第1話

「バス物語 走れ! ひでちゃん」


☆ ラッシュ時間と入庫点呼 ☆


平成18年 入社して一年と半年が経ち

変則勤務にも慣れ、本日は5時台に出勤して、

朝のラッシュ時間を迎えた。


車内はぎっしりの満員のバス、

と言いたいけど、少し余裕ある車内。

半分田舎で半分都会の街を走る路線バス。

新聞や本を読む人、毎日通勤通学の為に利用している常連さんばかり。

ほとんどのお客は同じ時間のバスに乗車しているが、違うのは同じ時間を走るバス車両と

乗務員が毎日入れ替わる。

これは車両のローテーションと、乗務員の勤務の関係である。

バスの名札は 「大柳 英樹」

と書いている。必ず車内の何処かに乗務する

運転士の名前を掲げなければならない。


客席側から乗務員のミラーを見ると眼や頭、

顔が動いている。また乗務員の顔が見えるのは、車内を確認し、車外の動きをよく見て運転している証なのだ。

バス乗務員は、運転が上手いだけでは駄目だ。予知予測して運転しなければ、そこら中で

事故を起こしてしまう。


「まもなく、京阪宇治駅終点です。車内にお忘れ物などございませんようご注意下さい。

停車の際、揺れますのでお気をつけください。

今日も京阪宇治バスをご利用下さいまして有難う御座いました。」終点に到着した。

乗務員は一人ひとりに、

「有難う御座いました」とお客様に礼を兼ねて挨拶する。乗務員は朝夕のラッシュ時間帯は、表情が無愛想になってしまう。一日中無愛想の

乗務員もいるが、朝のラッシュ時間帯は

周囲の交通マナーが悪すぎ、無事に駅に

お客を送り届けたが、運転の緊張が続いて

いる為、朝は笑顔が出ない。いや作れない。

しかし自然と笑顔が出せる乗務員もいる。

会社からは常に笑顔で接客、運転中も

笑顔で走れ!と言ってるが、

走っている時に笑顔でいたら、

お客から、この運転手大丈夫かな?

と思われるに違いない。


また笑顔を作れ!と言っている上司こそ、

鬼瓦の様な顔して、自分は作れるのか!

