第21話 新しい1日の始まり
「いってきまーす」
「凛。はい。お金。落とさないでよ。ちゃんと食べるのよ」
「わかった。わかったってば」
玄関を出るともう佐々木先輩が待っていてくれてた。
「なんだ。先輩来るの家の中で待ってたのに」
「いや、恥ずかしいだろ」
昨日家に入った人が何を言ってるんだか。佐々木先輩の恥ずかしいの定義がわからない。
「どこが?」
「え! いや、付き合ってるみたいだろ」
「付き合ってるよ」
「え!? いつから? いや、時間くれみたいな事言ってただろ?」
佐々木先輩、慌て過ぎだよ。
「うん。時間が欲しい。でも、私と付き合って欲しいの。だから、約束? みたいな」
「あー。訳がわからないけど。わかった。待ってるよ」
そう、想ってもらっていたんだ。涼と二人でいるのをずっと見てたんだ。苦しい想いを抱えていたんだろう。涼が女の子に話かけられて、あんなにも私は彼女の存在を気にしたんだ。あれが毎日だった。それでも、絵が描き終わった私に、テニス部に来るように言ったのは、私の為だったのかもしれない。自分の為ではなく。
※※※
「桃李! ご飯!」
私は三年生の教室を覗いていう。桃李がお弁当片手にこちらへ来る。
「大きな声で言うなよ」
佐々木桃李はかなりの恥ずかしがり屋だった。
「もう寒いからなあ。どこ行く?」
「昨日の場所でいいだろ」
「あそこ行くなら早いもの勝ちだよ」
そこはちょうどガラス張りになっていて冬場でも心地いい場所で、皆も狙ってる。
少し早足でそこに向かう。途中涼とお弁当を広げたベンチの横を通る。涼の事を忘れた訳ではない。こうやって何度も思い出の場所に来る度に思い出す。だけど、涼が私よりテニスを取ったように、私も別の未来を取ったんだ。涼と一緒にいる未来ではなく。
「空いてた! 桃李、空いてた。ラッキー」
ベンチにさっさと座る。他の誰かにベンチを取られないように。
「凛。今日はやたらに上機嫌だな」
「絵ができたんだ。今日見に来てくれる?」
「ん?ああ、いいよ」
桃李もう食べてるし。
「いただきまーす」
「そういや。あの時もここに来たな。凛、パン買うの時間かかってココしか空いてなくて。あの時は暑かったなあ。ここ」
あー。そうだった桃李とはじめて学校に行った日。ご飯がまだ食べれないからパンを買いたかったけど、なかなか買えなくて、結局桃李に買っもらって、さまよい歩きここに来た。まだまだ暑い日差しがガラスから突き刺さってきて、暑かった。だけど、楽しかった。桃李との初お昼ご飯だった。
私と桃李の噂は、学校中を駆け巡っていたようだけど、莉子がいろいろしてくれたようだった。
刺すような視線はいつしかなくなった。
「暑かったねえ。でも、今日は心地いいね」
「ああ。なあ。絵って何描いてるんだ?」
「だから、内緒だってば」
「いいだろ、今日見るんだし」
「ダメ。見てからのお楽しみ」
「桃李。ほら行くよ」
またまた放課後の三年生の教室。
「迎えに来なくても行くってば」
桃李恥ずかしいがり屋過ぎるよ。私が掴んだ腕を離そうとしてる。
「到着」
「美術室は知ってるから。凛、腕」
もう、恥ずかしがり屋め。桃李の腕から手を外し中に入る。もう何人かは来ていて書き始めている美術部員。特に親しくないと挨拶はしない。文化部の悲しいとこだね。
美術室のさらに奥の倉庫から絵を出してくる。乾くまで実は一週間かかってるんで本当は一週間前に絵は出来ていたんだけどね。白い布をかぶせたままイーゼルに置く。
「凛、凝り過ぎ」
他の部員がいるからだろう小声で桃李が言う。
私はチラッと布をめくり覗いて上下を確かめてから息を吸って、白い布を取る。
私は桃李を見つめる。桃李は絵を見つめる。
「どう?」
「これ俺か?」
「正解!」
「スケッチと記憶だけで描いたんだよ」
桃李のたくさんあったテニスのスケッチを元に描いた。これを描く事ができるまでに時間がかかった。ようやくあの涼がたくさんいて、手紙も書いてあるスケッチブックを開く事ができるようになり、さらにテニス姿を描くには時間がかかったけど。
「これ、スケッチブックに描いてたのか? あの時に」
「桃李、テニス辞めてからじゃ描けないでしょ? 気づいたら描いてた。なんか綺麗だったの」
「綺麗ねえ」
その言葉は恥ずかしかったんだろう。そんな顔。
「今度はいいですか、部長?」
「もう部長じゃないし。絵の事わからないけど。いいと思うよ」
そろそろ他の部員に迷惑なので絵を戻して今日はこのまま帰宅する。
「ねえ、何で今日見せたかわかる?」
「え? 出来たからじゃあないのか? 今日は、ん?」
「三ヶ月前に桃李が私に付き合ってって言った日だよ」
「なんでそこだけ取り上げるんだよ」
「もう、そんなに経ったのに!」
と、桃李の腕を取り絡める。
「お、おい!」
「そんなに経つのに腕も組まないの?」
「組んでなかったじゃないか、前」
「前は前! 今は今! 大人になったのよ、少し」
そう、私はほんの少しだけど、傷つき大人になった。ほんの少しだけど。
「何が大人になっただよ」
「後悔したくないから。しとけば良かったって思いたくないの。だから、するの!」
私が思い描いた未来ではなく、今この瞬間、この時をどうしたかで変わる未来もあるかもしれない。だったら今しておこう。
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