他人行儀じゃない他人的関係

@mitaku

他人行儀じゃない他人的関係

 雨が窓に当たる音がする。 

 

 少しぐらいの雨ならば、その音に趣を感じる事が出来たかもしれないが、

(マジでうるせぇー)

 

 大量の雨、そして台風並みの風が、膨大な攻撃力を持って襲い掛かり、窓ガラスはサッシの狭い隙間を何回も往復するはめになっていた。

 

 別にその運動により窓ガラスがダイエットしたとしても別にいいのだけれども、その運動の度にガタガタと音を鳴らすのは勘弁してもらいたい。

 

 わざわざ『暴風警報、なんで出てないの!?』と叫びたくなるような雨と風の暴力的アンサンブルの中、 憂鬱な気分になりながら、補習のために日曜日と聞くだけで若干嬉しくなるような休みの日を潰してまで、わざわざ学校に登校したのだけども、残念な事に窓ガラスさんまでそのアンサンブルに参加してしまい、補習に全く身が入らなかった。


(そういえば、わざわざって繰り返すとざわざわと見分けがつかなくなるな……)            

 

 人に言ったら鼻で笑われるような、どうでもいい事を考えている間にも、窓ガラスは運動に勤しんでいた。

 

 本当にガラスが割れて物理的ダイエットしてしまうのではないかと、心配になってくる。


「帰る……」

 口から零れ出たのは、俺の決心そのものだった。

 

 直ぐに勉強用具を鞄に押し込み、席から立ち上がった。


 「う? どうしたんだ?」

 

 ペン回しの新技開発に熱を入れていたクラスメイトが聞いてきたので、短く「帰る」とだけ答えた。


「うわっ! 二限サボる気かよ」


「サボる気じゃない、サボるんだよ」


「名言っぽく言ってるけど、結局のところサボるだけじゃん! ズリィー!」


「じゃあ、お前もサボればいいじゃん」

 俺はうざかったので軽く提案してみた。


「それはなし。自分、真面目ちゃんですから」


「そうかよ」

 採択されようが否決されようが、どっちでもよかったので、


「じゃあな」

 そのまま、教室を出た。



(しかし体全体を使ってやるペン回しはペン回しなのか?)

 そんなことを考えながら、雨でスリップ率が二割増しした廊下を徒歩で移動した。

 

 徒歩以外での移動方法などできないけどな。

 

 窓から外を見ると、外の風景は雨のカーテンのせいでモザイクがかかっているようだった。 

 

 雨の向こうは18禁なのかもしれない。


 だとしたら年頃の男としては気になる。

  

 下駄箱につくと、結構の割合で水を吸って、不快感を機嫌よくふるまってくれる、有り難迷惑な靴に履き替え、安物の傘をさして外に出た。


 そこで変な物……じゃなくて、変な者を見つけてしまった。

 

 玄関前にいたので、イヤでも見付けてしまうのだけれども。

 

傘を差していてもある程度の濡れは覚悟しないといけないような暴雨と暴風ハーモニーの中、その女は傘を差さないどころか何も対策をせず、ただ立ち尽くしていた。

 

 髪の毛は多分に水を吸い込んでベッチャリと肌につき、暴風の中でも微動以上に動かなく。 

 着ているこの学校指定のブラウスやスカートは既にびしょ濡れの値をカンストして、シースルーの如くブラジャーなどの下着を顕にしていた。

 

 胸についている制服のリボンで同学年だと分かった。

 

 しかし同学年の俺の友達と言えるライン越え一割、会ったら挨拶するぐらいの奴一割、顔と名前が一致する奴二割、名前か顔を見たら何となく分かる三割、のどれにもあてはまらなかったので、あと三割の全く知らんヤツに属しているのだろう。


「あんたなにやってんだ?」

 俺は好奇心からでもなく、心配からでもなく、何となくその女に声をかけていた。

 

 例えるのなら仲がいい友達に話しかけるかのように。


 「雨に当たってんの」

 話し掛けられるまで俺に気付いていなかったようで、その女は一瞬驚いたようだが、直ぐに平静取り戻し、素っ気なく答えた。


 (ふむ、日本語が伝わっていないみたいだな)

 と考え、

「いや、それは見たらわかる。俺はwhyなぜ? それをやってんのか、その目的reasonを聞いてんの」

 

 英会話能力を総動員して質問してみた。

 

