グレイアースとヘルマが『騎士団』を率いて三十二階層に辿り着いたのと、あの大型【マモノ】が姿を現したのはほとんど同時だった。

 巨大な身体をもたげ、その黒い集合体は咆哮を発してグレイアースたちを迎えた。

 昇降機を出てすぐ、多くの学生たちが我先にと集まったこの場で、誰もが動きを止めてただその暴君の君臨に絶望する中、グレイアースは誰よりも先に【マモノ】へと飛びかかった。

 腰に剣帯から装柄を抜き、起動鍵語を呟くと同時に生み出される暗紫色の長い剣身が構成され、剣身が成された両手剣を手にグレイアースは【マモノ】へと斬りかかる。

 周囲の大気を巻き込み、その刃に触れる全てを切り断つ斬撃が【マモノ】の腕を寸断する。

 絶叫が上がる。

 同時に、歓声も。

 グレイアースの一刀が【マモノ】の腕を斬断したのと同時に上がった数多の声と共に、次いでヘルマも動き出す。

 自らの体内に巡る響素を操り、肉体を強化すると同時に地を蹴った。引き絞られた弓から放たれる一本の矢の如く、【マモノ】の胴体部目掛けて彼女は飛ぶ。

 そして同時に具現させるのは、彼女の身長をも超えるほど長大な、柄を中心に巨大な刃を持つ双頭の剣。

 ――前世期時代最大の異物、ただの響律式使いが唯一響律式使いに対抗するために作られた殲滅兵器にして、対【マモノ】用殲滅兵器――兵器遺品(アーティファクト)、〈グングニル〉。

 ヘルマがそれを手にした刹那――刀身が目も眩むような雷光を纏いヘルマの全身を呑み込む。彼女自身が一条の雷閃となり、巨大な【マモノ】の体躯を一刀の刺突の下に風穴を開けて見せた。

正に一撃必殺。

彼女のその様を見ていた学徒たちには、何が起こったのかすら目視で来た者はないだろう。

 それほどまでの神技たる響律式の技巧。〈グングニル〉と卓越したヘルマの響律式技術の賜物だ。

 ヘルマの渾身の突きを受けた【マモノ】は持ち上げたその身体を力なく地面へと倒していき、無数の粒子となって虚空に霧散する。


「見事だ、ヘルマ」

「ありがとうございます」


 グレイアースの称賛の声に、ヘルマは僅かに頷いて見せる。そして、彼女の視線は別の方向へ向けられた。


「ですが……」

「分かっている。まだ来るぞ」


 ヘルマの視線を追って、グレイアースは自身の剣――〈魔狼フェンリル〉を持ち上げながらそれらを睥睨する。

 地面から乱立するように立ち上がってくる巨人――大型の【マモノ】を忌々しげに見上げながら、グレイアースは声を発した。


「行くぞ、『騎士団』の勇士たち! 我らが騎士としての矜持を示せ!」


 鬨の声が上がる。グレイアースと共に馳せ参じた六十人からなる騎士たちが一斉に得物を抜き放ち、昇降機前に集まった学徒たちを守るように陣を組んだ。


「一番隊は先行。二番隊、三番隊は周囲の掃討。四番隊と五番隊はこの場で防衛に徹せ。行くぞ!」


 グレイアースの号令に、各騎士が声を上げて応じ動き出す。


「ヘルマ――」

「いつでも」


 すべてを語るよりも早く、ヘルマが〈グングニル〉を掲げてグレイアースの横に並び立つ。彼女の対応の早さに微苦笑し――すぐにその表情を引き締めて彼は大型の【マモノ】たちを見上げた。


「しかし、あれだけの数をどうするべきかだな」

「正直、対処方法は限られますね」

「このままでは、戦力差で押し切られる。通常の【マモノ】だけでも厄介だというのに……」


 対策案を脳裏でいくつかシュミレイトする。だが、頭の中で描かれた案のどれもが大差あるものではなく、どれも決定的な違いは生じない。

 そもそもに、数百にのぼる【マモノ】の出現などそうそう起きる事象ではないし、更にあれほど巨大な【マモノ】が複数同時に現れた例など今までに一度もなかった。

 三年前の大型【マモノ】――グレンデルでさえ、その数はただの一体のみ。戦闘力だけを鑑みれば、今回現れた大型に比べれてグレンデルのほうが遥かに凶悪な力を持っていた。

 だが、今回現れた大型はただ身体の大きいということ以外は通常の【マモノ】と大差ない。

 そうグレイアースが考えていた時だ。新たな変化が生じたのは。


「グレイアース様! あれを――」


 ヘルマの声で我に返り、グレイアースは視線を持ち上げて大型を見上げ、絶句。

 文字通り、グレイアースは言葉を失った。それはヘルマも同様――否、この場にいる誰もが、今日何度目とも知れない言葉の喪失を味わった瞬間。

 響律式使いは、誰もが等しくその視覚で響素の流れを意識するだけで目視することができる。響素は常に大気に漂っているようなものだが、それは一定の現象が生じれば流れを持つ。

 そう、たとえば響律式の発動。

 術者の意志に応じた響素は、その術者の意志を具現するべく召喚者の周囲に集束する性質を持つ。

 それだけならば、グレイアースたちにとって当たり前以前の常識だ。

 だが、それを行っているのが【マモノ】だとすれば訳は違う。


「バカな……【マモノ】が響律式を……!?」


 異形の災厄であるはずの――ただ力を振るえば人を屠るほどの力を持つ【マモノ】が、響律式を行使する――そんな話は聞いたことがなかった。

 眼前で起きている事象に、グレイアースは信じられないもの見ている気分に陥る。事実、それはあってはならない事態だった。

 人類がただ一つ【マモノ】に対抗しうる力の根源である響素が、【マモノ】の手によって操ることができる――それは最早、人類の【マモノ】に対する唯一の優位性アドバンテージを失ったに等しい。

 その場にいる『騎士団』や学徒たちが呆然とする中で、【マモノ】の一体が片手を頭上に掲げて響素を束ねた。

 詠唱は?

 響素を操るための〈響律譜〉と〈指揮〉は?

 そんな疑問を抱けた者がどれだけいただろうか。

 その場にいた多くの者は、目の前で圧倒的な死の象徴となろうとしている【マモノ】の響律式に目を奪われていた。





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