Ⅳ
しとしとと振り続ける窓越しの雨を、ニーアは口をへの字に曲げてそれをただ見上げ続けていた。
ニーアにとって、良いことがあった時も悪いこともあった時も、そういう記憶には常に雨が付きまとっていた。
そう。たとえば育ての親である恭一郎を失ったあの日もまた、今日みたいな雨の日だったと不意に思い出し、ニーアは顔を顰め――そして眼下に現れたそれを見て立ち上がる。
「ババァ、表に客が来てる」
ニーアの言葉に、椅子に座していた麗愛が煙管の灰を落として立ち上がりながら問う。
「ほう。今時分に此処に客か? 一体何処の誰だ?」
「そんなの見りゃ一目瞭然――」
ニーアは腰のベルトに吊るしてある剣帯から装柄を取り出して剣身を形成しながら答えた。
「――『騎士団』の連中さ」
「それはまた、偉いお客人だな。お帰り願おうかね?」
麗愛もまた、壁に掛けてある長刀を手に取り、鞘走らせてその長い刀身を抜き身にしながらにこやかにいうと、ニーアは「そいつは無理だろう」とかぶりを振り――、
「来るぞ!」
そう叫ぶのと同時に、階下から騒音が轟いた。麗愛がデスクの上にあるマイクを手にとって叫ぶ。
『総員戦闘態勢! 相手が騎士様だからって遠慮はいらんぞ! 叩きのめせ!』
「ババァ! 正面の壁! 響律式だ!」
「なんじゃと!?」
麗愛が素っ頓狂な声を上げるのと同時に、麗愛の部屋の通りに面した壁が膨大なエネルギーを叩きつけられて爆散した。
ニーアと麗愛が即座に響素を操って障壁を展開し、破砕された壁の破片とエネルギーの余波を弾き飛ばす。
「わ、私の部屋が!」
「泣くのは後にしろ! ほれ、客がきやがった」
まだ粉塵で視界の開けていない中を、何人もの武装した騎士たちが飛び込んでくる。
「貴様ら
それらを出迎えた麗愛が、自分の身長より遥かに長い刀を手に疾駆する。その速度の余り、周囲を覆っていた粉塵が麗愛の巻き起こした風圧で吹き飛ばされていくのを見て、ニーアは呆れた様子で肩を竦めた。
「相変わらず速ぇな、オイ」
気づけば麗愛は飛び込んできた騎士たちを初太刀の一撃で武器折りし、返す刀でそれぞれの手の建を切り、次に下段に薙いだ一刀で足の建を断ち切った。
「破っ!」
追撃で放つ、渾身の薙ぎ払いが騎士たちの胴を払う。
峰が返されているため身体が輪切りになることはなかったが、その小柄な体躯によって放たれたとは思えない重圧な一撃を受けた騎士たちは二階から外の街路へと投げ落とされ、そのまま意識を飛ばして落下していくのを見送ったニーアは、一人の騎士の顎を剣の柄頭でかち上げ、右から迫ってきた騎士の側頭部を蹴り飛ばしながら黙祷を捧げる。そして、
「ディアーム・ジェム・バッフェ……イ・ルイン・シギリハム――〈
響素を束ね、ニーアは祝詞を口にして響律式を発動させた。意識下で発動できる響律式だが、口頭詠唱を行った方がその威力は大々的に上昇する。
翳した左手の先に生じた光陣からほとばしる幾つもの雷光が鞭のように四散八散して、飛びこんできた騎士たちを襲い返り討ちにする。
当然、騎士たちも響素で生み出した障壁で防御するが、ニーアの放った響律式に込められた強固な意志により簡単に粉砕され、全身を稲妻に貫かれて意識を飛ばしていた。
だが、倒しても倒しても騎士たちはなんとかの一つ覚えのように次々と開けた穴から飛び込んできては、麗愛とニーアの手によって押し戻されていく。
「くっそ、人海戦術ってのは相手するとつくづく面倒臭い」
すでに倒した騎士の数は十を超えた。麗愛の倒した騎士と合わせれば三十強。騎士の総員が確か万人近くいたなと頭の片隅で考えながら、ニーアはまた飛び込んできて剣を振り下ろしてきた騎士を受け止めて鍔競り合う。
その時、背後に衝撃が走った。
