第7話 いざ都へ
王宮は、いくつもの国を侵略し、我がものとしたルリアム帝国時代の名残で、国の外の小さな地域に存在する。
都の周りにはルリアム国の領土がある程度存在しているが、都を置くにはあまりにも他国の干渉を許しやすい位置取りと言える。かつてはそこから先の隣接する国々もルリアム帝国という巨大な国の一部であったが、独立戦争以降、今では馬車で二日もかからないうちに、他国へ辿り着いてしまう。逆に言えばルリアムの都はそれほど他国から近い位置に隣接しているのだ。ちなみに、その一番近い他国とはアーバニアのことである。
この、隣国と近すぎる都の位置から離れた場所への移動計画が話に出てきているが、未だ実現されていない。帝国時代の狂信者達が、過激にそれを拒んでいるのが大きな要因だろう。都はアーバニアに食い込む形で存在しているので、それを移動してしまえば帝国の権威が衰退したことを示してしまう、という考えらしい。都を移動しなくたって、すでに権威などないに等しいのだが。
アーバニアと都は隣接しているので、早急に移動するべきだと主張する人が近々多くなってきている。しかし、それは裏の情報網から軍事の情報を得ている層だけであって、一般人はアーバニアとの関係についてすら知らない。情報を持つ者の言う通り、早めに実行に移さなければ、戦闘状態になったときに大きな障害となるに違いない。
本来魔物が生息する地域以外の場所は、それぞれ絶対にどこかの国が所有する領土となっていた。それをルリアムは侵略し、奪い、自国のものとした。多くの地域を支配下としたルリアム帝国は百年と少しほどで崩壊し、その地域はまたそれぞれの国に戻った。しかし、そのはずが都周辺だけは元々他国の領土であった場所を使用している。これのせいで国際問題に発展しそうになっているのは周知の事実だ。加えて、アーバニアとの関係においてもそれが原因の一つでもあった。
「なんでルリアムって国は都が外国にあんだよ……」
眩い太陽の下、ユウトは馬車に揺られていた。都に向かっているのだ。一定間隔で車体が揺れて、なんだか眠くなってくる。
少し高い位置から見下ろす街並みは新鮮で、違う景色のように見えた。
馬は竜と違って重いものを運ぶのに向いていないが、その代わりに移動速度が段違いに速い。ユウトが今乗っている馬車を引いてる馬の種類は、馬の中でも突出して足の速い、三尾馬というものだ。三本の尾を優雅に揺らしながら街を駆け抜けていく姿は、見た人の目を釘付けにする。運送業者だけでなく、基本的に貴族がプライベートで使っている移動手段も、この三尾馬という種類の馬である。
馬車には屋根が付いているからか、外よりいくらか涼しく、今日の天候にはもってこいの空間である。ついさっき作業をしていたときは、まるで夏が戻ってきたかのように暑かったのに、馬車の中はかなり快適な空間になっていた。
馬車に乗るのが初めてというわけではないがユウトは新鮮な気分になっていた。最後に乗った時の記憶はかなり曖昧だから、ほとんど初めて乗るような感覚なのだ。
確かユウトが初めて馬車というものに乗ったのは魔物の大襲来の時だったはずだ。ということは三歳くらいの記憶なはずだが、鮮明には覚えていない。
「あんた、都目指してるって言ったっけ?」
馬車の運転手が気さくにユウトに話しかけた。
見た目からして明らかにただの庶民である少年が都に行くなど、普通に生活を送っていればありえないことだから気になったのだろう。
都に居住している人達も、物を売買しに訪れる人々も、誰もかれもが貴族と金持ちだ。そんな空間に小汚い庶民の少年が何の用があるか気になるのは当然だ。
「そーだ。ちょっと王宮に用があってな」
「王宮にか。できることなら都まで馬車で送ってやりてぇけど、魔物がいたんじゃ厳しいな」
王宮という言葉に運転手は興味を示していたようだが、あまり深入りする気はなかったのか、特に何も突っ込んで話をしようとはしなかった。
「まあそうだろうなぁ。俺が魔法でも使えれば別だったのかもな」
「魔法や剣を使えたとしてもあの区域に馬車を走らせるほど俺は肝が座っちゃいねぇな」
この手の業者は人を乗せて国内に馬車を走らせるのが仕事だ。国外への者や人の運送を行っているのは、商人竜と呼ばれる竜が引く巨大な荷車か、裏業者の馬車くらいなものだ。どちらも危険を防ぐため護衛人がついている。
護衛人がついていないこの馬車を国外に走らせるのは非常に危険な行動と言える。
