十五階層にある居住区の辺地も辺地。外延部近くの人気の失せた一角で、その少女は視線を右往左往させながら歩いていた。


「……可笑しい。確かにこっちに来たと思ったのに……」


 桜色の髪に濃紫の瞳の小柄な少女が、無表情にそう呟いた。そして困ったとでもいう風に、ブカブカの袖に隠れた手で頬を掻く。小柄な身を包むブカブカのローブの開かれた胸元から時々覗く制服――コルプース・アカデミーの校章が、辛うじて彼女が学生であるということを示しているが、もし彼女がその制服を纏っていなかったら、誰もが彼女を十代前半の少女と勘違いするだろう――無論、当人にそのことを言えば憤怒の態度で挑むのだが……。

 だが、どの道彼女の現状を聞けば、たとえ彼女の実年齢を知っている物であっても、間違いなくこの少女を子ども扱いするだろう。

 ――言うまでもなく、少女は迷子だった。

 シエラ=F=レッヒェル。彼女は紛れもなく迷子だった。

 もしそう尋ねられたとしても、彼女はその事実を全否定するだろう――しかし、彼女は紛れもなく迷子であった。

 ちなみに、何故迷子になったかというと――


「可笑しいね。確かにあの猫はこっちに逃げて行ったはずなのに……一体何処に?」


 ……そういうことである。

 シエラは自他ともに認める無類の動物好きである。ただ、それが災いして、周囲のことになど目もくれず、回りの渓谷など一切耳を貸さず、ただ一心に見かけた動物を追いかけて行き――その結果、気づけば見知らぬ区画に迷い込んでしまうという前例は枚挙として存在していた。

 本人は認めないが、彼女を知る人物はシエラのことを迷子のプロフェッショナルとすら揶揄している始末。それくらいに、彼女の迷子率は高い。

 そして今回もその前例にもれず、猫を追いかけて東奔西走し続けた結果、現状に至る。

 にも関わらず、まだ追いかけていた猫を探し回っている彼女の執着心は諦めが悪いと褒めるべきか呆れるべきか、実に判断が困る。

 また、そんな彼女の迷子率を上昇させる要因がもう一つ。

 シエラは無類の動物好きであるが、それに反比例するように、彼女は非常に動物に嫌われる性質にあるのだ。

 犬に歩み寄れば吠えられ、猫に手を伸ばせば爪で引っ掻かれ、ハムスターは等しく巣に隠れ、鳥は一斉にその場から飛び立って行き、馬には蹴られそうになったことは数え知れず、羊だったら群れで轢かれ、正に踏んだり蹴ったりという状態に陥ってしまう――天性の嫌われ者。

 何の因果か走らないが、シエラは酷く動物に嫌われてしまう。そんな彼女が動物に近づけば、まさに一目散で動物たちは『裸足で逃げ出す』の勢いだった。

 そして、そうして逃げていく動物をシエラが追えば、動物もまた逃げ続け、シエラはそれを追い続ける。

 悪循環此処に極まり、である。

 自分が動物に嫌われているのを知りながら、それでも彼女は諦めきれず、こうして街に出れば動物を追いかけて――そして迷子になるのだ。

 今日はアカデミーの講義も終えての帰り道、たまたま道端のゴミ箱の上に陣取っていた猫に近寄って、そっと手を伸ばそうとした時、その猫は唐突に起き上がってシエラの手を掻い潜って逃げた

 そして数メートルの距離を開けて猫は立ち止まり、シエラを振り向く黒猫。その表情は何処となく彼女を小馬鹿にするような気配があった――と、シエラは感じ、


「ほーう……」


 ――それが試合開始ゴングとなった。

 あとはもう一進一退の追いかけっこだ。

 猫が逃げ、それをシエラが追いかける。逃げ惑う猫に翻弄されながらも、シエラは日々動物たちを追いかけて鍛え上げた脚力と持久力で猫に通髄していった。そして――


「えーと……此処は、何処だい?」


 猫を見失って、ようやく自分が知らない区画に迷い込んでいることに気づいたらしいシエラは、回りに並ぶ何処か廃れた建物を見上げて小首を傾げた。


「うーん……どうしたものだろう」


 唸りながら呟かれた言葉とは裏腹に、その声に起伏はほとんどなく、どうにも眠たそうな半眼であるため緊張感がいまいち伝わらない。だが、状況的に見て今のシエラは非常に危うい綱渡りをしていると言っていいだろう。