「なっ!?」
「今度はなんじゃ!?」
二人して声を上げて振り返れば、そこには天井に穴が開いており、そこから一人の男が飛び降りて来て麗愛の寝所で眠るシエラを抱え上げている姿が見えた。
「ちぃ――!?」
注意を正面に集中させている隙に上からの奇襲というのはよくあることだ。にも拘らずそのことを忘れていた自分の暗愚さに舌打ちしながら、ニーアは目の前に騎士の顔面に拳を叩き込んで殴り飛ばすと、即座に踵を返してシエラを抱えている男へと飛びかかろうとした。
だが、それは上から降りてきた十人以上の騎士によって阻まれる。
「邪魔すんじゃねー!」
怒号と共に、ニーアが剣を振り抜く。大気中の響素を操り、剣を振るうのと同時に周囲の空気を圧縮し、無数の風刃が騎士たちを襲う。
対する騎士たちは、響素結晶の剣を掲げて、更に剣に障壁を纏わせることでニーアの斬撃を凌ぐ。吹き飛ばせたのは僅かに三人。
残った騎士たちはニーアの一撃を凌ぐのと同時に体制を変えて、一斉にニーアへと斬りかかった。
「くそっ」
一人の腹を蹴り飛ばしながらそれを足場とし、ニーアは大きく退きながら奥の騎士を一瞥する。
あの出で立ちにあの髪の色。騎士の中で該当する人間など、一人しかいなかった。
「テメェ、グレイアース! 待ちやがれ!」
その呼びかけに、騎士――グレイアースが僅かに動きを止めたが、しかし振り向くこともなくシエラを抱えて粉砕された屋根の上へと飛び去っていく。
去っていくグレアースの背を忌々しげに見上げながら、ニーアは力まかせに剣を振り抜いて騎士たちを圧倒する。が、いかんせん数が多すぎる。
倒しても次々と現れる騎士たちの姿に、ニーアは歯軋りしながらどうにか突破しようとあがく。
刹那、麗愛が叫ぶ。
「ニーア、合わせろ!」
麗愛の叫びに、ニーアは僅かに視線を向け――彼女の周囲であらぶるように渦を巻く教組の流れを黙視し、彼女が何をしようとしているのかを即時に悟るや否や、
「応!」
叫び、自らも周囲の響素を集束。麗愛の形成している響律式に合わせて自らも式を構成し、連結させた。
二人の生み出した異なる響素の流れが絡み合い、まったく異なる一つに式へと変異する。まるで様々な音が混じり合い、絡み合い、調和して生み出される合唱の如く、ふたつに響素の塊は一つの術式へと昇華されて具現する。
麗愛の生み出した響律式、〈吹き荒ぶもの(ザ・ウィンド)〉と、ニーアの生み出した〈ほとばしるもの〉。ある一定の響律式を異なる響律式使いが同時に発生させ、それらを同時発動させる際に互いの響素を連結――融合させることで発生させることのできる上位響律式の一つ。
二人の同時起動によって発生した〈雷の嵐〉は文字通り周辺の大気を一気に集束させ、巨大な嵐を発生させて二人を取り囲む騎士たちを容赦ない風刃と雷撃を浴びて上空に打ち上げられる。
落下の際、着地を失敗して死ぬ可能性も無きにしも非ずだが、二人がそんな配慮をするような常識に溢れていれば、そもそもこんな巨大な嵐を発生させる響律式など使わないのでご愛敬。そしてご愁傷様と言ったところか。
文字通り周囲の騎士を一掃した二人。だが、懲りずに騎士たちは再びなだれ込んできた。
「ニーア、先に追え! こ奴らの目的は私らを此処に足止めすることだ!」
「わーってるよ!」
麗愛がすべてを言い終えるよりも早く、ニーアは天上に開いた穴から屋上へと飛び出して周囲を見回す。
響素で強化した視力で遥か遠方を目視し、去っていく銀髪の男の姿を辛うじて捉えた刹那、
「逃がすか!」
ニーアは叫びながら、響素で強化した脚力の限りで地を蹴りその後を追う。
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