 俺の英語力の低さを露呈しただけのような気がするが、気にしない。


「なに? その乏しい英語力は」


「駅前留学してるんだがな」


「目的ねー。そんなの無いわよ」

 俺の華麗なボケ(?)をスルーして女は話を進める。 


 ちなみに駅前留学はしたことがない。

       

 てか二人しかいない会話なのにスルーするなよ……。


「ねぇの?マジで意味わかんないねぇな……。あんたが河童の血でも引いてて、雨に当たっていないといけないとかか?」


「出来ればその問には頷いてあげたいけども、本当に目的はないわ。言うなれば雨に当たることそのモノが目的よ」


 河童じゃないのか……。


「そんな言葉遊びはどうでもいいんだが。じゃあなんだ、神様のために禊ぎしてますよーとかそんな感じか」


 その場の思いつきでしか喋っていないので、実際はそんなこと微塵も思っていなかったのだけども。


 どうやら俺は何も考えず喋ると、河童やら神様やら空想話をしてしまうらしい、男子高校生だししかたがないよな。


「神様? そんなの信じてんのは変人くらいよ」

 

宗教信者が聞いたら卒倒するようなことを女は吐き捨てるように言った。


「だったら目的もなく暴雨にその身一つ晒してる、あんたはなんなんだ? それこそ変人じゃないのか?」

 

 皮肉交じりに俺が言うと、女は頭を振った。 

 

 濡れた髪がさらっとではなく、ベチャと重みをもって動いた。

「心外ね、私は変人なんかじゃないわよ」


「だったら何なんだ?」

 

 俺が聞くと、女の口元が上がったような気がした。


「それは勿論――変態よ」


「それは……逆に酷くなってないのか」


「酷くなっているって貴方どの定規で図ってんのよ」


「竹の三十センチ物差しだけど」


「懐かしいわね、よくそれでチャンバラしてへこませて真っ直ぐ線引けなくなったわ」

「へえー、チャンバラとかって男がやるもんだと思っていたな。見た目に似合わず意外にアグレッシブなんだな」


(まあ、こういう行動している時点で変なアグレッシブっぽいけどな)


「そういう発言はジェンダーだからやめておいた方がいいわよ」


「ジェンダー? なんだそれ?」


「生まれつきの男と女の性差じゃなくて、後天的な社会的・文化的性差のこと」


「えっと、つまり?」


「簡単に言うと、女だから家事をしろ、みたいな偏見のこと。あなたでいうとチャンバラとかの遊びは男の子がするもんで、女はしないみたいなこと。まあ、ジェンダーそのものに悪い意味はなくて、今言った偏見みたいなことはジェンダー問題だね」


「へえー初めて知ったよ、これからは気をつけておくよ」

 

 そういういうのが嫌なやつもいるのか。


「……ところで私は変態だけども、私の雨で透けた下着を凝視している貴方も別の意味で変態よ」


「そんな事実は(少し……ほんの少しピンク色を拝見いたしましたよ。けど凝視はしてないですよ。白状すると凝視して心のメモリーに焼き付けたい気持ちはあるよ、けどそういう気持ちなるのは仕方がねぇじゃん。思春期真っ盛りの高校生なんだし)ねぇよ! ちなみに元々物差しは長さを測るためのもので、定規が線を引くための物だったんだ」


「豆知識はいいんだけど、……貴方煩悩が漏れそうよ」

 軽蔑するようなジト目で女は俺を見た、心なしか距離が開いたような気がする。

 

 近づいていた気があるというわけではないが。



「コホン」

 

 咳払いをして、この雰囲気を散らせる。


「いらんおせっかいだが、そのままいると肺炎とかになるんじゃねえのか?」

 

 そう苦し紛れに忠告すると、意外にも女はすんなりと聞き入れた。


「それもそうね。けっこう肺炎は危ないらしいからね」


「さっさと帰ってあったかい風呂にでも入んな」 


 そのまま女は特にさよならの言葉を言うわけではなく、足早に立ち去って行った。






 あの日から幾月がたち、少し肌寒さを感じるような季節になっていた。

 

 放課後いつものように部活にいこうとしていた俺だったが、


「今日部活ないよ」

 

 友人の一言により手持ち無沙汰の暇人になってしまったので、なんとなく暇を持て余し、学校を探検していた。

 

 部活で殆どの人は教室の中にはいなく、更に残って勉強や雑談に精をだす奴らも珍しくいなく、暮れ始めた夕陽の赤い光が窓から差し込み照らす廊下を一人歩いていた。 

 

 最上階である四階のせいか、グランドで部活に勤しむ若人達の声も聞こえなく静かであった。


「こういうのも趣があってたまには良いかもな」

 

