第2話 最悪な幕開け

 現在、俺の視界には雷を抑えている如何にも関わっちゃいけない女の子が存在している。

 そんなことはないと言うだろうが、残念ながらこの時代にそんな言葉は通じない。ありえないことがありえてしまうのが現代だ。

 しかしながら、これには俺も動揺してしまう。なにせ、雷を素手で抑えてしまうところを初めて見たし、聞いたからだ。そして、それが仇となった。


「よ、よくやった! そ、それではその憑き物をこちらに引き渡してもらおうか」


 俺が助けた警察官は驚きながらも俺を捕まえることを忘れてはおらず、着実に俺に近づいてくる。俺はというと、雷を抑えている少女が跨っているため身動きが取れない。完全に詰みの状態だ。

 このまま行けば、俺は無実の罪を着せられ、もれなく牢屋行きだろう。

 しかし、


「それはできないなー」

「は?」

「なに?」


 少女の言葉に俺と警察官が同時に素っ頓狂な声を上げた。

 当然だ。この状況でこんな言葉が出るとは誰も思っていなかった。そもそも、少女は俺の知り合いじゃない。つまりは一般人だろう――もっとも、雷を片腕で抑えている少女が一般人だとは思えないが――。

 少女の言葉に怒りを感じたらしい警察官は鬼の形相で訴える。


「貴様もそいつの仲間なのか!」

「うーん。ちょっと違うかなー」


 ちょっとどころではない。知り合いですらありませんよ、はい。


「なら、何故そいつをこちらに引き渡さない!」

「だってー。お兄さんの顔が怖いんだもーん」

「ふ、ふざけるな! 今は、そんなことを話している暇はないんだ! そいつは憑き物なんだぞ!!」

「……だから?」


 警察官が俺のことを憑き物と言った瞬間、少女の周りが少しだけ冷えた気がした。

 怒って、いる? いや、そんなわけないか。怒る理由がわからないし、そもそも怒る箇所が見当たらない。しかし、少女は怒っている。それがどうしてわかるかと言うと、現在発動している俺の能力がそういうのに敏感だということと、少女が高圧の雷を怖いくらいの笑顔をしながら片手で霧散させたからだ。

 引きつってしまった顔で見上げていると、少女は俺に目を向け、ニコッと柔らかく笑った。


「もう少しだけ大人しくしててね?」

「……は?」


 どうしよう。今の言葉に嫌な予感しか感じないんだけど。

 少女は俺から警察官に目線を変え、冷たい表情で見つめる。少女が立ち上がったかと思うと、警察官に向かって言った。


「私、人を物扱いする人、大嫌いなんだよね」

「ふ、ふん! そいつらは自分たちの中に化け物を住まわせている輩だぞ! そいつらが人間? ふざけるのも大概にしろ! 化け物を住まわせているせいで魔術も使えないくせに!」


 そう。原則として、憑き物は魔術が使えない。何故なら、封印をするために常に魔力を使わなくてはいけないため、魔術を行う余裕が存在しないからだ。

 強い力の代償は一般的能力と、相場が決まっているように俺たち憑き物は魔術が使えない。

 当たり前だと割り切った俺に対して、少女は蔑むように警察官に言った。


「じゃあ、魔術が使えなきゃ人間じゃないの? 四十代以降は魔術が使えないよ? それに、若い人でも魔術が使えるかどうかはわからないよ? それなのに、あなたは魔術が使えないと人間じゃないって言い切るの?」

「そうさ! 魔術が使えてやっと人になれるんだよ! 魔術が使えない人間は生まれ損だ!」


 言い切った。言い切ってしまった。この警察官は、言ってはいけないことを言い切ってしまった。

 世界の禁句タブーとは言わない。ただ、俺に跨っている少女にとってはそうだったのかもしれない。何故なら、俺に跨っている今日初めて会ったはずの少女の笑顔が俺にもわかるようくらいに、絶賛お怒り中のものだったからだ。

 相当頭にきているのだろう。笑顔の上に青筋が目に見えてわかる。

 少女はスカートのポケットから数枚の呪符を手に取ると、一枚ずつ呪文を唱えながら投げ始めた。


「東の青龍 西の白虎 南の朱雀 北の玄武 ――囲め囲め、逃がすことを許さずに」


 これは……東洋呪術?

 青龍、白虎、朱雀、玄武。皆、有名な四神の名前だ。そして、目に見える膨大な魔力量からして、これは大呪術らしいものだとは容易に予想できた。

 止めなければ。しかし俺に何ができる?

 力の開放を無断でして、尚且つ半分の力しか開放していない俺に、一体何ができる!?

