欲しいという本人の要望によってクラスのみんなは呼び捨てにしている。


 身長が低くて気が弱そうで、いじめられっ子になりそうな感じではあるが、なぜか誰も彼には近づかない。

 中性的な顔つきのせいかもしれない。


「柊は他の奴らと違って1人なんだな」

「あ、うん」


 黙々と食事を続ける柊はフォークを置いてコップに入った液体を煽った。


「ここにいる子たちはみんな何を考えているのか分からなくて……それにどう考えてもあの大臣っていう人が僕たちを懐柔するために引き合わせているのは見え透いてるから」


 俺と同じ事を思ってるなんて意外だった。

 思わず嬉しくなってしまう。


「そうだよな」

「桜木君も分かる?」


「もちろん分かるよ! 良かった俺と同じ考えがいて……けど、みんな女の子と乗り気なんだよ。俺は元の世界に帰る手段を探そうって声を掛けてるんだけどさ」


 柊は顔を上げて中性的な声で尋ねてきた。


「どうして帰りたいと思うの」

「おいおい、みんなそんなこと聞くけど普通帰りたいだろ。

 家族だっているし、やり残したゲームだってあるしさ」


「でも桜木君はまだいいよ。僕なんか帰っても親もいないし……どこにいても同じなんだ。笑えるよね、僕普通に今を受け入れてるんだよ」


「寂しいこと言うなよ。クラスのみんなだって心配してると思うぞ」

「一生じゃないでしょ」


 重い。重いよ柊。親いないなんて初めて知ったし。


「お探ししました。テツヤ様」

「あ、うん」

「これが私の生命判せいめいはんです」


 何やら両手で差し出されたものを受け取りしげしげと眺める柊。

 水晶の工芸品のように見えるが、円柱型で手の平に収まるほどの品だ。

 なんだろうと見ていると柊はそれを何の前触れもなく手の中で砕く。

 綺麗な放射線を描きガラスが砕け白銀の粉がさらさらと零れた。


「え……?」


 周囲から悲鳴が上がる。


「生命判って命の判子っていうことだけど壊したらどうなるの?」

「……」


 少女は突然血の気が失せたような顔をして白目を剥いて倒れ込んだ。


 静寂。

 それから少女はピクリとも動かなくなった。


 まさか……?


「柊のスキルって加重プレッシャーだったっけ?」


 言いながら俺は寝転がった女の子を起こそうと腕を伸ばす。


「うん、それで粉砕できるかなって思ってやってみたんだけど……凄い威力みたいだ。あの判子だって多分普通に砕こうと思っても砕けないくらい固いものだったと思うよ」


 ……は?

 俺は思わず倒れた女の子を見下ろす。

 その体は水風船のように膨れてぶよぶよになっていた。

 目と口から出血し、死んでいる。


「わあああ!」


 悲鳴はこれだったのかと思うも束の間、すぐに男たちが走ってきて担架に乗せられて消えていく。

「失礼ですが、何をされましたか?」


 壇上から見ていた大臣の男が俺たちのところへ駆け寄ってきた。


「生命判とかいうものを壊したんです」


 柊はさらりとコップを落としてしまったかのように言うと大臣は大きく息を震わせながら吐き出した。


「ああ、何ということを……生命判は自身の分身になるものです。それを砕かれたということは体を砕かれたも同じ事。どうか二度とそのようなことはおやめください」


「わかりました」


 大臣が去ると俺は冷たい汗に背中を濡らしていた。

 少女が死んだことだけに恐怖したわけじゃない。

 目の前の柊という男が全く罪悪感の欠片もなくそれを行ったことが信じられない。

 柊の声には反省の色が1つもない。

 好奇心で人を殺したんだこいつは!