 様々な情報が繁雑する今日、荒波に呑まれ続けるだけではなく、一時心を休める事が大切だと思う。

 

 じっちゃんが昔そう言っていた気がする。

 

 しみじみと心を落ち着かせ、耳をすましていると何処からか歌う声が聴こえてきた。

 

 透き通るような、ちょっとしたことで砕けてしまう薄ガラスのような声が、穏やかで美しいメロディを歌っていた。


 (ふーん、なかなか良いBGMじゃん)

 

  手放しで上手いと言えるものではなかったが、この状況にマッチしていた。

 

 もしヘビメタとかだったらぶちギレてたと思うが。 

 

 少しの間その歌を堪能していた俺は、


(それじゃあ、このBGMの立役者さんに一言あいさつでもしておきますか)

 

 と面白全部に考え、歌に導かれるように歩を進めた。

 

 歌に耳を向けると、歌声は屋上からしていることに気づいた。


(屋上とはなかなか良いじゃないか。三割増しだよ)

 

 階段をゆっくりと上がり、屋上への扉を開いた。

 

 この季節特有の風が、俺を歓迎するかのように頬を撫でるように通り抜けていった。

 

 BGMを演出していた奴は、危険防止のために備え付けられた、俺の胸あたりまであるフェンスに座っていた。

 

 ほんの少し前のめりになったら、そのまま『I CAN FLY』してしまいそうだった。


 あれからすこしは英語の勉強をしたのだ。


「アンタ何やってんだ?」

 

 俺はこの前と同じようにその女に声をかけた。

 

 女は歌うことを止め、こちらに少しだけ顔を向けたが、すぐに顔を戻した。

 

 俺はゆっくりと、女から三人分ぐらい離れたフェンスにもたれかかった。

 

 フェンスの向こう側は、ほんの少し数センチの足場があるだけで、遥か下にグランドを見ることができた。


「自殺しようとしているの。または地球の重力さんによる他殺かな?」

 

 等と女は意味分からないことを供述しています。

 

 おそらく飛び降り自殺をしようとしているようです。

「そうなのかー」


「あまり驚いていないみたいね。自殺するわけがないとでも思っているのかしら?」

 

 女はこちらのほうを向き、不服そうに言ったように思えた。


「じゃあなんだ、盛大に驚いてやったほうがいいのか? うわ!! まじかよ!! 超驚いた!!(棒読み)」


「そういうわけじゃないわ」


「……俺も実を言うとそれなりに驚いてはいるけども、アンタのその状況がなるほどねと思ったからかな。前みたいに、その状況にいる意味が分からないわけじゃない」


「ふぅーん。そんなもんかしらね」

 

 女は視線を上にあげた。

 

 空を見ているかのように見えるが、もっと別な物を見ているかのように思えた。

 

 それが何かについて詮索する気も知りたい気もしてこなかったけども。


「――それであなたは何で、こんなところにいるの?」

 

 ふと思い出したかのように視線を俺に向け、女は聞いてきた。

「あんたの歌が聞こえてきたからなんとなくだな」


「へえーそう。私がセイレーンとかじゃなくて良かったわね」


「そんなには上手くなかったがな」


「そんなにはということは、上手かったは上手かったってこと?」

 

 意地悪を言うように女は聞いた。

 

 というより俺じゃなかったらセイレーンというのがどういった言葉なのか分かんなかっただろうな。


「否定はしねえよ、それなりに良かった」


「へえ、歌は特に自信があったというわけではないけど、なかなかにうれしいものね」


「そうか。それでさ、なんの歌を歌ってたんだ? 聞いたことがなかったんだが」


「なんかのゲームの曲だと思うけど。よくは知らないわ、どこかで聞いたんでしょ」

 

 二人の間に少しの空白が流れる。


「……あんた、なんで自殺しようとしてんだ? いじめられてでもいるのか?」

 

 深いところまで知ろうとはしない野次馬のような興味で、俺は聞いた。


 気持ちとしてはワイドショーを見ているような気分。


「なんでねえー。なんというか生きる理由がないし、それに死なない理由もないからかな」


「――俺にはその気持わからないな」

 

 俺は今まで自殺したいと考えたことがないわけではない。

 

 二、三回、軽いのも含めると十回ほど考えたことはある。

 

 だけど実行はしていない、していたらここにはいないはずだけれども。

 

 自殺を考えてしまったのは、部活で失敗したなど弱いけど一応は理由となるものだと思う。

 

