第2話 シンクロニシティと黙示録
その頃だろうか、考古学とは全く別の科学の分野で、新たに生物を数値化して計測できる実験を成功させていた。
それは皮肉にも“人と人との縁”を%で表せるというものだ。
遺伝子学の上で細胞同士の繋がりが明らかになった延長線上で、科学は正式な因果関係を持った遺伝子上の繋がりを“縁”として明確な形で表した。
シンクロニシティと呼ばれる“縁”は双子やつながりの深い人物同士にみられる同一行為の現象として見られてきたが、この研究の結果が明確化したことでシンクロニシティは遺伝子で無作為に決まった相手と人類皆が繋がれていると認識されるようになる。
運命の赤い糸、という言葉がある意味一種の先駆けになっていたのかもしれないが、古くから語られてきた、運命の赤い糸現象は無意識のうちに遺伝子同士で縁が共鳴しあっていると判明した。
このシンクロニシティ現象を数値化するにあたり、新たに使用されることになった“シンクロ値”で人類はまた一歩前に進んだのだ。
皮肉にも第9の文明とシンクロニシティの証明が重なったのは運命か偶然か。
人間とはいつの時代も短絡的な生き物故にその二つを結び付けることを好み、神の悪戯とでも言わんばかりに研究は恐ろしい速さで進んでいったのだ。
考古学では“縁深き巨兵”が人類側と正式に決定し、科学では、文明論の上で発見された革命的な発見として捉えられ、世界は瞬く間に第9の文明の終焉に近づいていく。
西暦2900年に突入したと同時に黙示録は唐突に人々を襲った。
2900年になりまだ間もない頃、地中から異変は訪れることとなる。
北米大陸の片田舎、農地ばかりが広大に広がる肥沃な土地から突如巨大な人間の腕部のような物が隆起したのだ。まるで生皮を剥いだ痩せた腕を巨大化させたような隆起物はゆっくりではあるが徐々に、確実に地中から這い上がろうとしている。
腕の大きさは人間を一人ゆうに持ち上げてしまえるほど大きく、隆起が進行し地面に掌を付けることができるようになった頃、頭頂部と共にもう片方の腕部も姿を現し始めたのである。
初めに突出した腕は右腕だった。地面に掌が付いた頃、近くに住む農夫が確認しに近寄り右腕に触れて確認したのだ。爪が剥がれ、本来なら爪があるであろう指先の部分からは濁ったどす黒い泥上の液体が絶え間なく流れた。その液体が畑に触れた瞬間、そこに植わっていた麦が枯れ朽ちた。農夫の足はもう右腕の方を向いてはいなかった。
これを受けて各国政府は武力的に右腕部、そして隆起しつつある頭部と左腕を殲滅せんとした。戦争が禁じられた時代にも関わらず、戦闘機や火器の類は湧いてくるように集まった。戦争が消えた世界に久々に戦機の嘶きが響いたが、結果は予想外にも絶望的な結論を引き出してしまったのだ。
戦闘機や戦車の砲撃を幾度となく受けようと、一番大きく隆起した右腕部は倒れることなく、球に貫かれた人間で例えるのなら腕の動脈に当たる部分からは爪の先から流れる泥と同じどす黒い液体が周囲一帯に大きく飛び散った。
少なからず武器に飛び散った黒の液体は鉄の装甲を容易く融解し、軍はやむなく撤退を余儀なくされたのである。
液体の飛沫は機器だけでなく人的な被害を出した。液体を浴びた兵士の一人が悶え苦しみながら悲痛な姿で死に絶えたからだ。
ここでシンクロ値まで話を戻そう。
掃討戦で死んだ兵士が軍の健康診断の一環で受けたシンクロ値検査が、波紋を呼ぶことになるのだ。
軍が行った検査の結果、兵士には幼い時からの友人との縁が確認され、シンクロ値は89%にも匹敵し、世界各国で測定されているシンクロ値の高度合致例の中でも高位に位置する程だった。
このシンクロ値が死んだ兵士とその友人に何の影響があるのか。
それは兵士が死んだ瞬間に現れた。
高い適合率で結ばれていた故か、友人は兵士が死んだ時間と死んだ理由を明確に当てて見せた。そして間を開けず、兵士の友人は兵士と同じように悶え苦しみ、死んだのだ。
二人が命を落とした間のラグは僅か数分数秒と言った微細な時間であり、これが動かぬ証拠となった。
シンクロ値は高ければ高いほど精密な共鳴を引き起こし、感覚を鮮明に共有した。
五感共有といっても過言ではないシンクロ値の結果は未知の脅威のおかげというには犠牲が大きすぎたが、新たな確証を得た。
だが、脅威もまた同じように進化を繰り返す。
掃討戦から数日後。これもまた唐突な出来事だった。
隆起が急激に進行したのは誰の目から見ても明白であり、徐々に微動する腕部や現れつつあった肩部が確かに生きていることを知らしめた。
犠牲者の死から一年が経った頃、考古学者は第9の文明の終焉の開始、つまり終わりの始まりを提唱すれば、また科学は大きく躍進していく。
シンクロ値の高い者が影響を受けるのなら、それはまた逆も然り。
そこに目を付けた学者たちは巨大な脅威に立ち向かう武器としてシンクロ値の高い者同士を引き合わせ、脅威と戦う訓練を開始した。もちろんシンクロ値が高いと言え、最初の掃討戦のように戦車に乗せるのではまた同じことになる。
そこで挙がった提案がシンクロ値を動力として起動する兵器を使用して脅威を討伐することだ。進み過ぎた化学は常に先回りするように日に日に進化を遂げている。
度重なるシンクロ値の研究で発見された“シンクロ値が高く適合したもの同士が同一のものに触れると微弱だが遺伝子が共鳴して発せられる固有の電磁波がある”ことを利用した兵器の開発が急ピッチで世界では進行し、ここで初めてその現象を機械と結びつけたのが日本であった。
機械工学との融合でシンクロ値をエネルギー化する“シンクロ・コア”とそのエネルギーを主動力として起動することができる人型駆動機が発明され、瞬く間に世界に流れると、まるで文明論の彫刻を順当になぞっていくかの如く、シンクロ値で繋がれた人間たちは人型駆動機と歩み始めたのだ。
北米に現れたあの腕部は最早腕だけでなく上半身がすべて露出するような姿にまで成長を遂げ、決戦の時は刻一刻と迫っていたのである。
第9の文明の黙示録はこうして幕を開けた。
アリス・シンクロニシティ 古市 纈 @HuruichiYuhata
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