一週間

 事件から一週間が経った。世間はハロウィン死神騒動をすっかりわすれ去り、平和を取りもどしていた。一部のネットではいまだに死神はだれだったのかという犯人を捜しをおこなっていたりしたようだが、イリヤたちのもとになにか障害がおよんでいたりはしなかった。

 イリヤたちは街が平和を取りもどしても、ミラージュへの警戒と、魔法の練習をおろそかにすることはなかった。

 奈良崎大地のおかげで、市民体育館を借りることができるようになり、放課後はそこで魔法の練習をした。

 カンナと組手でする魔法練習は、基本的なものばかりだが、カンナの魔力が強力ゆえ(カンナが全力でイリヤをボコろうとしてきていたことも理由に述べられた)、イリヤの基本能力はつねに向上していった。

 基本的な自己強化と第一魔法の強化を果たし、カンナのちょっとした評価をいただいた。

「中の下ってところかしらね」と。イリヤは「もうちょっと高くてもいいんじゃないかなあ……」と思った。時々、カンナより速く攻撃できていたような気がするのである。まあ中の下でもいいけど。

 ある日、三人で街へ出かけた。それはカンナの提案だった。ミラージュのことをわすれていたわけではないけれど、それでもすこしは気晴らしに行きましょうよ、とカンナは言ったのだった。

 イリヤはそのころ、ある計画を立てていた。それゆえ、いまはなにをしていても良かったから、カンナの提案に乗った。

 おそらく、シャルナはとうのむかしにそのことに気がついていたのだろうけれどなにも言わずにふたりについてきた。

 その、とある計画とは、奈良崎大地にたのんだとある相談のことだった。

 その、とある相談とは、イリヤがふたたび奈良崎大地の病室をおとずれたときにおこなった。

 イリヤは、ハロウィン事件の日の夜に見せてもらった母親の写真にうつりこんでいたとある子どもに注目していたのだ。

 その子どもが、もしかしたら自分のいもうとかもしれない、とイリヤは彼に話した。

「ありえない」

 と奈良崎大地は即、否定した。

「感覚が、そういっているんですけど……」

 その記念写真の中央あたりにうつっている車イスのちいさな子どもが、どうしてもわすれられなかった。それを一晩、考えていたら、もしかしたら兄妹ではないのかと思いはじめたのだ。

「まさか、おまえの戸籍までもがウソだというのか?」

 あたりまえだが、奈良崎大地はそんな話まったく信じていなかった。でも、イリヤはそれが真実だと思っていた。だからそれを否定されるのはすこし不愉快だった。

「だが、しかし。たしかにおまえが動けば、ミラージュもなにか動きを見せる可能性はある。現状、やつがなにをたくらんでいるのかはわからないからな」

「いいえ、ぼくは仙台を離れるのが心配です……」

 奈良崎大地は怪訝な顔をした。

「もしかしたら、ぼくがいなくなることでなにか仕掛けてくる可能性もあります」

「安心しろ、おれたちがいる」

「わかっています。信頼もしています。しかし、果たしてこの決断がいいものなのかどうか……」

「行ってたしかめてくればいい、パスポートはこっちで手配する。それに、もしも暁のリーダーが貴様のいもうとだとすれば、なにか得るものはあるはずだ。できることなら、おまえにさくらあたりを同行させたいが……」

「あ、あの。行くときは、テレポートで行くので。ほかの人がいっしょだと、危険かもしれないです」

「ああ、そうか」

 奈良崎大地はおかしそうにすこし笑った。

「おれもその第一魔法で世界旅行をしてみたいものだ」

 イリヤはほほえみかえした。

「けれど、もしかするとシャルナだけは平気かもしれません」

 奈良崎大地は目つきを若干、するどく変えた。

「彼女は少々、変わった魔法使いです。まさに厳選されて、ぼくのもとに送られてきたかのように思います……」

「【夕闇の鐘】、か。おれもの知らない組織だ。それなのに、その組織は妙にイリヤに詳しいな。なぜだろうか」

「わかりません」

「シャルナだけではないだろう。あのカンナだってかなり特殊な分類の魔法使いだぞ。そのふたりが揃っていて、その上、貴様がそばにいる。これは単なる偶然なんかではない。仕組まれたなにかだ。だが、おれたちにはなにもわからない。いまは、な」

「はい」

「暁の事件が明るみに出はじめたころとよく似ているんだ」

「そうなんですか」

「ああ。もしも暁を壊滅したのが貴様なら、貴様はいまもなお、なにかによって動かされているだけかもしれないと考えるべきだ。その先に待っているものがなんなのかは当然、わからないことだが。警戒だけはしておくんだぞ、イリヤ」

