Ⅵ
裏路地を走り抜けながら、ニーアは周囲に視線を巡らせながら先ほど走り去った男を追っていたのだが、その矢先に遭遇した事態に呼吸を殺し、気配を殺してその様子を窺い見る。
白衣の男が放った二刀。その二刀目は確かにあの男の心の臓を穿ったのだけは確認できた。
迷いのない必殺の一撃。それを放った男の動きに無駄はなく、一流と称するに相応しい『剣士』の太刀捌き。
衣服から、そしてその背格好から見えた体躯とそこから推測できる筋肉量から、男が戦いを生業とするというよりは研究者、あるいは学者然とした人種であるのは瞭然だった。
(……くっそ、なんなんだよあいつは)
ニーアはポケットの中に納めた記録媒体(メモリー)に触れる。
(そんなにこれが重要……てか?)
何を託されたのかは知らないが、それはあの男を殺してでも奪い返さねばならないような代物だということくらいはニーアにも分かる。
ならば此処は早々に去るべき――そう判断したニーアはその場を足早に立ち去ろうとした。だが、その時双剣を扱う研究員と共にいた数人の武装兵士の言葉に、その歩みが止まる。
「やはりすでに記録媒体は何者かに渡し終えた後のようです――轟様」
その名。轟と称された名を耳にした瞬間、ニーアは自分の中で何かが爆ぜるような錯覚を覚えた。
(轟――斑目=轟か!)
その名が耳朶を叩いた刹那、胸中に生じた衝動は猛火の如くたぎり、今すぐにでも振り返って駆け出し、双剣の研究員に向けて剣を、響律式を、自分の放てるあらゆる技巧のすべてを叩き込みたい衝動にかられた。
しかし、寸での所でニーアは踏み出そうとした足を止めてその場に踏みとどまる。奥歯が強くこすれ、下手をすれば砕かんとばかりに歯を食いしばる。何処か切ったのか、僅かだが口の中に血の味が広がった。
(今じゃねぇ……今はまだ、その時期じゃない……!)
必死に自分へ言い聞かせて、ニーアは無意識のうちに剣の柄へと伸ばしていた手を放して踵を返す。
後ろ髪を引かれる思いを必死でこらえて、ニーアはただただ静かにその場を後にする。
その胸中に、絶対的な憎悪と殺意を抱きながら。
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