2章 気づかない、気持ち
第4話
先生とはあれ以来、頻繁に連絡を取るようになっていた。内容はいつもきまって仕事のことが多かったけど、たまにお互いの話をした。今まで日曜日は一人で過ごすことが多かったが、最近は先生からお誘いを受けることが多く、来週も約束があるほどだ。
「柴崎さん、パントモお願いします」
パントモ(=歯全体のレントゲン)
内山先生の声にすぐに反応した。
最近、気がついたことがある。内山先生の声がとても好きだということ。他のドクターよりも聞き取りやすい。
「ありがと、シバ」
小さな声で言われた。
耳元にかかる息が熱い。誰かに秘密にしているような、ドキドキするような、この関係はただの助手とドクターとは違う気がする。
日曜日、春香は先生と待ち合わせの場所に少し早くついた。
髪の毛大丈夫かな。洋服変じゃないかな。リップの色濃すぎないかな。不安がたくさんある。私はなんて子供なんだと恥ずかしくなる。
「シバ」先生の透き通った声が聞こえた。
「おはようございます」
「律儀だね。行こうか」
先生の連れてくるところはだいたい分かってきた。ダーツバー、カラオケ、映画、景色が綺麗なところ。今日は昼間からダーツバーコースだ。私はこのプランが何故だかとても好きなのだ。
ダーツなんて今までしたことがなかった。カラオケなんて全然来たことがなかった。新鮮なのだ。キラキラしている。
そして先生は歌がすごく上手だった。表すならMr.Childrenのような歌声だ。男の人とカラオケを行ったことがない私にはまるでライブハウスにいるような感覚で、初めて聞いた時は感動してしまった。
「ねえ、シバって誕生日はいつなの?」
「12月25日…クリスマスです」私は苦笑した。
「サンタさんからの贈り物なんだな。シバは幸せな命だ」
「ふふ、先生っていつも大袈裟ね。先生はいつなの?」
「秘密」人差し指を唇の前に立てた。先生はあまり自分の話は教えてくれない。先生と出会って2ヶ月。もう、夏が終わりに近づいてきた8月下旬。まだ、何も知ることができていない。
「先生は秘密ばかりね」
「シバのことを知りたい」
また、この目だ。私は近くにあった紙に3つ書いた。生まれた場所、好きな食べ物、好きな色。
「東京生まれ、アボカドと青色が好きなのか。俺も青色が好き。一緒だな」
これあげる、と自分の携帯なついていた青いシーグラスのストラップを春香に渡した。キラキラしている。綺麗な透き通ったシーグラス。
「いいの?」
「うん。ずっと昔に知人にもらったものなんだ。大事にしてやってな」
そのシーグラスをぎゅっと握りしめた。まるでこれは先生の片割れのように思えた。胸が張り裂けそうになる。この気持ちは…
「今日は帰ろう」先生が立ち上がった。
「…うん」ありがとう、を添えて。
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