と仲間と愚痴っている。


ラッシュ時間で降りるお客は、時々「有難う」と言ってくれるが、殆どは無言だ。

鉄道など乗り換えの為、慌てて降りて行く。

乗客が降りたら、バスを前方へ移動し、

車内の忘れ物点検をする。忘れ物があったら、時間と路線名、乗務員名及びバスの車番を記入

した札を付け、営業所に帰るまで自分で

保管する。

財布などの貴重品なら会社に連絡する

事になっている。

車内点検をしたら、次の便の発車の為に乗り場に移動する。その際、自分が1番乗り場なら

2番乗り場以降のバスは、入りやすい様に着けずに降り場などで待っている。1番乗り場

(先頭)から順番に着けていく為である。

後ろの乗り場が先に着けると、前に着ける時

後退しなけらばならない。その際、構造物に

接触したら事故扱いになり、事故処理の為

そのバスは運行できなくなる、そして代替え

車両が到着するまで時間がかかり、

お客に迷惑がかかる為、この様な着け方をしているのは事故をしないための業界のマナー

である。


乗り場に着けたら、入り口のドアを開ける

「お待たせ致しました、このバスは〇〇高校経由の近鉄大久保駅行きです。まもなく発車します。」と車内と車外マイクで案内、

発車する様子なので歩いていたが、急に

勇み足でバスに向かってくる。

発車の際、先ほど乗り場に着けたバスが

同時刻になると一斉に動きだす。

競馬の発走のようだ。

乗務員達の時計が揃っている証。

暫くすると行先が違うので、交差点を通過する度に離れ離れになって行く。



そして時間が経過し、

休憩のため車庫に入庫する。


車庫で休憩の際は、事務所に帰って来たことを報告するため入庫点呼をする。


営業所(車庫)※どちらも同じ意味。

乗務員の勤務やバスの運行管理を担当する

人の事を、運行管理者(運管)と呼ぶ。

主任と呼ぶ所もある。


点呼場は、乗務員と運管がカウンターを挟んで、お互い向き合い厳正に点呼をしなければ

ならない。通常何処の会社も、この様なスタイルで点呼が行われる。

私の会社の場合アルコールチェックは出勤時と退勤時だけで良い事になっている。

アルコールチェックの説明は後で紹介する。


ひでちゃん「入庫点呼お願いします。

58系統 大柳、休憩の為入庫しまた。

10時35分まで休憩します。」

運管

「10時35分まで休憩、確認しました

時間間違えの無いように出庫お願いします。」


ひでちゃん「了解しました、休憩します」


と点呼の後は普通にして良い。



☆ トイレと時間厳守 ☆


ヒデちゃんが、「トイレ!トイレ!」


と大声で急いで起点のバス停にある休憩室の

トイレに駆け込む。

ラッシュ時間帯の起終点の折り返し時間は、

余裕がない。

小の用を足したら、ニヤ〜っと笑顔になる。

でも時間がない。起点のバスは乗車扱いの為、

ドアを開けたまま止めている。歯止めをし、

バスの鍵はちゃんと抜いている。

お客は時間通りに発車してくれるか席に座って気になっている様子。

しかし、そこはプロの腕の見せ所!

バスの電波時計が発車の時間になる前に戻り、

シートベルトをしながらマイク案内をして

扉を閉めて定刻に発車した。トイレから発車

まで無駄のない動きだ。

と言いたいところだが、大きい方をする時は、発車が遅れる事もある。その時はバスに戻ったらお客様には正直に、お腹が痛かったので

お手洗いに行かせてもらっていました。申し訳ございません。と頭を下げてから発車します。

殆どのお客様は体調不良、生理現象なら仕方がないと、ご理解して頂きます。



☆ バス業界のアルコールの認識 ☆




毎朝、5時台になると沢山の乗務員が

出勤してくる。点呼場はアルコール

検査と点呼の為、渋滞が起きている。


もしアルコール検査に引っかかると、

何度か時間を空けて2、3回検査をする。

それでもダメな時は、その日の乗務は

出来なくなる。また飲んだ時の事を詳しく

事情を聞かれる。誰とお酒飲んだのか?

何処で飲んだのか?など。

飲酒検知器に引っかかると

出世はおろか懲戒解雇になる場合もある。


勘違いしたらいけないのは、お酒は悪くない

です。マイカーで飲酒運転してきた事、

バスに乗務しようとしているのに、アルコールが残っている事が悪いのです。


サラリーマンの人は、

仕事帰りにチョット一杯寄っていこうか!

なんて沢山飲んだとしても、

次の日気にしなくて良いな〜と羨ましい。


バス業界は、次の日が休みか、

遅い勤務の日にしか楽しく飲めません。

家で軽く飲むなら次の日、お酒が身体から

抜けているけど飲み会の日なら、ついつい

コントロール出来ずに飲みすぎてしまい、

早朝出勤ならアルコールが抜けず

検知器に引っかかるので休みをとっている。


最悪、早朝出勤で軽く飲むつもりで飲み会に

参加し、アルコールが抜けてなかったら

当日欠勤(当欠という)をする事がある。

運管は急に乗務員から休みますの連絡で、

穴の空いた勤務を埋めるのに大変だが、

早朝の電話の大半がアルコールが残って

いる場合が多い。また運管も長年バス

会社で勤務し、この様な経験も承知している

ので何ともない。乗務員が飲酒検知器に

引っかかるのに比べたら平気である。

と言っても後で、当欠した乗務員に

ウジウジいう運管もいるけど、

本人は我慢しなければならない。

身体にお酒が残り皆んなに迷惑をかけ、

自分のミスなのだから。





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