「俺、ちょっと休んでくるわ」

「うん、また」


 いや、柊はおかしくなんてないのか? あいつはただ水晶を砕いただけと言うことも出来る。

 差し出された温かいタオルに俺は顔を埋めて腰を下ろす。

 思わず息が漏れた。

 さっきの光景を忘れようと努力してもまだ目の裏にこびり付いているみたいだ。


「あの子は馬鹿ですわ。ヒイラギテツヤ様は明らかに異常な波長を発していますのに……」

「波長?」


 俺は事もあろうに美少女群に尋ねていた。

 ずっと付いてきたこの得体の知れない人たちに。


「あら、またお話くださるの?」

「え、いや……はは」


 小さく笑うしかない。孤立無援とはこのことだ。

 ニコニコとする女の子たちに悪い気はしない。

 けれど、俺が彼女たちにどういう印象を持っているか、彼女たちには既にお見通しのようだ。


「波長とは人間が発している|音(リズム)のことです。例えば筋肉などの電気信号と言えばわかります? 本来は違うのですけど」


 俺が曖昧な返事を返すと後ろの子が声を上げる。


「言語共有魔術は成功しているんでしょうか?」

「さあ? 私は召喚しておりませんからわかりません」


 何やら女の子たちの一部にて雑談が始まるが、俺はひとまず分かると言って先を促す。

「ですから、そういったものを感じ取る訓練を私たちはしているんです。

 それで自分にとってふさわしい相手かどうかが見ただけで分かる。

 ここにいる私たちは全員サクラギユウト様の波長に好意を感じた者達ですわ」


「最後の台詞はユウト様には逆効果じゃない?」

「私たちじゃなくて私にして欲しかったなあ」

「ねえ、どうせだから一緒にお風呂に入りましょうよ」

「お話したい」

 ……

 

 とにかく放っておくと喧しいので、静かにしてほしいとお願いして静かになってもらった。


「で、その波長でこれだけ集まったってこと? こんなに?」


 ずらずらと並んでいる女の子たちはコンサート会場に集うファンの如く多い。

 とてもじゃないけど全員と握手なんてしようものなら1日が終わってしまう。


「はい。皆、国のひいては世界の有力な貴族の娘たちです。

 とにかくこのパナーン帝国は国土が広いので何万という数で……みんな今日を楽しみにして集まっています。

 こうしている間もユウト様に興味を持ち始める女の子もたくさんいると思います」


 現実味のない話である。

 生まれて16年、一度もモテなかった俺が女の子を文字通り大蛇のごとく連ねて歩くとは。


「さっきの生命判っていうのは全員持ってるものなんですか?」


「はい、私たち1人につき1つ。必ずあります。

 生命判はその人の人生における制約を結ぶときに使われます。産まれるときにそれを握って生まれてくるんです。

 それを特殊な羊皮紙に判として押すとその子の人生はその羊皮紙に書かれたことに制約を受けるように出来ています」


 俺はひとまず歩き疲れたので壁際に座り込むと女の子たちも膝を折って座り込んだ。

 見下ろすというのは嫌らしい。

 ソファーを手配し始めた大臣には断って貰った。今の距離感がいい。


「あの、私が椅子になりましょうか?」

「あ、そういうのはいいです」


 制約かあ。

「でもそんなことをしたらそれこそ奴隷みたいじゃないか」


 きゃあ~とまた悲鳴が上がるが、今度はあまり悲観的なものではないようだ。

「奴隷……ですわね。ですが、勇者に婚姻として制約を受ける者を奴隷と呼ぶのは適切ではありません。従者、それも女性の場合は愛従者となります」


「あいじゅうしゃ?」

「はい、愛し共にいるのです」

 はあ~と俺は感心しっぱなしだ。

 そこまでして勇者のお供がしたい奴とかいるのかよ? あんな風に生殺与奪権を奪われてまで……。

 

 某RPGゲームみたいな気もするんだけど。


「もしかしてみんなは誰かの従者にならなきゃいけない感じなんですか?」

「ユウト様、その質問はあまりにも心なさ過ぎませんか。

 ここでこうしている私たちは教養だけでなく戦闘技術も一定の水準で修めています。

 勇者様がどんな道に進もうと私たちはそれをお支えする用意があるというだけです」


 普通の男なら泣いて喜ぶところかもしれない。

 けれど俺はどこか冷めていた。

 理由は簡単だ。多すぎる。


「選ばれなかった子はどうなるんですか?」

「私たちに敬語はいりませんよ、ただ故郷に帰ります。それだけです、ですがその時はきちんと金輪際選ぶことはないと通告、宣言する必要があります。

 それ以外では私たちは自由意志が認められていますから」


「俺が一生誰も選ばなかったら?」

「お戯れが過ぎます」


 その可能性はないものとして想定されているらしい。

「君の名前は?」

「私はメイアと申します。いずれはサクラギメイアとなりとう存じますので苗字は語らぬことと致します」

「ハハ……」


 この押しの強さは日本ではあり得ない。

 つまり、家柄を見ないで欲しいということなのだろうが、周囲の子たちが彼女に一歩引いた態度を取っていることからもかなり上の立場の令嬢なのだろう。

 本当にそこまでメイアに気に入られているのだろうか?

 俺はこの国の通貨について聞くことにした。


「そんなものを聞いてどうするのですか?」

「異世界のことをもっとよく知りたいんだ。帰ったら土産話が出来るから」


 半分は本当だ。

 実のところ話を聞いて帰れない気がしてきている。というか、一生伴侶を作らないのがあり得ないことだとすれば帰してくれない気がする。


 俺たち全員が帰せと強い意志を持って迫れば状況も変わったかもしれないが、そんな奴は今のところいない。だいたい命と引き換えに召喚を行ったって言ってたしな……。どんなことをしたのかそこはまだ怖くて聞けない。


「帝国での通貨は大きく分けて2種類あります。1つは硬貨、もう1つは紙幣ですね……とはいっても紙幣の信用度はあまりないので基本的には硬貨です」


「偽造の防止に魔晶石が使われるようになってから魔晶金貨が最も高価な通貨になりました」

「魔晶石って?」

「……2万年ほど前に世界が魔素で満ちたとき、世界の各所に穴が出現したそうです。そこから採れた鉱石が魔晶石と呼ばれています。これには人の持つ魔力に石が共鳴する性質があったために偽造防止に役立ったのです」


「へえ……」


 どうやって共鳴させるのかとか話の半分はわからないが、とりあえず頷いておいた。

「今は王様の持つ魔力に共鳴する石によって全ての硬貨が造られています。例えば模造品を作ったとしても他の硬貨と近づけるだけでその石は共鳴せずにすぐに偽物だと分かるわけです」


 すげえな魔晶石。それなら透かして見たりしなくとも自分の持つ財布に入れた時点で違うと分かるわけだ。


「形だけ似せる模造は簡単ですが、本物を見抜くことも簡単なのです」

「なら、その魔晶石が全ての硬貨に使われてるんだ」

「その通りですわ」


 見せて貰えるかと言うと他の女の子が小さい手に金ぴかの通貨と銀と胴の通貨も持って手渡してくれた。

「すごいなあ……」

「こうして揃えると虹色に輝くのです。夜だと少し目障りですけれど」


 なんだか石鹸の泡なんかでよく見える虹色が硬貨を覆っているように見える。

 結構はっきりと色が変わるのでこれなら見破れないということもないし、どういう原理か一緒に光るから大量にある中で光っていなければすぐに偽造と分かりそうだ。


「ありがとう、返すよ」

「いえ、差し上げます」


 女の子は微笑み、すっと後ろに引いた。

 随分と奥ゆかしい子なのかもしれない。


「ありがとう、今度何かお返しできたらするよ」


 会釈だけして女の子は微笑んでいる。

 なんか新鮮な気分だった。


「失礼ですけど、ユウト様はあまり女性とのお付き合いがなかったのですか?」


 向かい側にいる女の子からそんな言葉が飛んでくる。

「ないです……これっぽっちも」

「失礼ですよ、カナン」

 俺の心情を機敏に察したメイアが諫める。

 

「でも、いつまでもこんな調子じゃ私たちをアピールする機会が」

「同じ意見です、メイア様。ユウト様は普通に待っていてはゼッタイに仲良くはなれない殿方です。波長にも荒々しさが微塵も感じ取れないんです」


「ほんと、こんなの初めてだよ」

「私の領内じゃ見たこともないタイプかな」

「ねえ、男の子なんだよね?」

 ……


 などなど。

 褒められているのか貶されているのか。

 俺は情けなくも美少女たちを前に何一つ行動を起こす気になれなかった。

 日本にいた頃は大抵の女子なんか少し肩がぶつかっただけでも訝しむ視線を投げかけてくるか、変な話の種にされるか、とにかく女子と関わって面白いことは何1つ無かった。 

 それをここに来て、私たちに対して何かしろというようなことを言われても困る。

 現実の女子というのは自意識過剰で口悪く近づきがたく、関わらない方が男にとっては――

「お話だけでもいいではないですか。それともタカハシ様のように私たちをモノのように扱ったり、キリシマ様のように性的な行為を義務づけるような勇者様を選びたいのでしたらどうぞ其方へ行ってください」


 しんと静まるが俺は逆に慌てた。


「待って、ちょっと待って! 高橋や霧島のやつらがどんなことしてるかってなんで分かるの? 携帯みたいなのがあるのか?」


「けいたい……ですか? 私はただ従者に他の方の扱いを聞いて――

「そうか、それならそれでいい。じゃあさ、俺はもしかしてあぶれた子たちの受け皿みたいになってんの? 仕方なく俺を選んだりしてない?」


 お互いに顔を見合わせて美少女たちが押し黙る。

 最悪だ。一瞬でもモテたなんて勘違いをした俺を殴りたい……。


「静粛に! 皆様、楽しんで頂けましたかな? 勇者様におかれましては別室にベッドと浴室を供えたお部屋をご用意しておりますので今日のところはごゆるりとお休みください」


 舞台の上から大臣の男の声がした。

 やや間があって大臣の舞台裏から幾人かのメイドが現れる。

 その歩みは迷うことなく各々に散っていく。


「こちらにご用意したのは勇者様方専属のメイドにございます」


 13人のメイドが一斉に頭を下げた。

「聞いてないわ!」

 突然となりにいたメイアが声を上げると同時に周囲の女の子たちも騒ぎ始めた。

 あのメイドの子たちに何か問題があるのだろうか?


