第9話 五大魔獣と聖剣の在処
頭が割れるような金属音と危機感、そして焦燥感でユウトは目を覚ました。夢の内容は覚えていないが、前世に関しての夢を見ていたのだろう。
もう朝日が昇りきっていた。肌寒い風と乾いた空気がユウトの頬をかすめる。秋らしい天候だ。
ユウトは腹筋に思い切り力を入れて、上半身を起こした。
辺りを見渡した感じだと、ユウトが馬から落ちた地点から移動していないように思える。目の前一帯が見覚えのある光景だ。どうやらユウトは夜の間ずっと意識を失っていたらしい。
ユウト達が抜けてきた視界が悪い森、限りなく続いていそうな大草原、暇そうに足をぶらぶらとさせている白馬、目の前に胡座をかいて座っているマセーヌ。全てが確認できたところで、マセーヌが言葉を発した。
「おきましたか。クソガキ。これだから足手まといがいると困るんですよ」
寝起きからどぎつい毒を吐くな、とユウトは感心すら覚えた。
「っていっても、あんたもかなり苦戦してたみてぇだけどな。俺がいなかったらあんたが攻撃食らってたんじゃねぇの」
ユウトはいやらしいにやけ顔で言った。
マセーヌが一瞬むすっとした表情を見せたが、すぐに元に戻った。
「苦戦したのは事実です。しかし、あなたがいなければ馬はもっと速く走れる。あの魔物どもに追いつかれることもなかったはずですが」
嫌味には嫌味。このままでは埒が明かないと判断したのか、ユウトが先に折れた。
「あー、はいはいわかりましたよ。俺が足手まといってことに間違いねぇよ」
「わかったならいいんですよ、平民。……しかし、昨日のは正直異常でした」
実際のところ、夜ユウトが気を失っている間、辺りに出現した魔物はマセーヌが倒してくれたのだろうから、これ以上ユウトは悪態をつくのも気持ち悪かった。
ところで、異常とはなんのことだろう、とユウトは怪訝な顔をした。
国境より外に出ること自体が初めてなユウトには、何が正常で何が異常なのかよくわからなかった。ユウトの価値観で言わせて貰えば、ほいほいとその辺から魔物が出現すること自体異常だ。
「魔物の数です。近頃増えていると思ったのですが、昨夜の魔物の群れ。あれはどう考えても異常な量としか」
「そうなのか? 異常な量の魔物がいると何がいけないんだ?」
確かに、多くの魔物がいれば危険性は高くなる。しかし、国境からでなければいいだけの話だ。平民からしたらそう思ってしまう。なぜマセーヌはそんな話題を持ち出すのか。
ユウトの頭にはてなが浮かぶ。
「……そうか、あなたは調べによるとあの時三歳でしたね」
「あの時?」
ユウトは少しの間眉間に皺をよせていたが、はっとする。
——俺が三歳の時で、魔物っていえば……。
魔物の大襲来。それしか浮かばなかった。
ルリアム国の奥地の田舎で、平和に暮らしていたユウトの家族は魔物達によって殺された。そのことを思い出すだけで、とてつもなく屈辱的な気分にユウトはなる。
あんな知能しかもたない魔物に、と。
「そうです、魔物の大襲来。なぜあれが起きたのかわかりますか?」
「なぜって……。いきなり魔物が大量発生したんじゃねぇのか」
マセーヌは黙って首を横に振った。
「五大魔獣の一人、サーベラスが復活し、その影響で魔物が大量に発生したのです」
五大魔獣、サーベラス。この世界の人間なら、一度は聞いたことがあるフレーズだった。
魔王に忠実に仕え、魔物の統制を整える魔物。それが五大魔獣だ。神話に出てくる彼らは、人間の姿と魔獣の姿どちらにもなれるという。
そんな信じがたい生き物が、本当にいるというのか。
「サーベラスって、神話に出てくる犬の魔獣じゃねぇのかよ。そんなのが本当に出現したってのか?」
ユウトは半信半疑でそう問うた。まさか、千年前に封印されたという魔獣が実在するなど信じられなかった。
マセーヌは笑うこともなく、真剣な目つきで答えた。
「ええ。実際に戦って、生きて帰ってきた人間がいるんです。嘘だとは誰も思いません。しかし、この様子だとまたサーベラスが復活した可能性がありますね。」
「そうなのか。サーベラスが復活したって……。魔物の大襲来の時に倒したんじゃねぇのかよ!? じゃなきゃ騒ぎは収まらないだろ」
マセーヌは呆れ顔で額に手を当てながら、本当に何も知らないんですね、と言った。
大襲来の話など、ユウトは真面目に聞いたことがなかった。きっとラインならこの話もわかったことだろう。孤児院でその話は何度も聞かされたのだから。
きっと、姫や騎士のことも孤児院で聞かされたことがあったはずだ。しかし、ユウトは興味がなかったのでまともに聞いていなかったのだ。
