Ⅶ
長身痩躯を白衣に包んだ男――斑目=轟は僅かに眼鏡のずれを直しながら黙考する。自分の部下であったこの壮年の男――ルードビッヒ=ディーリングの持ち出した機密情報。
(……参りましたね。まだ『
そのためにわざわざ自ら出向いて口封じのために殺害したというのに、肝心の情報がコピーされた記録媒体がすでに他者の手に渡っている。流石にその情報が渡った相手を特定するのは困難だろう。
「こうなっては、計画を早めないといけませんね――彼にも報告しなければいけませんし……まったく、困ったことをしてくれた」
しかし、万全を期した状態で計画を進行していたとしても、そこには必ずと言っていいほど綻びというものが生じ、不確定要素(イレギュラー)という存在へと変化する。轟にしてみれば、この程度の事態ははまだ想定の範囲内だった。
今回の計画は長い長い時間をかけて推し進めてきたものだ。この程度で躓くような杜撰な計画ではないし、これは上層部も容認している事象――たとえ外部に漏れても容易く頓挫することなどない。
それに――たとえこの計画自体が白紙に戻されたところで、轟自身の計画には何の支障もきたさない。
「では、早急にこの死体は処理しておいてください。私は研究棟に戻ります」
『はっ』
武装兵たちの唱和を背に受けながら、轟は颯爽とその場を後にしながら思考を巡らせる。
(計画を早めるのは吝かではない。機関自体はもう九割方完成している――残るのはその心臓部となる《天使》確保……)
目下部下たちを始め、あらゆる組織に根回しをして探させているその存在――《天使》。
(あれは確実に存在している――五年前に、私たちはその波長を確かに計測した。あの力さえあれば、我々の――私の計画は盤石のものとなる)
轟は黙考し――やがて一人ごちるように言葉を漏らした。
「……少し、試しますか」
そう無意識に言葉を漏らした彼は、白衣のポケットから携帯端末を取り出してとある人物へと連絡をつける。
数度のコール音の後、相手が出た。
『……何用か?』
挨拶もなく、ただ用件だけを尋ねる相手の態度に苦笑しつつ、轟もまた簡潔に応じた。
「計画を早める必要ができました。ですから下の階層――そうですね、三十七階層辺りに例の行事の日にアレを解放していただきたい」
それだけで、相手は轟の意図を察したのだろう。その上でなお、彼は轟に尋ねる。
『……何のために?』
それは問いではなく確認。端末の向こうから聞こえてくる男の声に、轟は迷いなく答えを返した。
「――《天使》をいぶり出すための狩り……ですよ」
目の前に相手がいるわけでもないのに、轟は満面の笑みでそう告げた。
端末の向こうで、男が僅かに沈黙する。もちろん、それはほんのわずかの一秒にも満たない沈黙。そして――
『――よかろう。仔細は後々に連絡するがいい。私は早々に準備にかかる』
男はそう言葉を返した。轟は満足げに頷いた。
「ありがとうございます。では、そちらの件はお任せしますね」
『分かっている。お前こそ、必ずや《天使》を見つけ出せ。刻限は迫っているのだからな』
その言葉を最後に、通信は一方的に切られてしまう。轟は一瞬呆気にとられたように端末を一瞥し――そして失笑する。
「当然ですよ。すべては、我が願いの成就のためですからね」
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