第二夜

「なっ、何だこれは……?」

 オレは村の真ん中の広場で、唖然と周囲を見回した。村はオレのいた頃より、新しい家が増え、一回り以上大きくなっている。

 ただ土を均して固めてあっただけの広場は、赤い煉瓦が敷き詰められて、ハロウィンの祭りの屋台が並び、中央に一本、黒い鉄の街灯が立てられていた。

 その、明るさといったら!

 近くに寄るとまるで昼間のようだ。こんな明るい明かりは、松明でもランプでも出せない。オレはびっくりして、ただポカンと街灯を見上げていた。

「ジャック……オレ、死んでから、何年経ったんだ……?」

「サあネ~。ボクが気付いテカラは、十年は経っテいるのハ、確かだけドォ~」

 ジャックが喉を鳴らす。

 ジャックがオレに気付いて十年。たぶん、それ以上の年月が過ぎているに違いない。

 ……母さん……父さん……。

 二人は今どうしているんだろう。二人の笑顔が頭を過ぎったとき

「何? あの子、ガス灯が珍しいのかしら?」

「田舎の子が、ハロウィンで遊びに来たんじゃないか?」

「やあね~」

 くすくすと後ろでオレを指して、若い兄ちゃんと姉ちゃんが笑っている声が聞こえた。思わず、むっと顔をしかめる。

「おいおい、今夜はハロウィンだぞ。こんな夜に子供をからかうと、後で手ひどいイタズラを受けるぞ」

 大柄の若い男の人が、意地の悪そうな兄ちゃんと姉ちゃんを追い払ってくれる。

「坊主、それはガス灯だ」

「ガス灯?」

 オレは、カボチャの葉っぱ越しに、男の人を見上げた。

「ああ、ガラスの中で、ガスの火が燃えているんだ。俺もコイツを初めて見たときは、坊主みたいに、ぽかんとずっと眺めていた」

 男の人が豪快に笑う。さっきの兄ちゃんや姉ちゃんとは違う、明るい、優しい笑顔だ。その顔に見覚えがあって、オレは首を傾げた。

「兄ちゃん、名前は?」

「俺か? 俺はゲイルだ」

 ……ゲイル。その名前に腹の辺りがすっと冷える。

 ……オレが山ぶどうを取りに行く、きっかけの喧嘩をした相手だ……。

 村のガキ大将だったオレと、もう一人のガキ大将だったゲイル。何かと対立していたオレ達は、あの日も喧嘩していた。

『だったら、その山ぶどうが、本当にあるか採って来いよ!!』

『おう! そこで待ってろ!!』

 ……そして……。

 オレの内側から、黒いモノがジワジワと滲み出してくる。

 ……お前のせいで、オレは死んだんだ……。

 オレは、ゲイルの大人になった横顔を睨んだ。

 ……お前は、大人になれたのに……。

 ……オレは、子供のまま死んだ……。

 ……畜生……お前も……オレと同じように……。

「Trick or Treat!!」

 突然、陽気なジャックの声が響く。

「おっ!? おう、今日はハロウィンだもんな」

 ゲイルがガス灯から、オレ達に視線を移し、広場に立てられたテントに向かう。白とオレンジの縞模様の幌を被ったテント。そこから「ほら、これをやるからイタズラしないでくれ」白い紙に包んだものを、オレとジャックにくれた。

 包みを覗くと、掌大の楕円形のパイが入っている。こんがりとキツネ色に焼けたパイ生地に、バターとシナモンの甘い匂いが鼻に届く。

 ……お前から貰ったモンなんか、食えるかぁ……!!

 カッとなってオレが、それを地面に叩き付けようとしたとき

「お菓子が貰えタネェ~。食べヨうヨォ~」

 ジャックが、オレの手からパイを取り上げると、そのまま口に押し込んだ。

 サクッ!! 口の中で薄い層が、幾重にも重なったパイが砕け、中からシナモンが効いた、カボチャのクリームが出てくる。ハロウィンの定番パンプキンパイだ。

 隣を見るとジャックが嬉しそうに、くりぬいた口の中に、自分のパイを押し込んでいた。

「どうだ? オレが作ったんだ。上手いだろう?」

「トっても、美味しいネェ~。キミもそウ、思うデショ?」

 ジャックがケタケタと笑う。

 口の中に優しい甘さが広がる。サクサクとパイを食べながら、オレは黙って頷いた。



「Trick or Treat!!」

「虫歯になるといけないから、これを飲んでいきな。」

 広場に立てられた沢山の屋台を、次々と訪れて、お菓子を貰って回っているジャックを放って、オレはゲイルの屋台の裏の椅子に腰掛けて、奴から貰ったお茶を飲んでいた。

 ジワジワと、また黒いモノが、オレの中から滲み出る。オレはゲイルの大きな背中を、黙って見詰めていた。

 幌の屋根から、こちらは油で灯すランプが揺れて、屋台の中を明るく照らしている。テーブルが中央に一台、上には木箱が置かれ、その中に、さっきオレとジャックが貰った、白い紙で包まれたパンプキンパイが並んでいた。

