第3話 東の王
朝の一件のあと俺は、なし崩しのように三人とともに、とある場所に来ていた。
その場所とは、八十年前に廃校になったはずの高校だった。なんでも、三人の目的地はこの廃校だというのだが、どういうことなのだろうか。
「あ? 知るかそんなこと。こっちは呼び出されたんだ。理由なら、呼んだ本人に聞いてみろ」
「ほ、本人って誰だよ……」
「ははっ♪ すぐにわかるよー。それより、警察官の相手をしてた時のすごいのどーやったの? ねーねー! そろそろ教えてよー!」
なにか知っているらしい南波楓は話を濁すためか、それとも本気で言っているのか、先程から同じ質問を繰り返してくる。まあ、どちらにしても俺が連れてこられる理由にはならないのだが。ホント帰っていい?
俺は、進んでいく時間と、その分絞められていく自分の進級への首が怪しくて仕方ない。
もう、頼むから開放してくれよ! なんで、俺がこんな変な奴らに関わらなくちゃいけないんだよ!
叫んだところでどうにかなるとも思えないが、ため息くらいはしてもいいだろう?
「はぁ……」
「ため息なんてしちゃダメです! 元気を出して行きましょう!!」
黒崎颯斗と親しい元気な女の子、赤坂綾女が元気づけてくれるが、正直今の俺には鬱陶しいかもしれない。
俺は、連れて行かれるがまま廃校になった高校の校舎の中を歩いた。見れば見るほどおかしいところが出てくる。廃校になって八十年もしているはずなのに校舎に傷が見当たらない。聞けば、この高校は地獄の年よりも前に存在していたらしい。しかし、ほとんどすべての高校が地獄の年に校舎が崩れ、崩れなくてもとても人が勉強できる場所ではなくなってしまったはずなのに、この高校は全くその影響を受けていないみたいだ。
いや、みたいではなく、もしかしたら受けていないのかもしれない。
そう思い至って、俺の考えは遮られた。
「そういえば、俺はまだお前の名前を聞いてないぞ?」
「……覚える気はないんじゃないのか?」
「そうだとしても、礼儀は大事だ。そう思うだろう?」
「うっ……」
ニヤッと勝ち誇った笑みを見せて、黒崎颯斗がそんなことを言うと、俺は眉をピクっと上げた。
会って間もない間柄だが、こいつの口から礼儀という言葉が似合わないことだけは少なくとも理解しているつもりだった俺は、黒崎颯斗の言葉に少しだけ嫌な顔をしてしまった。
しかし、言っていることは正しいので観念して自己紹介をすることにした。
「俺は、火蔵陽陰だ……なあ、俺そろそろ帰っていいか?」
自己紹介を終えて、俺は俺を縛る南波楓に声をかける。
すると、南波楓は「うーん」と考えてから笑顔で、
「ダメ」
と、言ってきた。
なんかね、この子Sなのかな? もしかしたらドS?
ため息を着いて、俺はわかりきっていた答えを噛み締める。
「午前十一時。そろそろだな」
「は? 何が?」
「うんうん。場所もここで間違いないねー」
「うーん。だから何が?」
どうでもいいけど、説明を求む! 誰か説明して! なんか怖くなってきたから!
俺は言いようのない恐怖に震えながら、何が起こるのかを慎重に感じ取る体制に入った。
すると、廃校になったはずの高校の校舎からチャイムが鳴り響いた。
「これは……どういうことだ?」
「見ろよ。集まってきたぜ」
「は?」
黒崎颯斗に言われて周りを見ると、いつの間にか周りには数十人の同い年くらいの少年少女が集まっていた。
どういうこと? え? こ、これは一体何なの?
何も知らされていないし、何も関係していない俺にとってこの状況は恐怖でしかなかった。
俺がオドオドしていると肩を叩かれた。振り返ると、黒崎颯斗が鋭い目で俺を見ずに静かに言った。
「いいか。俺が合図したら、何も考えずに飛び出していったやつを止めろ」
「は、はぁ? おま、何言って――」
満足に言葉も返せずに、何かのイベントの音で俺の声はかき消された。
校舎の正面玄関と思える場所が開き、そこから一人の青年が出てきた。……あれ? あの人、どこかで見たことあるような……。
見覚えのあるような、ないような人を見ながら、首を傾げていると黒崎颯斗が再び肩を叩き「行け」と小さく合図した。
わけがわからなかったが、その理由は直ぐにわかった。
正面玄関から出てきた青年に向かって、数十人の中から一人が尋常じゃない早さで飛び出して行ったのだ。フード付きのマントをつけているため顔も性別も分からないが、その手には直剣が握らており、狙いは青年のようだ。
一歩遅れてしまった俺は、本日二度目の能力の無断使用に切り出した。
目を瞑り、右目を開ける。すると、視界は少し黄色く変わり全身を駆け巡る何かが俺に力を与えてくれた。
憑き物としての能力を発動したのだ。発動したせいで耳と二本の尻尾が生えたが、そんなことは今はどうでもいい。地面を掴むように力を込めて、一気に駆け出す。
すると、俺の体は尋常じゃないスピードで移動するフード付きマントの人物の速さを優に超え、さらに早いスピードで人物の前に立ちはだかった。
「行かせねぇよ」
黒崎颯斗は飛び出してきた人物を止めろと言った。ということは、これ以上は誰かがどうにかするってことだろう。
そう信じて、俺は飛び出したのだ。どうにかしてくれないと困る。
だが、手助けは来なかった。
「くっ……天地神明に誓う。我らに障害を焼き尽くす火を与えよ!」
邪魔をされた相手は舌打ちをして、そう唱えると人の身に余るほどの火を一瞬で作り出し、それをこちらに投げてきた。
って、ホントに誰も助けてくれないのかよ! クソッタレ!
俺は目を再び瞑り、今度は左目を開ける。すると、視界は少し赤くなり全身を縛り付ける強力な何かが俺に力を与える。体の変化としては、耳は消え、代わりに凶悪そうな鬼の角が生えていた。
俺は右手を突き出し、飛んでくる火の玉を『殴り』飛ばした。
「何!?」
俺の行動に驚き動揺する相手に、俺は駆け出して思いっきりぶん殴ってやった。
これで女だったら、俺の主義とかどうとか関係なく反省だな。
そう思いながら、相手を無力化した俺が安堵していると、俺の横を高速で何かが飛んでいった。
大型の槍だった。それは青年の元に飛んで行き、いづれは青年を貫くだろう。止めねば。そう思ったが、能力の反動で体が怠くなっている俺にはこれ以上の無茶はできない。
しかし、高速で飛んでいく槍は真っ直ぐ青年の元に飛んでいく。
「
寒気がする言葉が流れた。
すると、何事もなかったかのように槍が『消えた』。跡形もなく砕けたのでも、見えなくなったのでもなく、突如として『消えた』。まるで、最初からそんなものは『なかった』かのように。
この現象を、俺は知っている。今日の朝のあの時と同じだ。じゃあ、やっぱりこれは……。
「甘い。甘ぇよ、クズが。そんな攻撃じゃ、俺の能力は止められない」
口元を三日月のように釣り上げた黒崎颯斗がニヤニヤと笑いながらもう一人いた相手に話しかける。
その相手は同じくフード付きマントで身を隠していたが、見るまでもなく黒崎颯斗に怯えていた。ただの高校生に見える相手に、いきなり人知では理解できないことをされたのだ。当然だろう。
「まだいるよ!!」
南波楓の声が響き、俺がハッとすると目の前まで誰かが唱えたであろう魔法攻撃が迫ってきていた。
だが、俺の体は既に限界を迎えている。これ以上は俺が倒れてしまう可能性がある。でも、背後には青年がいる。どう考えても逃げられる状況ではない。
俺は歯を食いしばり、だるい体を一生懸命動かして右手を前に突き出した。
ドスンと質量のある魔法を受け止め、なんとか青年の逃げる時間を作り出す。
「がっ!!」
「ナイス、時間稼ぎ! ――エリ・エリ・レマ・サバクタニ。神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや!」
瞬間、地面から大量の十字架が出現し、魔法を使ったと思われる人物だけが十字架に貼り付けにされていた。わけがわからないのであろう術者がオロオロしていると、十字架が砕け、術者が地面に落とされる。すると、術者はまるで糸が切れた人形のように動かなくなっていた。
こうして、時間にして三分という戦いを終え、静まり返ったグラウンドで尻餅を着くと、パチパチと一人の拍手が虚しく響いた。
「いやー。素晴らしいな。正直、三人でここまでやるとは思ってなかった。いやはや、俺も歳だねー」
そんなことを言いながら数十人の中から出てきたのは先ほどまで襲われていた青年と瓜二つの青年だった。
「え……え?」
「あははは。驚いたか? まあ、それはいいとして。自己紹介をしようか。ご存知の人もいれば、知らない人もいるだろう。どうも、『東の王』
律儀にお辞儀をしてから『東の王』と名乗った青年はニコッと微笑んだ。
あー。思い出した。一回だけ、歴史書で見たことがあったんだ。名前は……そう、『東の王』御門恭介だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます