『騎士団』も【ザプリュッド】もコルプース・アカデミーの教師や生徒も、個々で【マモノ】相手に奮闘しているすべての人類が、その頭上で渦を巻く響素の巨大さに呆け見上げることしか出来ずにいた。

 誰もが悟った。

 自分たちは、此処で死ぬ――と。

 だが、その僅か後にすべては一転する。

【マモノ】が響律式を発動しようとした刹那――目も眩むほどの眩い閃光がその【マモノ】を呑み込んだのだ。

 言葉通り――何処からともなく生じた極色彩の輝きが一帯を一切の陰りなくその光で埋め尽くされた。

 大型の【マモノ】も、無数に現出していた【マモノ】も一切の関係なく呑み込んだ光。その光に包まれた瞬間、周囲に存在したすべての響素がその光によって統御されたのを、誰かが見た。

 誰か一人だったかもしれないし、あるいはその場にいた全員が見たのかもしれない。

 恐怖とは別の――まさに畏敬の念すら抱く純然な力そのものを体現した光に、誰もが呆気にとられる中、光に飲み込まれた【マモノ】たちが、なんの抵抗をする間もなく消滅した。


 そう――言葉通りの消滅。


 光に呑まれた【マモノ】たちは静かにその動きを止めて、その一瞬後にはまるで霧が晴れるかのように霧散し消え去ったのだ。

 そしてすべての【マモノ】たちが消失したのと同時に、第三十二階層全体をも飲み込んでしまっていた光も、まるで最初からそんなものは存在しなかったという風に元の情景へと戻ってゆく。

 誰もが白昼夢でも見たような錯覚に陥る中、人の集った昇降機から離れた場所で、その二人は立っていた。

 うちの一人――斑目=轟が我慢できないという風に口元に笑みをたたえ、くつくつと笑う。


「見つけましたよ――我らが願を成就させる存在、《天使》」

「しかし、姿までは確認できなかったであろう?」


 轟の隣に立つ壮年の男がそう尋ねた。灰色がかった髪を風に靡かせている姿に、轟は僅かに目を見開いて首を傾ぐ。


「おや? どうなさったのですか? 元の姿に戻っていますよ」

「おそらく、あの《天使》の力によるものだろう。我が響律式を相殺されてしまったようだ。まったく、幻視の術は色々と面倒臭いというのに……」


 男は僅かに嘆息したあと、その鋭い視線を轟へと向け、


「それで、この後はどうする?」

「大丈夫ですよ。すでに《天使》の放った響律式に含まれている生命反応は摑んでます。後はこれをアカデミーの個人データと照合すれば、すぐにでも《天使》は見つけられますよ」


 轟の説明に、男の方は安堵した様子で肩を上下させた。


「ならば、よかろう――では、私は向こうに戻る。これでも忙しい身でな」


 男の言葉に、轟は声を発して笑った。


「くはは。確かに忙しいでしょうねー。学校の教師などしていれば、引率も大変です。ですが、それもあと少しの辛抱ですよ、英雄殿」

「――英雄などではない」


 轟の言葉を遮るように、男はそう断じた。そして振り返ることなく、聞こえるか聞こえないか程のか細い声で、


「私は――いや、私たちはただの……そう――夢想家だ」


 そう自らを称し、男はその場を去って行った。

 その姿を見送っていた轟が、やがて堰を切ったかのように高笑いを上げた。


「くくく……くはははははは! ええ! ええ、そうですとも! 貴方は確かに夢想家でしょうとも!」


 轟は笑った。腹を抱えて、空を仰ぎ見て愉快気に笑う。


「神の力を具現させる――そんな考えを抱く貴方も! そして――神の座を目指す私も! 確かに夢想家でしょう! ですが――」


 そこで轟は笑いを抑え、大きく深呼吸をしてから、最早この場にいない男に向けて言葉をたむける。


「――夢想家となるのは、貴方だけですよ。ベオルフ=クロウ」


 そうして轟は踵を返し、その場を後にした。






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