 TTBの居住区というのは、塔の外に生きる人間から見れば酷く平穏で不安の内地に見えるだろうが、その実中身は塔の外と何も大差ないのだ。人の住む場所というのは、人の数だけ様々な事象を孕む場所となる。

 もしこのTTBが真に平穏平和であるのならば、治安維持組織など必要とされないはず。しかし、実質彼ら警備隊『騎士団』や『法施典』による施政が存在するのは、TTB内で大小問わぬ犯罪が発生するが故のことだ。

 そして居住区の場合、外延部に近づくほど治安は不安定になる。人気は失せ、建造物の外見なども見て分かるくらい荒廃しているのは、それだけこの一帯に人が寄り付かないことを如実に示し――それ故、俗にいうところの『はみ出し者』たちの巣窟と化していることが少なくない。

 そしてシエラが今いるその場所こそが、そういった不逞の輩が集う外延部付近なのだが、少女がその事実を把握しているかとなれば、それは確実に否だろう。

 自分が今いる場所がどれだけ危うい場所なのかも知らず、シエラはうんうんと唸り声を上げながら特に進行方向を定めることもなくフラフラと歩き出す。

 そして、そんな鴨がネギをしょって歩いている状態の少女に対し、目を付けるなと言う方が無理な相談というのも、ある種の道理だった。

 少女の進行方向に一人、少し離れた後方から二人、影がのそりと脇道から姿を現す。何処かみすぼらしい、煤汚れた衣服に身を包んだ男たちがシエラの前後に立ちはだかる。

 シエラを待ち構えている男が、なんともらしいうすら笑いを浮かべながら、


「よー、お嬢ちゃん。君みたいな子がこーんな危ない場所に一人でいると危ないよ? もしかして迷子か何かかい? ならこの心優しいオニーサンたちが道案内してあげるぜ――って、あれ?」


 話しかけた男が思わず突っ込みを入れたくなるぐらい、シエラは男を華麗に無視してその脇をすり抜け、まるで何事もなかったかのように歩き続けていた。しかも未だ云々と唸りながら小首を傾げている。

 完全に男たちが眼中にない――そんな様子に見えたのだろう。男たちはシエラのあまりのスルーっぷりに一瞬忘我するが、慌てた様子で我に返り、トコトコと歩き去ろうとしているシエラの前に回り込む。


「ちょ……お前なに俺たちのこと無視してんだ!?」

「――ん?」


 そこでようやく男たちの存在に気づいたのだろう。シエラは双眸を瞬かせて男たちを見上げた。


「えーと、ボクになんか用かな?」

「ああ、そうだとも! だからわざわざ声を――」

「でも、ボクはないから――それじゃあ」


 至ってマイペースに、シエラはそう一方的に告げて男たちの間をスッ……と縫うように抜けて歩き出す。あまりに自然過ぎる動作に、再び男たちは呆気にとられてしまう。

 そして数秒後――自分たちが馬鹿にされたのだと思ったのだろう。シエラに話しかけていた男が我慢の限界を迎え、大声を上げながらシエラを振り返った。


「オイコラ待ちやがれ! さっきから優しくしてやってりゃー調子に乗りやがって! 身ぐるみ全部はいでやるから覚悟しやがれ!」


 元々そうする気だったじゃないか、という二人の連れの視線など気にも留めず、男は懐から一本のナイフを抜く。

 しかしシエラの方はというと、まったくこの状況に危機感を覚えていないのだろうか、あるいは気づいていないのか――どちらかといえば確実に後者だろう――男の叫びなど耳に届いていない様子で視線を右往左往させながら歩き続けていた。

その完全に人を無視した態度に、男はナイフを握ったままプルプルと肩を戦慄かせて叫ぶ。



「だー! もう許さねー! 泣いて謝っても許してやらねーからな! このチビ、、が!」



 シエラが動いたのは、その瞬間だった。

 先ほどまでの、何処かぼーっとした雰囲気が一変し、その半眼の双眸が鋭い刃物のように研ぎ澄まされ、眼光が男を射抜く。


「――え?」


 突然のシエラの様子の変化に、ナイフを振りかざして襲いかかろうとしていた男の動きがピタリと静止する。背後に立っていた二人も同様。シエラの挙動の変化に思わず息を呑み、気圧されたようにその場で硬直する最中、シエラが駆ける。

 振り返って男を睨み据えた次の瞬間には地面を蹴って初速からトップスピードまで駆け上り、十メートル近くあった距離を数歩の内に走破。男との間合いを一気に詰めると、軽快なステップで跳躍。速度を存分に生かした跳躍は、シエラの身体を大きく空中に持ち上げ――


「ぴょぎゃばっ!?」


 その真っ白な膝小僧を男の顔面に叩き込んだ。奇妙な悲鳴を上げて、男の身体が大きく傾ぐ。もしかすれば数センチ単位で顔が陥没したかもしれない――そう思わせるくらいの鮮やかな飛び膝蹴りを受け、男は鼻血を吹き出し頭から地面に倒れ込む。

 倒れる最中に男の口から、黄ばんだ小さい欠片――折れた数本の前歯が遅れて地面に落ちる。

 それと同時に、シエラはその細い二本の脚で軽快な体捌きで着地を決めると、眉尻を吊り上げ、歯を剥き出しに、


「誰がチビだっていうんだい! 身長がなんだっていうんだ! 背が高いことはそんなに偉いことか! どうなんだ! さあ答えろコンチクショーめ!」


 そう啖呵を切った。

 今年の春に十八歳を迎えたシエラにとって、一四一センチという低身長は彼女の中で最大のコンプレックス――二番目は貧相な身体――なのである。故に、そこのことを指摘された場合の彼女の怒り具合は並みならぬものがある。故に、理不尽ながらも男が受けた攻撃は、ある種仕方がないという部類に位置づけられるのだ。


「おい、大丈夫かよ?」

「ひでーなこりゃ。前歯完全に折れてるわ。ヒャハハ……」


 連れの二人が倒れた男を見下ろしてそう声をかける。飛び膝蹴りを喰らった男は蹴りつけられた顔を抑えながら身を起こし、涙目になって叫ぶ。


「こ、このガキ……ぜ、絶対に逃がすな! ふん縛って晒し者にしてやる!」

「うえ?」


 さすがに聞き捨てならない台詞を吐かれ、シエラは僅かにその表情に焦りを色を浮かべる。自身の期していることを指摘され、ついカッとなって蹴り飛ばしてしまったのを今更後悔するが、それもすべてが後の祭り。


(……えーと、もしかしなくとも、ボクはピンチってやつかな?)


 胸の内で現状を把握し、僅かに遅れて理解するや否や、シエラは慌てて走り出そうと振り返る――が、後ろで一つに纏めていた長い髪――ガラの悪い後輩曰く、尻尾――を摑まれてその足が止まる。


「ひゃあ!?」


 女性としては色気の掛けた、外見的には相応という程度の悲鳴を上げるシエラの襟首を大柄な体躯の男が摑んで持ち上げる。足が地面から離れ、文字通りちゅうずり状態になったシエラを、猫背気味の男が前に回り込んで見上げて、


「晒し者っていうけどよー。流石にこの外見ナリに手を出すのはヤバイと思うぜ? フヒヒ……」


 その指摘はもっともなのだが、顔面を蹴り飛ばされた挙句前歯を折られた男にそんな指摘はなんの意味を成さないことは明白だった。


「知るかよ! 俺様の歯を折りやがったんだ。それくらい当り前の代償だ! その後はその手の趣味がある上層区うえに住んでる好事家ヘンタイにでも売ればいいんだよ!」


 その台詞に、究極的に自分の身の危険を察知したシエラは粟を食ったように逃げだそうと算段するが、地面に足がついていないこの状況では抵抗のしようがなく、変化の乏しい表情にも流石に焦りの色が濃くなってきた。