いくらユウトがいる街から都が近いと言っても、歩いて行けば国境を出てから都に着くまで三日はかかることだろう。その間魔物出現区域で寝泊まりをすると考えるだけでゾッとする。
というか……、と運転手は言葉を続いて紡いだ。
「あんた、魔法とか剣技とかなんもつかえないのかい?」
運転手はなんとも言えない神妙な声でそう問うた。ユウトの発言が引っかかったのだ。剣も魔法も使えないのにあの区域に足を踏み入れるなど、自殺行為にもほどがある。
「ああ。俺が使えるのはこのスコップだけさ」
ユウトがそう答えると、運転手は黙ってしまった。かける言葉が見つからなかったと言った方が自然だろうか。死ぬ前の人間にかける言葉が見つからないような感覚に陥ったのだろう。実際ユウトの状況は死の一歩手前と似たようなものだが。
三尾馬がひひんと声をあげながら足を止めた。目的地であるルリアム国の国境に到着したようだ。国境と言っても事実上都まではルリアム国の領土なのだが。
国境は少し高めの壁に囲まれていて、入り口が制限されている。それぞれの入り口には国家軍人が佇んでいる。不法入国者や魔物の侵入を防いでいるのだろう。
「8000キーテだ。気をつけて行けよ、にいちゃん」
運転手は慈悲か哀れみか、しんみりとした表情をしていた。
「ありがとよ」
ユウトは微笑を浮かべながら紙幣を手渡し、飛ぶように馬車から地面に降り立った。
交通費は、イフンがくれた費用で支払った。出発する直前に自分に負い目を感じてか、そのくらいは出させてくれ、と言って渡してきたものだ。ユウトは断ったがイフンが頑なに渡してくるので、結局ありがたく受け取ってしまった。
イフンから受け取ったのは10000キーテだったので、今の支払いを終えて2000キーテ余る形になった。
——俺はあそこに人質になりに行くんだよなぁ。出発前にイフンにその話を聞いてなかったら心の準備って奴ができなかったな。
出発前にユウトはイフンから自分が人質になるということを告げられた。
ユウトがそうなってしまったのは、イフンがブリアに話を漏らしてしまったからに違いない。話とは、マセーヌとのやりとりのことだ。それで彼は負い目を感じているのだ。
「さてと、マセーヌをブチ殺しにいくかなー!!」
ユウトは全身で伸びをしながら、いつにも増して大きな声で独り言を放った。そんなユウトにはいつにも増して奇異の視線が投げられていた。
スコップを担ぐ手を改めて強く握り、短く息を吐き、ユウトは歩き出した。
「都に行きたい」
ユウトは、国境の出入り口に立っている兵士に向かって言った。
鎧に身を纏った兵士は、頭にかぶった兜の隙間からちらりとユウトのことを見た。
「これを持っていけ。首につけて戻ってこい」
兵士はぶっきらぼうにそういいながら、ネックレスのようなものをユウトに渡した。
銀色の、中心部が国旗の形になっている首飾りだ。これがルリアム国の人間ということを示す道具なのだろう。
ユウトはそれを首に付け、作業着の袖を捲り、国の外へと足を踏み出した。
分厚い塀を抜けると、大草原と、遠くに見える森林がユウトを出迎えた。建物が全く存在せず、道も除草がなされていない。こんな光景、今までユウトは見たことがなかった。
建物が無いせいか、空が、太陽がよく見える。
どんなに遠くを見ても目に映るのは緑だ。どのくらい歩けば都にたどり着くのか想像もつかないくらいだ。
視界に目的地がないのは中々心が折れそうになるが、街の中にいるよりも風が気持ちよくて、空気も澄んでいるのでユウトは少し気分が良かった。
「思ったよりも果てしなさそーだなーー」
ここぞとばかりに大声でユウトは言う。声の響き方が街にいる時とは違うので、ユウトはなんとなく新鮮な気持ちになった。
都を目指して無心で歩みを進め続けているうちに、日が沈みはじめていた。
草木の緑と夕日の橙がいい塩梅の色合いを生み出している。相変わらず視界目一杯全てが自然で、まったく街や建物は見当たらない。
ルリアムの国境を抜けてからひたすらまっすぐ歩けば都にたどり着くとイフンに言われたが、ここまで何も見えないと不安になってくるな、とユウトは思っていた。
魔物は夜行性であるということをユウトはよく知っていたので、夜が近づくにつれて段々緊張感が増してきていた。神話でも魔物の大襲来の話を聞いても、魔物は夜を好んでいるから、それは間違いない。
ユウトはなんとなく何かの気配を感じたので、来た道をふと振り返った。すると、沈みはじめた日の光に照らされて、あまりはっきりとは見えないが、何かがユウトの方へ向かってきているのが見えた。
「ん……?」