 横には小さな即席の竈。上の乗せられたポットが口から、シュンシュンと白い湯気を吐いている。このお湯は、お茶を淹れるのに使う。

 ……お前のせいで……。

 オレの中から滲み出たモノが、ポタリ、ポタリと地面の上に落ち、もぞもぞと動き出す。

 忙しそうに立ち働いている、ゲイルの屋台には、次々と子供が訪れていた。

「Trick or Treat!!」

「おお、怖い。これをやるから、イタズラは無しだぜ」

「うん、今年もありがとう。ゲイル兄ちゃん!」

 どうやらゲイルは子供には、無料でパイを配っているらしい。大人にも格安で売っている。お茶はサービスなのか、皆にタダで渡していた。

「毎年、悪いね。ゲイル君」

 コップを洗っていたゲイルの背に、オレも見覚えのある人が声を掛ける。確か、村長の息子さんだ。

「いや……これは俺の償いのようなものですから。アイツと同じ年の、この村の子供が、少しでも楽しんでくれれば良いんです」

 濡れた手をタオルで拭きながら、振り返ったゲイルが、村長の息子さんにお茶を淹れて渡す。

「……そうかい。」

 どうやら今は息子さんが村長らしい。息子さんはゲイルが断ったのに、大人のパイの分のお金をテーブルに置いて去って行った。

……償い? ……アイツ……?

 やがて、早々にパイが売り切れたらしく、大きく伸びをしてゲイルが、どかりとオレの横の椅子に座る。自分のコップに淹れたお茶を啜るゲイルに、オレは地面に落ちた黒いモノが、ゆっくり奴の方に進むのを、横目で見ながら聞いてみた。

「償いって何?」

 オレ自身、聞いたこともない、暗い冷たい声が喉からスルリと出る。

 ゲイルは振り返り、しばらく驚いたように、オレを凝視した後、ふうと息をついた。

「……実は昔、俺はこの村に住んでいたんだ。」

「えっ?」

 『住んでいたんだ』という言葉に、今度はオレが驚いて目を見張る。

ゲイルは村の、数少ない商店の一人息子だった。裕福な家庭で、両親に甘やかされて育てられた、いばりんぼの坊ちゃま。いつも取り巻きの子を連れて、村の子供達、皆に威張り散らしていた。

「今から十三年前、俺が十二歳の頃にな。俺、この村の『本物』のガキ大将と喧嘩をしたんだ。そいつは、女の子にも小さい子にも、弱い子にも優しい良い奴でな。当時の俺はそれが、すごく気にくわなかった。今思えば、皆に慕われるアイツが、羨ましかったのかもしれない」

 ゲイルの目が遠くを見る。

「喧嘩の切っ掛けは覚えてない。多分、俺がいつものように、下らない言い掛かりを付けたんだと思う。その時、俺は、そいつに『山ぶどうが本当にあるか採って来いよ』って言ったんだ」

 そこまで言って、俯いて地面に目を落とす。

「そして……そいつは、山ぶどうを採りに行って、そのまま帰って来なかった」

 オレンジ色の屋台のランプの下、影になったゲイルの顔が歪んだ。

「沼の近くの木に、山ぶどうのツタが絡んでいて、その下の枝が折れていた。遺体は見つからなかったが、村の大人達はアイツがそこから沼に落ちたのだと決めた」

「それで……?」

 モゾモゾ……モゾモゾ……黒いモノがゆっくりと奴に向かって近づいていく。

「俺達の喧嘩を見ていた村の人は、沢山いたから、俺は皆に責められた。それで親父の店もうまくいかなくなって、家族で親父の田舎に引っ込んだんだ」

 黒いモノが奴の椅子を登り始める。

「でも、噂って広まるんだよな……」

 ゲイルが苦い笑みを浮かべた。

「結局、そこでも話が広がって、俺は『人殺し』だってイジメられた。自分がイジメられて初めて解ったよ。弱い奴を、俺みたいな奴から、庇って守っていたアイツが、どんなに偉かったか」

 ……ヒタ。黒いモノが止まる。

 ゲイルは、さっきの優しい笑顔で、オレを見下ろした。

「イジメられっ子になり、友達も出来なかった俺は、学校を出てから一人で街に出た。そこでレストランに下働きとして雇われて、今はその店でコックをやっている」

 オレは手の中のコップのお茶を見た。これも本当に美味しい。

「で、年に一度、さっきの村長に頼んで、ハロウィンに、この村に屋台を出させて貰って、子供達にパイを配っているんだ」

「友達への償いの為に?」

 さっきとは違い、いつもの声が喉から出る。

「ああ、それと『戒め』だな」

 ゲイルは目を細めて広場を見た。

「昔、俺は俺の馬鹿な我が儘のせいで、一人の友達を死なせた。それを絶対に忘れない為に」

 最後の方は独り言のように呟く。

「嫌な話を聞かせて悪かったな」

 ゲイルはオレに謝った。

「何だろう? お前はアイツに似ているんだよ。それでつい……」

 オレはブンブンと、思いっきり首を横に振った。さっきの黒いモノは、どこかに消えていた。



「Trick or Treat!!」

 ジャックが戻ってくる。

「お前もお菓子を貰って来いよ」

 店の片づけをしながら、ゲイルがあの優しい笑顔で勧める。

「うん!」

 オレは椅子から飛び降り、ガス灯に向かって駆け出した。

「パイ、美味しかったよ!! ありがとう!!」

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