アリス・シンクロニシティ
古市 纈
第1話 第9文明
人類史がこの数千年でおおよそ八つの大きな文明の終焉と共に歩んできたことが正式に証明されたのはつい百年前ほどのことだ。
そんな漠然とし、かつ無謀な御伽噺のような真実が証明されたのは歴史的にも研究的にも既に終わったと思われた秘境と謳われる小国の古代遺跡の中からだった。
文明論が提唱されたきっかけになった遺跡はこれまで数百年をかけて研究を重ねられ、文明論の証拠が発見されるその日までは民間人に有償で一般公開されるほどの観光地になり果てた、言わば“過去の遺産”だ。しかし、どうして文明論は発見されるに至ったのか。
それは唐突だった。
文明論の決定的な証拠が発見されたその日も多くの民間人が立ち入り、既に過去の歴史や誇りも失いかけた遺跡は人工的な明かりが内部に施されていた。
地下に伸びる階段を降りる仕組みになっている遺跡は、遠き昔そこに先住民が住んでいた頃は神に祈りを捧げる、現代で言う教会として利用されていたものと推測されている。発掘された当時に最奥部で発見された祭壇と燭台に似た設置物、そして壁に彫刻された先住民が信仰していた神を象徴する生物はそこを教会足らしめるには十分すぎる材料と言えた。
文明論の証拠はその最奥部で発見されることとなる。
とある観光目的でやってきていた客が、最奥部に設置された遺跡とは不似合いな人工的なバリケードを故意に踏み越えたその先、祭壇の真後ろに当たるほんの狭い隙間、それが全ての始まりになった。
祭壇の後ろに客が見つけたのは彫刻だ。
暗がりでよく見えなかった客は叱咤されることを覚悟で遺跡外に立っていたボランティアの男を呼ぶ。それが何の偶然か、その日偶然にも遺跡の案内ボランティアとして遺跡に訪れていたのが考古学界でも名を馳せる学者だったのは、今となっては一種の星の導きだと人は皆呼ぶ。
こうして発見されることとなった文明論は猛スピードで研究が進められ、考古学上の偶像的な神の信仰は徐々に現代史に絡んでいくこととなる。
彫刻に刻まれていたのは過去と未来の大きな厄災を象徴する出来事だった。
戦争、災害、疫病の流布、悪の支配者、西暦2890年が差し掛かった発見時、半ば進み過ぎた文明が彫刻の真実に辿り着くのは存外にも早すぎるスピードで訪れ、時空間技術が解明されたこの時代、未来予知とも例えられる文明論は正式に形になって提唱されることとなった。
未来を知って生きることは苦痛にもなり得ると提唱当時は世論をにぎわせた文明論だが未来の予防線にもなると活用されると、光の速さの如く世界中に広まったのだった。
そこでとある問題が発生した。
新たな考古学的証拠の発見ではなく、これは確定された未来の予知である以上、彫刻に描かれていることは本当になってしまうのだ。
時計回りに描かれる文明図は考古学者の推測で2890年には第9の文明に差し掛かっていると見られた。第8の文明は彫刻には“命滅ぼす病流布せし人間”として描かれ、実際に三百年ほど前に大都市で相次いでバイオテロが引き起こされ多くの人々が死に絶えた痛ましい歴史と合致したこととなる。
それ以前の文明も全て歴史の教科書を見ればすべて書いてあるような出来事と大きく一致し、考古学者たちは第9の文明の終焉を恐怖した。
第9の文明の予知は“神の塵芥は縁深き巨兵と戦う”であり、彫刻にはまるで恐ろしい怪物と巨大な兵士らしき人物が争う荒々しい姿が収められている。
考古学者は“神の塵芥”と“縁深き巨兵”のどちらが人類側なのかを研究したが実験は進まないまま、簡単に五十年の月日は流れていった。
ある研究者は“神の塵芥”を神に背いた人間と例え、またある研究者は“縁深き巨兵”を脅威と戦う人間と例えた。違う方向では“神の塵芥”と“縁深き巨兵”のどちらもが人間とは何の因果関係もないと示し、更に時は流れる。
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