「静粛にお願い致します。淑女の皆様、これは勇者様をサポートするため必要な措置なのです」


「……身分を持たない人間をお側に仕えさせるなど誰がお許しになられたのですか?」


「他ならぬ国王様ですが、なにか?」


 いつの間にかメイドの1人がメイアの背後に回り込んでいた。

 殺気、というものがどういうものか知らないがその類いのものを感じた。


 壇上から男が声を張り上げる。


「既にご存知かもしれませんが、勇者様はまだこの世界に不慣れなために悲しい事故を起こしてしまいました。

 そういったことが再発しないようこちらで手を打たせて頂いたまでです」


「……ユウト様、申し訳ありませんが私たちはこれで失礼します」


「あ、はい」


 メイアは相当に怒っているようだ。

 巨大なホールから続々と女性たちが捌けていく。

 それが唐突な楽園の終わりだとみんな理解したのだろう。


 それを戸惑いながら見ていると他の連中も戸惑っているのが見える。

 ズボンを上げているような奴も居るし地球の男連中は見るに堪えない有様だ。


「こちらへどうぞ、ユウト様」


 突然現れたメイドは機械のような無表情を浮かべて口を開いた。

 メイアたちが怒っているのはこの人間性に対してだろうか?

 国王が用意したということらしいが、


「どうされたのですか?」

「ああ、今行くよ」


 後ろを付いていくとどんどんと人通りが少なくなっていく。

 俺の頭1つ分くらい背が低い彼女の髪は薄く梳かれたブロンズ色をしていた。

 驚くほど姿勢が正しく肩もほとんど揺れていない。


「こちらがユウト様のお部屋になります」


 ちょっとしたハイキングだったが広い廊下は1階だけで2階からは普通の通路だった。

 

 そのとき突然メイドが俺の背中に回り込んで何かに飛ばされた。

 ドミノ倒しのように俺もメイドに押される形で倒れ込む。


 大丈夫かと声を上げる手前で既にメイドが立っていることに気づいた。


「流石と言ったところだなエレイナ」


 派手なマントを背負った白い衣装を身に纏った男がエレイナと対峙している。

 エレイナと呼ばれたのはメイドだろう。

 俺は状況が飲み込めないまま茫然としていると男が手を差し出してきた。


「すまなかったな異国の来訪者よ。

 俺の名はカイゼル。この国の王子だ」


 白手袋のその手を掴もうとするとエレイナが割って入った。


「カイゼル王子、なぜ攻撃を?」

 その声は酷く冷たく落ち着いていた。

 

「攻撃と判断したのか? ふはは、ちょっとどついただけであろうが。

 ま、本当に護れるのかどうかテストさせて貰ったのだ。

 こやつはこの国に必要不可欠な人物、女の身1つで務まるのか要はその確認よ」


「私は王国随一の暗部であった自負があります。

 国王様自身の勅命は既に国王様の威光の外にあり、」


「ああいい、そういうのは。

 お前はもうそこの男のモノなのだろう?

 そういう扱いが女の身の限界であることは俺なりに理解している。

 俺は単に適材適所を確認しているだけだ」


「仰る意味がわかりかねますが」


「じゃれ合い如きでそこな男に傷一つ付くようなことがあれば、即刻取り替える用意があるということだ」


 その言葉でエレイナは押し黙る。

 結局この王子は俺の身の安全を確認しに来たということだろうか。

 俺はそれを確認したくて話しかけて見ることにした。


「王子と言いましたか」

「頭が高いぞ、凡夫」


 悪意のない笑みを浮かべているガイゼルに俺はどうしていいか戸惑う。

 俺と話す気はなさそうだ。


「まあ良い、その口上の不遜は俺の非礼を詫びる意味で許そう。

 今日のところはとにかく休め。

 うちの父が女共を侍らせて迷惑を掛けた」

 

 ガイゼルが去るのと入れ替えるように廊下に人通りが戻ってくる。


 周到な人払いがされていたのだろう。 

 

「申し訳ありませんでしたユウト様」


「いや、それはいいんだけど」


 転んだだけで怪我はなかったけど、まるで気配を感じなかった。

 

「ところでさっきの王子が言っていた俺のモノってどういう意味ですか?」


「私はあなたの所有物ということです」

「は?」

「王は私に慈悲を与え、人並み以上の能力を私に授けそれをあなたに下賜されました」


 そこでようやく顔を正面から見ることになったが年は俺とそう変わらないように見える。

 長い睫に小さな鼻。青い瞳は衣装が地味でなければ他の令嬢たちとそう変わらない。

 

 

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