後ろから迫ってくる白い物体にユウトは完全に目を奪われていた。少しずつ近くなってくるそれに興味津々だ。
「人間か?」
近づいてくるのは、馬に乗った人間だとわかった。白い馬に乗った白い衣装の人間。
見覚えのある緑髪の男が白馬から降りた。
——なんだよ、こいつかよ。めんどくさいことになりそうだな。
騎士マセーヌだ。なぜこんなところにいるのか、ユウトには理解できなかった。
「歩きで、しかもスコップを持ってこの地域を抜けようと? やはり狂っているようですね、庶民」
マセーヌは一発目から憎まれ口を叩く。
「あんたがこうなるように仕向けたんだろ。白々しいったらありゃしねぇ。てか、なにしてんだ?」
むすっとした顔でユウトは言い返した。
最高級な種族である白い三尾馬を撫でながら、マセーヌは言った。
「否定はしませんね。まあ貴方に死なれては困るので、助けにきました」
「人質にしといてよく言うな、クソ騎士」
自分を人質にしている張本人が助けに来たなどというものなので、ユウトは腹が立った。偽善者にすら及んでいない。
「口のきき方には気をつけたほうがいいですよ、クソガキ」
苛立ちを思わせる口ぶりでマセーヌが言った。
ユウトの強気な口調がマセーヌの鼻についたようだ。
「どうせお前はお前を殺せねぇんだろ。やーいクソ騎士ー」
ユウトは小馬鹿にしたように言った。
今の発言が相当癪に障ったのかマセーヌは無言のまま剣を抜き、ユウトの顔に突きつけた。鋭い眼光でユウトを見つめている。
「痛い目に合わせることはできますけどね」
「…………」
マセーヌの殺気に思わずユウトはひるんでしまった。冷や汗が滲み出る。
——コイツ、本当に何考えてんのかわかんねぇな……。
ユウトが両腕を上にあげると、マセーヌは剣を収めた。なんとも華麗な動きだ。やはり腕利きの騎士であるのだと実感させられる。
「本気になるなよ、みっともねぇ。シャレも通じねぇんじゃ女にもてねぇぞ」
ユウトは苦し紛れに戯けてみせた。
「薄汚いガキと戯れる趣味はないのでね。せいぜいシャレを言い合える身分にのし上がってくることですね」
マセーヌは憎まれ口を叩きながらにやりと口角をあげた。
相変わらず意地の悪い顔をしている、とユウトは思った。
「俺はてめぇを押しのけて、ルチア姫の騎士になる男だからな」
マセーヌは小さく吐息を吐いた。呆れているような素振りで。
「何を言い出すかと思えばまた戯言ですか。私は特にルチア様に固執してませんので、どうぞ勝手に騎士にでもなってください。実力が及ぶのならば」
「腹立つ言い方だな、クソやろう。ていうか、結構常に一緒にいんのに、情とかわかねぇのかお前は」
マセーヌはふっと軽蔑したように笑った。なにを言っているんですか、とでもいいそうな感じだ。
「そんなものに興味はありませんね。私の野望を叶えるために、そんなものは切り捨てていかなければならないのでね」
発言を聞く限り、やはり冷酷な人物であることに間違いなさそうだ。
そして、マセーヌの野望とは一体何のことなのだろうか。ユウトにはまったく想像がつかなかった。
「野望とかよくわからんけど、お前はいつか俺がボコボコにするから覚えてろ」
「楽しみです。餓死だけは避けて頑張ってくださいクソ庶民」
マセーヌはここぞとばかりに嘲笑を浮かべた。
ユウトはしかめっ面でマセーヌを睨んだ。
庶民を馬鹿にするその態度が、毎回ユウトの癪に触る。しかし、それを表現したところで返り討ちにされるのが関の山なので、ユウトは黙っておくことにした。
段々と空にじわりと黒が滲んできていた。そろそろ魔物たちの活動時間だ。
マセーヌもユウトもいつ魔物が出てきてもいいように、心の準備をしていた。
「さてと、そろそろ暗くなり始めてきたので乗ってください」
そういいながらマセーヌは白い三尾馬を指差す。
三尾馬は足を地面に打ち付けて落ち着かない様子だ。
「この馬に? 二人乗りもできんのか」
マセーヌが無言で頷いた。
ユウトは馬に乗ったことなどなかったので、ぎこちない動きで白馬の背中にまたがった。
ユウトの後にマセーヌは颯爽と白馬の前方にまたがった。
——うわ、意外と安定しないんだな馬の上って。ちょっと怖えかも。
ユウトは、自分を人質に取っている人物と二人で馬に乗るなどという、常識的に考えれば妙な状況に置かれた。しかし、それよりも魔物に襲われることを考えていたのであまり気にならなかった。
「では、この馬の体力が持つ限り前進します」
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