あの退屈な孤児院の話を聞いておけばよかったと後悔しそうになることが、最近のユウトは多かった。知らないこと以上に勿体無いことはない。
「サーベラスを殺したからあれが終わったわけじゃないんですよ。封印したのですよ」
「封印……?」
「そうです。大魔導士と呼ばれた近年最強の魔法使いマターがそれを成し遂げ、平穏な日々を取り戻したのです。だが、人間の魔力ではやはり限界があったようです。封印はサーベラスとその他の五大魔獣、さらには魔王に及んでも、緩んできている可能性があります」
限りなく魔法を極めた人間が封印して、十三年。その魔法は既に解けてしまった可能性がある。では、それ以前はどうやって千年間も封印を継続することができたのだろうか。ユウトは疑問に思った。
「じゃあその前はどうやって千年間も持続させてたんだよ? ていうか、このままだとまた魔物の大襲来が起きるってのか?」
ユウトは焦ったようにまくし立てた。
封印が解け、五大魔獣の一人である魔犬のサーベラスが復活したというのが本当なら、十三年前に勃発した魔物の大襲来が再び起こることになる。
ユウトの両親を殺し、世界中を苦しめた魔物の大襲来は、大魔導士マターによって半年ほどで終幕を迎えたが、再びそれが起きようとしているのだ。ユウトが焦るのも頷ける。
「魔物の大襲来に近いものは起きそうですね。いや五大魔獣と魔王が復活する可能性があるのです。それ異常のものが起こるかと。しかし彼らもバカではない。今回は人間側の様子を伺ってくるはずです。そして、封印がなぜ千年もの間続いていたか、という質問ですが」
ユウトは唾を飲んだ。十三年前の惨劇以上にえげつないことになるのかと思うと、悪寒すらしそうだった。しかし、ユウトがマセーヌに問いかけた、封印持続に関しての質問の答えさえわかれば、また千年間魔王や五大魔獣を封印することができる。
「聖剣の力です。勇者のみ触れることを許された最強の剣の力で、千年もの間奴らは封印されていた」
マセーヌの答えは、ユウトの期待を裏切り、少しばかりの絶望を突きつけた。
聖剣という名称や存在は、勇者と魔王を語るには欠かせないものなので誰もが知っていることだろう。しかし、それが実在するなどという話はユウトは聞いたことがなかった。あまりにも信ぴょう性に欠ける話だ。
「聖剣……って。そんなもの実在すんのかよ? 十三年前の時に聖剣の力とやらを使えてねぇってことは、やっぱ神話の中の武器でしかないんじゃねぇのか?」
ユウトの言う通りだと言わざるをえない。
もし仮に本当にその力があるのならば、十三年前の魔物の大襲来の時に発揮されていたはずだ。にもかかわらず、最終的には人間の魔力で事を終わらせているということは、やはり神話の中の存在でしかないのだろうか。
焦りが垣間見えるユウトとは対照的に、マセーヌは冷静沈着であった。
表情を変える事なく淡々と語り始めた。
「実在しない、とまでは言い切れないみたいですね。私自身、この目で確認したわけではないのですが小さな村にその剣はあると聞いたことがあります。人の言葉を理解し、会話をする剣があると。触れようとしても、勇者以外を拒絶する剣があると。しかし、どの村にあって、それがどういう剣なのかどうかすら私は知りませんがね」
剣が喋る、なんて馬鹿馬鹿しい話があっていいものか、とユウトは呆れた気分になった。
その剣の在処をマセーヌも知らないようだし、ユウトはどうしたってその話が現実の話とは思えなかった。
——やっぱデタラメだよなぁ、聖剣なんて。どこの村にあるのかもわからねぇって……。
「聖剣の力が使えねぇんじゃ、今回もそのマターさんに頼むしかねぇな」
多少の危機感を胸に携えながら、ユウトは戯けた。
ユウトが予想していた反応とは違って、マセーヌは神妙な顔をした。なにか言いたげな感じだ。
どうしたのだろう、とユウトは思ったがすぐに口を切った。
「マターは前回の封印に命を注ぎこみました。もうこの世にはいません。あれほどの魔法使いも今のこの世界にはいないでしょう」
「な……」
ユウトはいきなり絶望の底に落とされた気分になった。
近年最強の魔法使いがもう死んでいて、あまつさえそれに匹敵する魔法の使い手が存在しない。それならば、如何にして魔王側の人間と戦うと言うのだろうか。
サーベラスだけでなく、他の五大魔獣、さらには魔王が復活するのも時間の問題だ。そんなときに最重要戦力がいないとなれば、その辺の平民すらも、うかうかしていられない。
「魔王軍はそろそろ復活するんだろ? こんな時に聖剣もなければ大魔導士もいないんじゃどーすんだよ!?」