 だけど、この女のような、意味不明な理由で自殺を考えたことはないし、そういう考えで自殺をしようとする奴の気持ちはわからない。


(前回の時点で理解できないとわかっていたけどな)


「ねえ、死ぬってなんだと思う?」

 

 当然女はそんなことを話し始めた。


 「よく言う天国とか地獄に行くのか、全く別の世界に行くのか、この世にとどまり続けるのか――それともただの虚無となるのか」


「知らねえし、そんなのわかるわけ無いだろ、死んだ後なんて」


「そうよね、分かりっこないわよね」


「……なにが言いたいか分からんが、死んだあとなんて考えてどうにかなるもんでもないだろ。考えるだけ無駄というかイタイだけだ」


 それこそ、宗教やらなんやらで死後どうなるかについていろいろと考えられている。だけどもそのどれが正しいのか、どれも正しくないのか誰も知らない、知ることはできない。


「それもそうね」

 

 女も本気で考えていたようではなく、ゆっくりと背伸びをした。


「今から私は自殺するけども、あなたは私に情でも湧いて、自殺を止めようとするのかしら?」


 女はまるで近くのコンビニにでも行くような気軽さで言う。


「別に。ほとんど初対面の赤の他人に情なんか湧くわけねえだろ」

 

 俺ははっきりと答えた。


 この女に対して何か親近感といった好意いだいたりそういったものは一切なかった。


「……そう残念ね」

 

 女そんなことを残念じゃなさそうな表情でいい、そのまま流れるように、前つまり遥か下にあるグランドにダイブするかのように体重を移動させた。


「おりゃ!」

 

その瞬間俺は有無を言わせずに、女の首根っこを掴み、無理やりフェンスから引き摺り下ろした。


「きゃ!」

 

 女はそのままフェンスから落ち、強かに膝などを打っていた。


「……けっこう痛いわ」

 

膝が少し赤くなっていたが、あまり気にしない方向で。


「すまんな。女の子を引き摺り下ろす経験がなくてうまくいかんかった」


「そんな経験がある方が珍しいわよ」

 

 膝についた微量の砂を払って女は立ち上がった。


「――それで、なんで私の自殺を止めたのかしら?」

 

 女は問い詰めるように、それでいて俺の答えを楽しみにしているかのような声色で言った。

 そうきたかとでも言いたけだ。


「さっきも言ったが、別にアンタに情が湧いたとかじゃねえよ。言っちまえば、赤の他人であるアンタが勝手に自殺して集会とかがおこっても、俺は多分悲しんだりしないと思う、ほんの一瞬黙とうでもして、授業がなくなってラッキーとまで思うかも知れない。不謹慎だけどな」


「だったらなんで止めたのかしら?」


「俺にも感情はあるからよ。ただ単純に目の前で死なれんのは気分が悪いだけだよ」


 落下死体ってのは気持ち悪いモノらしいからな。


 そんなの見たら、次からトマトスープが食べれなくなってしまうかもしれない。


 それは避けたい。


「それは随分と自分勝手な理由ね」


「自殺を止める理由なんて、結局自分勝手しかないだろ。もし俺の友達が自殺をしようとしたら、俺は全力でそれを止めようとするが、それだってソイツがいなくなると悲しいとかの勝手な理由だろ。ソイツの考えを無視した自分勝手な行動だ」


「極論だけど、なるほどね」

 

 女は納得するように頷いた。


「それに――」


「?」

 

 いろいろと論じてみたけど、どちらというとそれはメインではない。

 

 はっきり言っちゃえば、それっぽいことを言ってみただけで、本当の理由はただ単純に、


「お前の悟ったような態度に少しイラつくから、邪魔したくなった」

 

 からである。


「………」

 

 それを聞き、女は虚を突かれたかのように呆然とし、


「――あはははははははははは!」

 

 そして大声で愉快そうに笑い出した。

「そんなのもいいじゃない」

 

 女はすたすたと屋上の扉に向かっていった。

 

 扉の前で女はすこし立ち止まる。


「自殺はやめるわ、なんとなく死ぬ気をなくしたわ」


「別に死んで欲しいわけではないが、死ぬなら俺の関係ないところでな」


「これからは気をつけておくわ」


 そして扉の向こう側に消える瞬間、


「さよなら」

 

 と言ったように聞こえた。


「――はあ……」

 

 一人だけになった屋上で俺はゆっくりと座り、穏やかに吹く風を肌で味わった。

 

 夕日が照らす屋上で俺が今考えることは、たった一つだけである。




「明日……部活あるかな」

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