第2話
「どうした?」
「いえ」
いつも以上に口数の少ない千秋に修一が声をかけた。千秋は視線さえ動かさず前を向いたままだった。
「機嫌悪いのか?」
「そういうわけでは」
「嘘つけ。何を怒ってる?」
別に、と掠れた声で呟いて、一瞬だけバックミラー越しに修一を見た千秋。
「言えよ。気になる」
修一の声に微かな苛立ちが混じる。千秋は滑らかに車を停止させた。しかし信号が赤になったにも関わらず顔を動かさなかった。
「でしたら言わせて頂きますが、ああいう店の作りであっても、ほどほどになさって下さい。ご自宅ではないんですから」
千秋が接待相手の見送りから戻ると、修一は黒いドレス姿の慶をソファに押し倒すような態勢でキスをしていた。慶も嫌がるわけでもなく修一の首筋に腕を回しその行為に没頭しているようだった。二人は千秋が戻ったことに気付かずしばらくそのままキスを続けた。VIP席は一般の客が立ち入れないようになっている。人に見られる心配はほとんどなかったが、千秋にとっては不愉快な光景だった。
修一さん、と甘い笑みで慶が修一の胸を押した。
「激しい」
修一は笑って、口紅の移った唇を指先で無造作にぬぐった。
千秋はタイミングを見て今戻ったかのように部屋に入った。同時に千秋を見た二人は互いに顔を見合わせ微かに笑った。
「家ならいいのか?」
後部座席から笑いを噛み殺したような声がする。
「ええ。結構です」
感情のない声で千秋はアクセルを踏んだ。
「それは楽しみだな」
「今日はお送りしたら失礼いたします」
修一の期待を見透かすように千秋は淡々と告げる。
「拗ねてるのか?」
「そんなことがあると思うんですか?」
「ああ。俺にはそうとしか思えない」
千秋は再びバックミラーで自分の雇い主の様子を確認した。
「飲み過ぎたんじゃないですか?」
「まさか。こんなにしっかりお前の説教も聞いてるだろ?」
楽しげな修一の声。千秋はため息をついた。
「明日は朝から来客です。7時には車を回しますのでお早めにお休み下さい」
いやだ、と子どものような返事をよこしたボスを無視して千秋は続ける。
「お見えになるのはフランス系メーカーの社長ですから、外国ブランドのスーツはさせて下さい。ネクタイは先日頂いたものを」
「先日頂いた?」
「ええ。先日の御面会の時にお土産として下さいましたよ。幅の細い、グレイパープルだったと思いますが」
「覚えてないな」
「間違いなくお持ち帰りになりましたよ」
「だったらお前が探せばいいだろ?ついでに明日のスーツとシャツもお前が選んで帰れよ」
自分のボスが、ファッション通販会社を経営している人間に思えないことが千秋にはあった。スーツも私服もセンスのいい物ばかり持っているくせに、トレンドや自分なりの着こなしなどにこだわりがあるようには思えない。元々ITの方に興味があって起業したというくらいだから、売る物は何でもよかったのかもしれない。
セールアンドバイドットコムは、修一が学生時代、外国在住の友人と日本国内の客の為の交流サイトとして立ち上げたところ、手軽に安く海外限定の商品が手に入れられると人気になり、今やファッション通販の大手にまで成長した。修一は幼少期の海外生活によって培われた語学力と持ち前の強引さ、そしてその巧みな話術を武器に二十代にして上場企業の社長となった。
千秋は諦めたようにため息をついた。修一が強引なのは今に始まったことではない。それでもどこかに少年のような純粋で熱い部分を感じるからこそ、つい彼の言いなりになってしまうのだろうと千秋は思っていた。押しが強くても憎まれない人間というのはあまり多くない。社内でも人望があり、社長としては愛されている方だろうと思う。多少の悪癖には秘書である自分が目をつぶりさえすれば、修一も会社も安泰のはずだ。
午前0時をとうに過ぎたデジタル時計の数字を目で確認して、千秋は口を開いた。
「見つかったら帰りますからね」
「いいぞ。見つかったら帰っても」
どこかに隠したというわけでもないだろうが、修一は満足そうにそう言って笑った。