 呪符は警察官の周りを東西南北に正しく配置され、呪文通り囲んでいる。それを見計らって少女は九字を切る。


りんぴょうとうしゃ――――」

「待った待った待ったー!!」


 声を上げ、呪文の邪魔をしようとしたが、少女の目に俺は写らず、もうダメだと諦めたところで、すべてが『なかった』かのように、呪符の輝きも、呪符も、すべてが消えていた。

 残ったのは、呆然と立ち尽くす俺と、立ったまま気絶している警察官、そして何者かに途中で呪文を解除された少女だけだった。

 一体……何が起きたんだ?

 俺がわけがわからないという顔をして突っ立っていると、背後から声が聞こえた。


「久々に日本に来たら、なんだこりゃ。いつから日本は喧嘩が流行したんだ? ここは江戸か? 喧嘩は江戸の華なのか? あぁ?」


 振り返ると、そこには憎たらしいくらいの美形の顔をした少年と、少年と同い年くらいのオドオドしている少女がいた。


「お、お前たちは?」

「あ? 名前を聞く前にやることがあるだろうが」

「え? ああ、俺の名前は――」

「ああいいよ。どうせ覚えねぇし。てか、そうじゃないだろ」

「は? いやだって、名前を聞くならまず自分からって」

「だから、そんなことよりもすることがお有りでは? 事後処理、さっさとしろよ。名前なんてそのあとでどうせできる」


 言って、少年は近くの壁に寄りかかった。

 えっと、もしかして雷を抑えていた少女の連れかな? それにしては険悪な雰囲気……。本当にわけがわからない。なんたって今日に限って災難続きなんだ……。

 俺は、気絶してしまっている警察官を起こし、事情を丁寧に説明してから、俺に喧嘩を売ってきたヤンキー達を連行してもらった。なお、警察官は終始俺を睨んでいた。生涯であんなに熱い視線を受けることはないだろう。異性だったら思わず告ってしまうほどのものだった。

 こうして、事件は解決したのだが、当の俺の問題は解決しなかった。時計を見ると、時刻は十時。遅刻どころの話ではない。

 正直頭を抱えたいが、そうも言っていられないだろう。


「ふぅ。じゃあ、俺はこれで――」

「おいおい。まさか本気で部外者だったのか? 俺はてっきり、呼ばれた側だと思ってたのによ。どうなんだよ、お嬢さん?」

「……そういうあなたも呼ばれたの?」

「ん? まあ、な。自己紹介だっけか? 俺は黒崎颯斗くろさき はやと縛神島ばくしんじまの異能者だ」


 異能者。この時期になって、突如として発見された魔術師の対になる存在。五十年前の日本紛争で数を減らした種族であるらしいが、聞いたところだと事象を操れるという話だが……。


「ふーん。そっか。私は南波楓なんば かえで。魔術師だよ。そこの子は?」

「わ、私は「こいつは馬鹿だ」赤坂綾女あかさか あやめです! って、颯斗さん!!」


 自己紹介の邪魔をして怒鳴られる少年、黒崎颯斗。そして、怒鳴っている少女、赤坂綾女はどうやら仲良しみたいだ。

 というか、俺って場違いじゃね?

 そう思っていると、颯斗が声をかけてきた。


「で? お前は?」

「へ? い、いや、俺はいいだろ……」

「いいわけないだろ? ほら、えっとなんだっけ? そうそう、南波がお前に興味津々だぞ?」


 今、名前を忘れていなかったか? まあ、そんなことより興味津々って、そんなわけ……マジかよ。

 そんなわけ無いと思っていたが、南波楓は、俺にもう二度と訪れないだろうと思っていた熱い眼差しを向けて、如何にも興味がありますと言っているようだった。

 いやいやいやいや。ちょっと待てよ。俺とこの人は初めて会うんですよ? そんな馬鹿なことがあっていいわけ……。


「ねえねえ! さっきのズドーンってどうやったの!? どうして強くなったの!? 教えてよー! おーしーえーてー!!」


 そう言って、南波楓が俺の体を揺さぶる。

 何この子。マジで怖い! 何が怖いかって、この接し方が怖い!

 懐くとか、人懐っこいとかではない。これはラブラブなカップルの接し方だぞ!? なんで、初めて会った人がここまで懐いてんだよ!


「にしてもなぁ。ホント、日本はいつからこんなに治安が悪くなったんだ?」

「聞いてるんですか、颯斗さん! 颯斗さんは人の嫌がることをやめるという考えが存在しないんですか!」

「ねーねー! 教えてよー! ねーねー!!」


 ……ホント何なのこの人たち!

 俺はここに来て面倒なことに巻き込まれたのだと理解し、学校に行けないと悟ってからは制御のできないこの集団に無言で苦笑いをしていた。

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