(マズイ。この状況は非常にマズイ。あーもー、どうしてこういう時に、後輩君はいないんだよー。こういう時のための君でしょーがー)


 この場にいもしない人物の助けに期待するのは間違いだが、それでもこういうピンチに頼れるのは誰かと言われたら、脳裏に浮かぶのは――



「――そこのお前たち、何をしている」



 シエラがそこまで考えたのと同瞬、一つの声が介入し、全員の視線がその方向に向けられて――そして男たちが絶句し、シエラが目を丸くした。

 そこに立っていたのは、十人ばかりの同じ制服に身を包んだ一団。白銀の衣服。その肩に施された青葉に剣の翳された意匠――それは紛れもない『騎士団』の証。

 そしてその先頭に立つ銀髪に青い瞳を持つ青年に、シエラは見覚えがあった。一週間ほど前、後輩の営む喫茶店に赴いた時に偶々遭遇した若き十二賢者の一人。


【剣の賢者】、グレイアース=ヴェル=ブレードエッジ。


 この排他的街並みに似合わぬ名高き騎士たちの長は悠然とその場に君臨し、シエラと――そして彼女を捕まえている男たちを睥睨し――そして向こうもシエラのことを覚えていたのだろう。

 シエラと目が合ったグレイアースは、確認をするように真面目を絵にかいたような表情を僅かに穏やかのものに変えた。


「君は、あの店にいた――」

「おお、覚えてたんだ」


 グレイアースの確認の言葉に、シエラは感心した様子でそう応じた。すると彼は僅かに口角を上げて微笑み、


「こういった仕事柄、一度会った人の顔は忘れない性質なのでね」

「おー、偉い偉い。何処かの喫茶店の主に聞かせてあげたい台詞だ」


 そう言葉を交わして、二人はわざとらしく声を上げて笑った。グレイアースの隣にいる青髪の女性は、呆れた様子で溜息を一つ。シエラを捕まえていた男たちはというと、どうリアクションすればいいのか分からず、ただ目の前にいるグレイアースと、彼の日来ている騎士団の姿に慄くばかり。

 そしてひとしきり笑いを発した後、グレイアースは至極真面目な表情でシエラに問う。


「それで……君は一体どのような状況なのかな?」


 その問いに、シエラは僅かに小首を傾いで、


「えーとだね。かいつまんで話すと面倒くさいし、簡潔に言うと――多分ピンチ?」


 疑問符が付いていることに関しては、グレイアース率いる『騎士団』という救済の手が現れたこの時点で、最早ピンチと称していいのか悩みどころだったからに過ぎない。

 戦いに置いて、TTBの統括者である十二賢者最強と目される青年がこの場におり、その人物はまがりなりにもシエラと顔見知りである。そんな彼が、様々な意味で窮地に陥っていたシエラの目前に今こうしている状況は、最早危機的状況と判断するには難しい。


「……なるほど」


 そんなことを考えながら発したシエラの言葉の意味を正しく理解したのだろう。グレイアースは僅かに失笑した後、その穏やかな面持ちを鋭いものへと変えて、シエラを囲む男たちを一瞥する。

 刃のような鋭い眼光。そこに込められた圧倒的な意志の力が、その眼光に晒された男たちの身体を射竦めた。


「――それで、君たちは私の知己にどんな用があって、そのような振る舞いをしている?」


 グレイアースの言葉に、男たちが息を呑む――否、呼吸することすら忘れただろう。ただ言葉を発しただけにも拘らず、グレイアースの言葉に物理的な圧力すら存在しているような錯覚に晒される。

 何も言葉を発することのできない男たちの様子に、グレイアースはただ無言で頭を振り、彼の横で待機していた青髪の女性が静かに口を開く。


「グレイアース様。とりあえず、彼らの身柄を拘束することを進言します。この一帯では、よく婦女子が消息不明になるという話もありますし、彼らにその旨を訪ねてみるのがよろしいかと」