「なぜあなたがそんなに焦っているんです?」
「俺はあいつらに親殺されてんだよ! また奴らのせいで親しい人間殺されてたまるかってんだ!!」
ユウトは間髪入れずにマセーヌの問いに答え、拳を地面に叩きけた。抑えられない怒りを込めて。
「まああなたの事など知った事ではありませんが。……そうですね、勇者が現れるのを待つ事しか」
マセーヌは考える事を止めたようだった。
勇者が現れるのを待つ、といってもそれが何千年後の話になるかわかったものではない。しかし、かといって現状を変える事ができる手段もない。
ユウトは途方にくれそうな気分になった。
「そうかよ……」
ユウトは消え入りそうな調子で言った。
「ええ。それに、私は騎士の仕事を全うしなければならないのでね」
魔王軍の事はどうでもいい、誰かやっといてくれ、というマセーヌの気持ちがユウトにひしひしと伝わっていた。
ユウトも、魔王軍を自分で倒せるだなんてことは微塵も思っていないが、それでもなにか協力したいとは思っている。しかし、マセーヌにはそれが一切ないように見える。
マセーヌという人物はもとより名声や体裁を一番とするので、ユウトからしてみても今の発言に何の違和感もなかった。ああ、やはりか、と思ったくらいだ。
「とりあえず、今は魔王軍の話をしている場合ではありません。この区域でまた夜を過ごすのはかなり骨が折れますからね。早く王都へ行きますよ」
足手まといが。とでも言いたげな視線でマセーヌはユウトの事を睨みつけた。
ユウトは、マセーヌの視線が少し癪に障ったが、放っておく事にした。
「そうだな。さっさと人質になってやるか」
「人聞きの悪い言い方はよしてもらいたい。これも国を営む上で必要な事なのですよ」
「ものはいいようだな。あんたの過失のせいじゃねぇか、元をたどってみれば」
ユウトは、それ以上喋ると命を奪うぞ、と言われた気がした。マセーヌが残虐かつ冷酷な目付きでユウトの両眼を見つめているのだ。
必死な様子で悪かった悪かった、とユウトが言うと、マセーヌは殺意さえ覚えるような瞳をほかへ向けた。
——ったくよ、このクソ騎士は。俺がこいつに勝てないの知ってて脅しみたいな真似しやがってよぉ。
こんなせこい騎士に、どうやっても勝てないのがユウトは悔しかった。これが身分の差なのか、と考え始めると世間は身も蓋もないな、とも思ってしまう。
ユウトはため息が出そうになった。貴族に生まれていたら少しはマセーヌ相手に健闘できたはずなのに、と。
目の前の憎たらしい男の顔をもう一度拝んで、来たる打倒の日の糧にしようと、ユウトはマセーヌの顔を見た。
ユウトはなにやら驚きのような、焦りのようなものをマセーヌの表情から感じた。目を見開いて、冷や汗でもかいていそうだ。その視線はユウトの首元に向かっている。
「なんでそんなに驚いてんだ?」
「なんだ、それは……?」
マセーヌの声色もいつもと違うようだった。堅苦しく、余裕がない。
驚きの表情を依然としてとどめているマセーヌが指差しているのは、視線と同じく、ユウトの首元だ。そこになにがあるというのか。首元なので、自分で確認する事ができない。
「それ、ってなんだよ一体。そもそも俺からじゃ首元見えねぇんだけど」
ユウトがそう言うと、マセーヌは黙って空間に鏡を出現させた。手鏡くらいの大きさだ。この男は相変わらず魔法を当たり前のように繰り出す。
空中に突如現れた鏡は、ユウトの上半身を写した。
「なん……だこれ……?」
鏡をみると、ユウトは一瞬にしてマセーヌの表情と声色のわけが理解できてしまった。
ユウトもまた、マセーヌと同じように目を丸くした。
首元の中央部に、さきほどまでは無かった模様が刻まれているのだ。国境を出るときに渡された、国旗型のネックレスが被っていて少し見辛いが、確かにそこには炎のような黒い模様がある。
模様は紫色のゆらゆらとした光に包まれている。全体的になんとも禍々しいので、ユウトもマセーヌも鳥肌が止まらなかった。
「その模様の事も気になりますが、早く行きましょう」
「……ああ」
マセーヌの態度が打って変わって毅然とするので、ユウトは少し戸惑ってしまった。
この模様は一体なんなのか、ユウト自身が一番気になっているが、早く都に着く事が最優先なので、マセーヌに黙って従う事にした。ここで騒ぎ立てても仕方あるまい。
二人とも、暇そうにしていた白馬に乱暴にまたがり、再び歩みを進め始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます