第3話
内山先生と働くようになり一カ月が過ぎた。
7月後半、暑さはどんどん上昇し、そのためか患者さんの午後一番の暑い時間のキャンセルが続いていた。
内山先生は入ったばかりもあり、予約は比較的に少ない。期待されて入ってきた分、周りからは期待はずれの反応ばかり。「顔が良いからできる男だと思っていたけど周りが見えないKY男ね」と関口さんは言っていた。内山先生はまるで私みたいだ。
先生に連絡先を教えてから一度もまだ連絡は来ていないし、していない。同じ職場の人だから聞いただけなのだと、今頃になって理解した。馬鹿な女だとつくづく思う。
仕事が終わって外に出ると、白いTシャツにジーンズというラフな格好の内山先生がいた。
「よ」
私を、待っていた…?
「ご飯食べにいかない?」
無意識に頷いていた。
新橋駅にいくつかある魚金のうちのひとつに私達はいた。男の人と居酒屋なんて生まれて初めての経験だ。
「ビール2つと刺身3点盛り。あと…」
いくつかつまめるものを頼んで店員さんがいなくなると少し沈黙の時間が続いた。
「あの、」私だ。
「どうして、今日誘ってくれたんですか?」
「柴崎さんとゆっくり話してみたくて」
いちいちドキドキしてしまう。こういう気持ちを何というんだろう。
「柴崎さんってどうして彼氏いないの?4年間作ってないんでしょ?」
みなみのやつ…。
「できないんですよ。モテないですし。この前も言いましたけど、みなみは本当に可愛くてモテるんです。でも私は…可愛くもないし、暗いし、はっきり物事は言えないし…」
自分で言って少し泣きそうになる。
「彼氏は…出来たことはあります。高校生の時に一度だけ。でも、浮気されちゃって。それから男性って苦手なんです」
まだ幼かった私には大きすぎる傷跡だった。信じて裏切られることに慣れてしまう自分が怖くなってしまった。そしていつしか恐怖が勝つようになったのだ。
「俺は柴崎さんの顔好きだよ。とても可愛いと思うよ。俺の事も、怖い?」
首を横に思いっきり振った。
怖くない。先生は怖くない。先生の笑う顔は暖かくてずっと見ていたくなる。怖い気持ちより、優しい気持ちになることができる。こういう気持ちをなんというのだろう。
「シバ」
突然先生が言う。歯科医院ではみんなに〝シバちゃん″と呼ばれている。
「少し、距離を縮めたいと思ったんだ。シバのことを知りたいと、思っているんだ」
綺麗なその瞳に吸い込まれてしまいそう。心臓の音はまるでメロディーを奏でているようだ。彼との出会いは、運命なのかもしれないとあの頃の私は信じて疑わなかった。
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