投げ出された手に手のひらを重ねると、細く冷たい指に微かな緊張が走った。
「お前は本当にたまらないな」
長いキスの後で、ベッドに押し倒した千秋のシャツのボタンを外しながら修一は笑った。
千秋が探していたタイは帰宅してすぐ、気付かれないように冷蔵庫に隠した。十五分探して見つからなければいったん捜索は打ち切りだと告げてから、職務に忠実な秘書は必死に探したが、さすがにキッチンの中までは調べなかった。
今日は俺の勝ちだ。何に対してかそんな思いを抱いて、修一は気分がよかった。さらに諦めたようにされるがままになっている千秋にも満足していた。
「知らないだろ?」
「何をです?」
「お前がどこで変わるのか、いつ変わるのか、どの瞬間なのか、いつも見極めようとしてるんだ」
意外だったのか、千秋は微かに目を開いた。眼鏡がないだけで五つくらいは若く見える。あるいは、その眼差しが視界の悪さ故に不安げに見えるからだろうか。
「でも、結局わからない」
あごに手をかけて、視線を重ねる。いつもは近寄りがたい程冷徹に見える美貌。
「気付いた時には、俺も夢中になってる」
あれほど冷たい、あれほどきつい言葉しか投げつけない唇が、どうしてこれほど甘いのか。幻の果実を食むように修一は千秋の唇を味わった。
「どんな気分だ?不本意な状況で抱かれるのは」
戯れか、千秋の脚を開きながら修一が問う。
「特にこれといった感慨は」
千秋の答えに修一は笑った。千秋の膝裏に手をかけて、ゆっくりとその先へ指先を滑らせる。それを追う柔らかな唇と舌の感触に千秋は微かに声を上げた。
「今日は俺が奉仕しようか」
「手抜きは許しませんよ」
挑発的な視線が、甘く修一を戒める。
「お前こそ音を上げるなよ」
千秋は微かに目を細めて笑った。修一でさえぞくぞくするような婀娜っぽい表情だった。
「自覚してるのか?」
肩越しに自分を見上げる千秋の唇。苦しそうに歪められたその唇に修一は親指を差し入れた。
「同じ男とは思えない。その辺の女よりいやらしい身体だ」
修一の指を咥えたまま千秋は微かにあえぎ声を洩らす。ただの苦痛ではない。千秋の中で感じる突き抜けるような快感を、修一はさらに千秋の瞳にも見出した。
「誰がお前を、お前の身体を、こんな風にした?」
強く腰を打ちつけながら修一は千秋をじっと見つめた。悲鳴を上げた唇はそれでも深々と修一の指を咥えこんだ。
「どんな男だ?」
答えろ、身体を寄せ耳元でそう囁く修一。ゆっくりと引きぬいた指先を千秋の視線が追う。
「貴方のような……傲慢な男です」
最初はかすれて、最後は痺れるように甘く、千秋は応じて小さく笑う。
「傲慢な、ね……」
他には?と、修一が千秋の首筋を噛んだ。
「あ……強引で、優雅で……ひどい男」
千秋の言葉はそこで途切れた。荒く乱れた息遣いに、時折千秋の悲鳴が絡む。
不意に身体を離した修一は、千秋を仰向けに寝かせた。
「社長?」
「俺と、その男と、どっちがいい?」
千秋は微かに口を開いた。修一は微笑んで、汗ばんだ額をそっと撫でた。
「本気でそんなことを?」
ああ、と修一は濡れた千秋自身に指を絡ませた。千秋が短く呻く。その手がゆっくりと修一の腕に触れた。
「ずるい、ですよ……こんな状況で」
「こんな状況じゃないと、お前は本当のことなんて言わないだろ?」
緩やかに追い詰められながら、千秋は修一の腕を掴む指に力を込める。
「俺だと答えないならいかせないなんて、言ってないだろ?ただ、興味があるだけだ」
「はっ……」
千秋は片腕を目の上に乗せた。口元は微かに震え、笑っているようにも見える。
「千秋?」
キスは、と千秋がかすれた声を上げた。
「キスは?」
「あの人の方が上手かった」
そうか、と修一は笑い、千秋の腕をゆっくりとどけた。それでも目をそむけたままの千秋。その顔はどこか苦しげにも見える。
「セックスは?」
修一が千秋の耳元で囁く。かすれた甘い声に千秋は微かに身体を震わした。
「セックスは、貴方の方が……」
「俺の方が?」
通い合った眼差し。千秋は修一の頬に手をかけて引き寄せた。
「社長の方が、優しいですよ」
「……」
千秋からのキスを修一は心いくまで楽しんだ。千秋の方からキスをしてくることなど皆無といってよかった。それ以上、聞かれたくない話なのかもしれない。苦しげな千秋の顔に修一は不意に思った。
「キスの上手い男とはどうして別れた?」
濡れた千秋の唇を指先で撫でながら、修一は千秋の潤んだ目を見つめた。
「聞いて、どうなさるんですか」
僅かに強張った千秋の顔。そのままそらされた眼差し。千秋には珍しく悲しそうな表情に修一には見えた。
「好きだったんだな」
「え?」
唐突な修一の言葉。思わずその目を見返した千秋に修一は口元だけで笑った。
「思い出したくないほど、好きだったんだろ?」
「……過去のことですよ」
「そうなのか?」
「どうしてそんなことを?」
「好奇心だ。お前がどんな男に抱かれてたのか、気になった。過去を詮索したくなるほど、お前がいいってことだ」
「光栄に思え、と?」
まさか、呟いた修一は千秋の首筋に顔を埋め、肩に軽く歯を立てた。
「そんなんじゃない。お前はいいよ、すごく。そう言いたかっただけだ」
「ん……」
首筋を舐め上げられ、千秋は微かに震えた。
「感じやすいだろ?お前。男の皮膚は元々女より厚くできてるらしい。なのにお前の感覚は女に近い。先天的なものなのか、後天的にそうなったのか」
どっちだ?
修一が千秋のあごを指先でとらえ、その目を真っ直ぐに見詰めた。
「こだわりますね。どちらでも関係ないでしょう。貴方は目的が果たせればそれで満足なんですから……。それに、割り切った関係でいい、最初にそう言ったのは社長ですよ」
「そうだったな」
あれから何年経つのか。遮る物のない綺麗な千秋の目に誘われるように、修一はゆっくりとその唇に触れた。
初めて千秋を抱いたのは、泥酔したふりをして、自宅まで送らせた夜だった。夜といっても、もう朝に近い時間帯で、カーテン越しの空は微かに白み始めていた。
「飲み過ぎですよ」
キッチンに立った千秋はため息をついた。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、立ったままタイを緩める修一を振り向いた。足元がおぼつかない、というほどではないようだが、ドライバーに送らせるだけでは不安で、結局部屋にまで上がり込むことになってしまった。
「社長、少し水を」
千秋の声に修一はゆっくりと目を上げ、その手を伸ばした。
「大丈夫ですか?」
ペットボトルを手渡そうとしたその手を掴んで、修一は千秋を抱きしめた。
「社長!」
抗議の声を上げかけた唇を強引にキスで塞いで、修一は千秋を壁際に追い詰める。不快感からだったのか、千秋は微かに目を細めた。
何を、と自分を睨んだ千秋に修一は微笑む。
「お前を、抱きたいと思ってた」
かすれた声で囁いて修一は千秋の耳を軽く噛んだ。息は酒臭かったが、それほど酔っているわけでもない。千秋は騙されたとその時気がついた。
「ご冗談を」
「冗談だなんて、思ってないだろ?」
「本気ですか?」
「お前にって意味か?」
「そんなことは聞いてませんよ」
千秋は呆れたというように少しだけ笑った。修一はそのタイミングを逃さず千秋のジャケットを脱がせ、その腕を引いた。
「社長?」
「シャワーぐらい浴びたいだろ?」
「合意した覚えはありませんが?」
「ならこのままやろうぜ」
「社長!」
大理石の洗面台に設えられた鏡は大きく、壁の一面を覆っている。背後から千秋を抱いて、その姿を正面の鏡に映しながら、修一は千秋のタイを外し、シャツのボタンに手をかけた。
「やめて下さい」
お願いしますと千秋は修一の腕を掴む。
「それは、俺が嫌だって言ってるのか?」
鏡越しに見つめあう。微かに笑う修一の瞳を千秋はじっと見つめた。
「お前は、お前の身体は、男を知ってる」
だろ?言いながら修一は千秋のシャツの隙間から指先を差し入れて素肌を直に撫でた。
「そんなことっ」
言いかけ唇を噛んだ千秋の身体が一瞬大き震えた。修一はゆっくりと千秋の首筋に唇を這わせた。
「面倒なことを言うつもりはない。お前も男ならわかるだろ?割り切った関係でいい。何か条件があるなら言えよ。何でも飲んでやる」
優雅な動きで、修一の手がシャツのボタンを外していく。千秋は微かに首を巡らした。社長とかすれた声で呼ぶ。
「どうして、こんなことを?」
「どうして?やりたいっていうのは、理由じゃないのか?」
「そういうことではなく、どうして、私を?」
「愛してるから。そう言ったら大人しく抱かれるのか?」
何かを言いかけ、千秋は目を反らした。
千秋は、何を望んでいるのだろう。可能なら、千秋の望みを叶えたいという気持ちが修一にはあった。ただし、千秋が今のところ、自分を特別な目で見ているとか、意識しているといったことは皆無だと思われた。それなら割り切って付き合った方がお互いの為だろう。それが修一の出した結論だった。
「どうした?」
「これは決定事項ですか?」
その場にそぐわない固い言葉に、千秋らしいと修一は笑う。
「そうだ。ただ、力づくでどうこうしようとは思ってない。お前の承認を待ってるところだ」
「嫌だと言ったら?」
「どうしたら嫌じゃなくなるか、それを聞いてるだろ?俺はお前を抱きたい。それ以上にお前を束縛するつもりも干渉するつもりもない」
千秋は悲しげにも苛立っているようにも見える強い眼差しで修一を見上げた。
「遊びたい、そういうことですか?」
ああ、と頷いて修一は千秋の頬に手をかけた。
「お前で、遊びたいとは思ってない。お前と、遊びたいんだ。お前は認めないかも知れないが、俺は、お前と俺は対等な立場だと思ってる」
千秋は驚いたように目を見開いたが、小さくため息をついて修一から顔を背けた。
「千秋」
甘えるように名を呼んだ修一を見ることなく、強引ですねと千秋は呟いた。頬に触れていた手を引き離しながらゆっくりと顔を上げる。
「先に……シャワーを浴びても?」
「勿論だ。物わかりのいい秘書をもって俺は幸せだ」
ガラス張りのシャワーブースの中で、修一は千秋の濡れた裸眼を初めて見た。乱れた髪のせいか、眼鏡を外した素顔はいつもよりはるかに幼く見えた。
「お前、俺より年上だろ?」
「その筈ですが」
何ですか、と千秋は修一から目をそらした。
「いや。思ってたより可愛い顔だと思っただけだ」
「しゃ……」
熱い雨の中で抱き合いながら唇を重ねる。激しさを増す愛撫に荒い息が絡む。
「社長……ベッドで……」
半ば修一に身を任せていた千秋が縋るように修一の首に腕を回した。
一瞬でも離れることが名残惜しいように、修一は深く千秋にキスをした。ゆっくりと唇を離し、熱帯びて潤んだ美しい瞳を間近に見つめる。こんな顔ができたのかと、喜びにも驚きにも似た感情が修一の胸を過る。
「出ようか」
不思議そうに自分を見上げる千秋の濡れた髪に口づけた修一は、千秋の腰を抱いたままバスルームを出た。
ベッドに横たわった千秋を修一は立ったまま見下ろした。
「社長?」
不安げに首を巡らす千秋に修一はのしかかった。
「こんな色白かったんだな」
「焼けても黒くならないんですよ」
日本人にしては浅黒い修一の腕に千秋はそっと指を這わせた。張りつめた筋肉が放つ確かな熱。常に誰より傍にありながら、互いの体温を感じるのはそれが初めてだった。
「この唇に、触れたいと思ってた」
修一が親指で千秋の唇をなぞりながら囁く。千秋は僅かに目を見張ったようだった。
「冷たいのか、辛いのか、知りたかったんだ」
言いながら重なった唇。千秋は修一の腕から指を滑らせ、首筋から濡れた髪に触れた。
修一が顔を上げると、どうでした、と千秋がきいた。
「旨かった。思ってたより、甘いんだな」
千秋の微笑。
「覚悟は、できたのか?」
修一は微かに漂っていた甘い空気を断ち切るように、千秋の頬に手の甲で触れた。
「嫌だと言っても同じでしょう?」
「そうだな」
低い声で笑って修一は千秋の耳を噛みながら、行儀よく閉じられていた足を両手で開いた。
微かに身体を強張らせた千秋に気付かないふりをして、修一はベッドサイドに置かれていた小さなボトルに手を伸ばした。
