野外講義のことを遠足などと比喩表現したのは誰だろうか――シエラはいつも下がっている口角をより一層への字に曲げて不満顔を浮かべていた。

 現在位置はTTB第三十二階層平原区画――とは名ばかりだと思わざるを得ない。それほどまでに、この場所は殺伐としていた。

 目視できる緑の数などたかが知れ、おそらく全体で見てもこの区画における人工の草木など数百メートル四方に存在すると思えばマシなほう――それ以外はほとんど機械や鋼鉄で出来た地面がむき出しとなっている状態だ。

 確かに、居住区画の存在しない第三十二階層に多くの人工森林を配置するのは無駄というものだが、曲がりなりにも遠足と揶揄されているのだ。もう少しこう、楽しい場所に行くべきではないだろうかとシエラは思う。

 もしこの場にニーアがいたのなら、その不満を延々と愚痴っていただろう。その挙句、ニーアの口から、


「夢見てんじゃねーよ」


 と一刀両断される未来まで克明に脳裏に描いてしまったことをすぐさま後悔しつつ、シエラは何処となく教師陣の物々しさを観察していた。


(なーんか、やけに戦律科の教員たちが多いね。それに――)


 引率として同伴してきた教師たちの数は両手で数えるより多い。目算しただけで、確か三〇人以上いた記憶があり、そのうち八割近くが戦律科を担当している教師だ。しかも各々がそれと見て分かるくらいに物々しい装備に身を包んでいる。

 形状は様々だが、皆一様に身を包んでいる膝丈ほどあるコートは、シエラに見覚えがあった。ニーアがいつも着こんでいるコートと同類の、対衝撃吸収素材で作られた防刃防弾コートの類。そしてあちこちに武装している装柄は最高級分類である響素結晶武具ヒースウェポン

 そんな装備、ただの野外講義の周囲警戒のために持ち出すものだろうか。

 そしてシエラを始め、生徒たちが此処に来るために利用した、大型の階層移動昇降機の到着口で待ち構えていた集団のことを思い出す。

 人数としては二〇人もいたかいないかだが、あの白銀の外套に青葉と剣の意匠には見覚えがあった。


(あれって……『騎士団』だったよね……?)


 記憶の中でまだ新しい存在の名前を思い出し、シエラは何とも表現し難い感覚に見舞われていた。

 あれは間違いなく騎士団だった。彼らもまた教師陣と同じように物騒とすら言えるような装備を持ち出して、それを隠しながらではあるが入念に点検しているのを、シエラは視界の隅で見ていたのだ。

 ただの哨戒で、騎士団がこんな場所にあれだけの人数でいること自体がおかしいのに、その上であれだけの武装をしていたら、それこそ怪しんでくださいと言っているようなものである。


(……何か起きてる? 私たち生徒には知らされていないような、なにかが? でも、それならこの野外講義を中止にすればいいのに……)


 だが、そうしない以上自分の心配はただの取り越し苦労なのだろうか。そう考えて、シエラは気づいた。


(――取り越し苦労……もしかして、本当にそれだけなの? 戦律科の先生たちの武装も、『騎士団』も、単なる行き過ぎたくらいの保険とか?)


 頭の中で、幾つもの可能性とその否定が連続して、シエラはうんうんと唸り声を上げながら首を捻らせること数分。不意に彼女は何もかも諦めたという風に大きく首を縦に振って結論付けた。


(――聞いた方が早いに決まってるね)


 他力本願、此処に極まり。

 しかし、この場においてシエラの抱いた疑問に最短距離で回答に至るには、それが確かに正しい選択だった。

 暗愚な考えで最良の選択を選んだシエラは、即座に視線を右往左往させて彼を探す。

 しかし、その視線は彼の所属しているはずの戦律科の列ではなく、生徒たちが四散して探索やらをしている瓦礫の山の上や、戦律科が戦闘訓練をしている近くの廃墟の屋上などだ。

 シエラは、彼があんな子供のままごとのような戦闘訓練の場所にいるとは端から思っていない。あの強敵との戦闘中毒者である不遜な後輩が、あんな剣を適当に振るだけで倒せる機獣しかいないような戦闘訓練になど目もくれない性格なのを重々承知していた。

 だから、彼がもしこの場にいるとしたら、それは生徒側ではなく教師側――即ち周囲に気配を配って哨戒する警戒担当だろうと最初のうちに推理して彼の姿を探した。

 そして――


「…………いた!」


 探し人の姿を見つけ、シエラは見つけるや否やすぐに彼にこの疑問を尋ねるべく歩き出す。随分と高い所に上っているが、問題ない。


「木登りは、得意分野ー」


 語尾に音符が付きそうなほどの楽しげな声音で、シエラはさっそく目の前のコンクリートジャングルの踏破を目指し、最初の一歩を踏み出した。





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