 女性の言葉に、男たちがどよめいて視線を逸らす。これではまるで何か知っていますと態度で示しているようなものだった。

 男たちの様子を見て、グレイアースも「ふむ……」と頤に指を添えて、わざとらしく思案する様子を見せた後、


「……それもそうだな。どうにも、叩けばそれこそ埃がたくさん出てきそうだ。そうでないにしても、少女を複数で取り囲んでいる時点で、婦女暴行未遂とみなしても問題あるまい」


 だろう? と尋ねる風に、グレイアースは微笑んで男たちを見た。が、その眼は全く笑っておらず、獲物を逃がすまいと睨みつける肉食動物のような気配を孕んでいた。

 瞬間、男たちがシエラをグレイアース目掛けて力いっぱい投げ放った。


「うひゃっ!?」


 予想外の事態にシエラが思わず悲鳴を発する――と同時に、グレイアースが咄嗟に前に出て屈みこみ、投げられたシエラを受け止める。


「大丈夫かい?」

「お、おーう……」


 受け止められたシエラは、あまりに状況が目まぐるしく変化することに理解が追いつかず、どう反応していいか判断に困り適当に言葉を濁した。

 シエラを投げた男たちはその間に走り出し、その場から逃走を開始していた。彼らはすぐ傍にあった路地裏へと逃げ込んでいくのを見て、グレイアースは僅かに舌打ちをする。


「急ぎ追え。逃げきられるぞ」


 そう部下たちに指示しながら、グレイアースは手遅れかもしれないと頭の片隅で自嘲する。

 TTB全体の警邏を任されている『騎士団』とはいえ、居住区の端も端。ほとんど人の寄り付かぬような外延部周辺の地理は熟知し切れていない。なによりこの一帯はTTB設立当初に増築に次ぐ増築が繰り返されたため大小の建物が乱立しており、それによって生じた細かい裏路地が多数樹木の枝のように存在している。

 そんな所に逃げ込まれては、いくら『騎士団』といえど彼らの捕縛は困難になるだろうと、諦めにも似た心情に駆られた。

 しかし、今回ばかりはその悲観も無駄となった。

 というのも――


「ぴぎゃぁ!?」


 そんな悲鳴と共に、逃げて行ったはずの男の一人が路地裏から吹き飛ばされたように飛び出てきたのだ。

 実際、男は吹き飛ばされたのだ。いや、この場合は殴り飛ばされた――というのが正しいだろう。男の顔の輪郭は顔の右側から強打されたらしく、顔の肉などが全体的に左側に寄った状態で街路に殴り飛ばされて痙攣を起こしていた。


「人にぶつかっておいて謝罪なしとは、いい度胸じゃねーか。アァ!」

「ひいぃ……!?」


 ぐしゃり……


 荒々しい言動と悲鳴の後に、とても人間の体から発せられる音とは思えない、まるで卸し立ての肉を思い切り壁に向けて投げつけた時のような音が路地裏から響き渡り、逃げた男たちを追いかけて行った『騎士団』の面々が思わずその足を止める。

 シエラもグレイアースも、その場にいる『騎士団』の全員が沈黙してその路地裏を一様に見つめる中、


「――ぶっとべ」


 路地の蔵闇から聞こえたその宣告の一瞬後、閃光と衝撃がそこから溢れ出し――次いで大柄の男が黒焦げになった状態でよろよろと街路に姿を現し、無言のままに地面に倒れ伏してしまう。

 そして、


「ゲホッゲホッ……くそ、こんな狭い場所で響律式なんざ使うんじゃなかったぜ。大丈夫かー、猫」


 みゃー。と、猫が鳴く。

 そんな、その場にそぐうようで何処かそぐわない台詞と共に、肩に猫を担いだ黒衣の少年が姿を現し――その姿を確認したシエラとグレイアース、そして青髪の女性が絶句する。

 同じように、姿を現した少年は自分を取り巻く『騎士団』の面々の向こうに立つ三人を見て、困惑と呆気、そして面倒臭いという感情の入り混じった表情を浮かべ、とりあえずシエラを見て、


「――何やってんだ、シエラ先輩よー」


 シエラの後輩、ニーア=ゲイル=アシュリートは僅かに嘆息しながらそう尋ねた。

 その肩で、猫が面倒くさそうに一度鳴いた。





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