「それは……」
「普段使わないのか?」
透明な液体の掌にこぼしながら修一は驚いたように千秋を見た。
「勘違いしてらっしゃるんですよ」
「何?」
「社長が私のことをどう思っていらっしゃるかわかりませんが、私は同性愛者ではありません」
「それは、抱かれた経験なんてない、そういう意味か?」
それは、と言いかけた千秋は小さく悲鳴を上げた。
「抱いてみればわかるだろ?でも、この感じなら初めてじゃなさそうだな」
千秋の体内に指を差し入れ、修一はその反応を観察した。眉根を寄せ唇を噛んでいるのは、痛みからではなく快楽に抗っているからのようだった。
「ああっ!」
修一が片手で唇に触れ、口内を指先で撫でると、千秋はたまらず声を上げた。
「いい声だ」
「ん……」
「お前だって気持ちいい方がいいだろ?」
意地を張るな、修一は囁いて千秋に唇を重ねた。
「慣れてるんだな」
背後から千秋を抱きながら修一がその首筋を噛んだ。
ベッドについていた千秋の両手が震える。修一は腰を抱いていた手をゆっくりと足のつけ根に滑らせた。
「しゃ、ちょう……」
「お前、後だけでいけるだろ?」
「そんなこと……な……んっ」
嘘つき、千秋の耳元で修一は笑った。千秋の胸の先端に指先で触れながら体をいっそう深く繋げる。
千秋はたまらず喘ぎ声を洩らす。自身の声に高まっていくような千秋に修一が命じる。
「このままいけよ」
「いや……です……」
強情だな、くすぐるような声音で修一が笑う。
「初めてで、こんなに気持ちよさそうに根元まで咥えこむ奴なんて、初めて見た」
「しゃちょう?」
動きを止めた修一を千秋が肩越しに見つめる。
「どうして、認めない?」
「何を、ですか?」
「質問、変えようか。今まで何人の男と寝た?」
千秋の唇が震える。そして、急な修一の動きに応じるように甘く尾を引くような悲鳴が漏れる。
「ウリでもしてたのか?」
「ちが……」
「だったら、何故隠す?俺も同じ人種だ。偏見も軽蔑もない」
しなやかに反った背骨に口づけ、修一は上から順に舌で舐めた。最後には身体を離し、千秋を仰向けに寝かせる。
息を乱した千秋が茫然と修一を見上げる。
「どうした?」
千秋は喘ぐように唇を開き、静かに閉じた。何でもない、そういうように微かに首を振る。
「強情だな、お前は本当に」
「あ!」
再び身体を貫かれ、千秋は短い悲鳴を上げた。
「突っ込まれるだけで、いきそうなくらい気持ちいいんだろ?」
修一はゆっくりと腰を動かしながら千秋の両手を押さえつけた。
快楽に流されたくない、自分を知られたくない、何かが千秋の中で彼を強固に支えようとしている。それが何なのか、修一にはわからなかった。
「今も、男がいるのか?」
身体を離して間もなく、ベッドにうつぶせになったままの千秋を修一は見つめた。無言で振り向いて、千秋は口元を歪めるように笑った。
「下品な言い方ですね」
「……」
千秋の乱れた髪を後ろに撫でつけながら修一は改めて、自分が千秋の何も知らないことに気がついた。美しく、有能で、官能的で、自罰的でも嗜虐的でもあるこの男。ただの従順さや忠誠心ではない。
千秋の根底には、一体何があるのだろう。
初めて千秋に触れたいと思ったのは、悪戯とも嫌がらせともつかない、好奇心からだった。彼が動揺するところを、嫌悪感も露わに自分を見つめるところを、ただ一度見てみたい、そんな他愛もない思いつきから全ては始まった。
千秋が単純な人間だとは思っていなかった。しかし自分の想像以上に、いろいろな物が詰まっているような気がする。
熱く潤んでいた千秋の目から、情熱の名残が少しずつ引いていくのを修一は不思議な物でも見る思いで眺めていた。
「何ですか?」
いつもと同じような言葉を告げた唇の柔らかさを知った今となっては、つれないその問いさえ甘く感じられる。
何でもない、そう応じて修一はベッドをおりタバコを探した。
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