「わかりました」

「いつニューヨークへたつ?」

「できるだけ早く」

「わかった、おれにまかせろ」

「ありがとうございます」


「あんたがいつもウジウジウジウジしてるからミラージュに出し抜かれるのよ、もっと堂々としてればいいのよ」

「そんなことないと思うけど……。それにミラージュはきっとなにかをたくらんでいるんだよ。だから時間がかかってるんだと思うけど」

「ちがうわよ、あんたがウジウジやってるからいまだに発見できないってだけよ」

「なんだかだんだん推測もクソもなくなってきてるような気がする……」

「イリヤは平気」

「平気じゃないわよ、だって強くなってもいざというときにそのちからを発揮できないんじゃあまったく意味がないじゃない。いまのままだと本気でヤバイかもしれないわよ?」

「イリヤがウジウジしはじめた原因は、わたしたちにある」

「なんでよ?」

「ハーレム計画で、さらにウジウジ化した」

「そ、それはべつにあたしたちのせいじゃないじゃない……! 夕闇の鐘がそんな指令、出しただけよ……!」

「わたしたちが放棄すれば良かった話。でも、ハーレム計画は放棄しなかった」

「報酬出るもの、あたりまえよ」

 報酬が出るからハーレム計画に賛同しているのか。なんだかあやしい歓楽街とおなじ匂いがしなくもないな、とイリヤは表情を引きつらせた。

「そもそも、夕闇の鐘は組織をおおきくする気があんのかしら。所属メンバーたった五人だったわよね、たしか?」

「え、そんなにすくないの?」

「そうよ。その上、あたしたち以外、ほとんど使えないゴミばっかりなんだから」

「そうなんだ……」

「それは、カンナが強すぎるだけ」

(だったら、納得だね……)

「ま、それはあるかもだけど」

(自分で、それ言っちゃうんだあ……)

「最近は、イリヤに抜かれそうであせってる」

「な、なに言ってんのよ、シャルナ!? あたしがこんなやつに負けるわけないじゃない……!!」

 というわけでイリヤたちは行きつけとなったパスタ店へ入った。「いらっしゃいませ」ウェイトレスが声をかけてくる。「いつもの三つ、ちょうだい」カンナがミートボールパスタをたのむ。席につき、料理を待つ。約十分後にやってきたパスタを、三人で「いただきまーす!」と手をあわせて食べはじめる。

「ミラージュのねらいは、なんなのかしら」

「一週間、ずっと探ってるけど、なにもわからない」

「シャルナがわからないのに、あたしたちにわかるはずはないのよねえ……」

「イリヤを殺そうとしていることは、たしか」

「そこよね」

「疑問?」

「ええ、あるわ。もしも、イリヤがねらわれているとしたら、もとイリヤの仲間とかが助けに来るものじゃないかしら? でも、来ないのよ。家族すらも、連絡が取られない。これって、おかしいわよね、ぜったい」

「たしかに、おかしい」

「嫌われてんのかしら、こいつ」

「なんだか、知らない相手に嫌われてるかもしれないって考えるのは辛いね……。いまの学校とおなじ環境だから……」

「ウジウジしてるから嫌われるのよ」

「ウジウジしてたかもだけど、嫌われたのは霊感のせいだよ!」

「ま、どうでもいいわ、あんたの学校事情なんて」

「ああ、そうだろうね、カンナには関係ないしさ……!」

 そのとき、窓の外にシャルナが視線を向けた。まるでなにかに過敏に反応したかのように。

「ん」

「なに?」

 カンナは警戒した。イリヤもおなじだ。

「見てる」

 イリヤは窓の外を覗いた。カンナもいっしょに。そこには、青葉学園の制服とコートを着た、ひとりの女子学生が立っていた。三人が覗くと、その女子学生は去っていった。

「だれなの?」

「わからない」

「魔法使い?」

「警戒しすぎじゃない?」

「あんた、馬鹿? ミラージュにそんな第一魔法はないってシャルナは言ってるけど、あいつはあの吉良光太郎の殺人行為を助長した人物なのよ。だから、いまはだれが敵になるのか、わからない状況ってことよ……!」

 三人のあいだに戦慄が走った。

 そして、そのカンナの警戒は、正解だったのだ。

 翌日、イリヤはその女子学生・佐々木サラサと出会った。

 カンナの言う通り、彼女はミラージュによって、なにかを助長された魔法使いだったのである。

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