その男
イリヤにシャルナを預け、カンナはひとりで消えた。イリヤとシャルナは戦闘面で役不足なのよ、と言っていたので、どうやらイリヤたちは使えない人間として認識されていたようである。
「別行動で平気」
「平気って言っても、三人で解決したいとかなんとか言ってたよね、あの人……?」
「わすれた」
「わすれたのかあ……」
「やっとふたりになれた」
「あ、そうだね」
「カンナがいるときには、話せなかった」
イリヤはそこで言葉をとめた。仙台駅前は昼間からハロウィンで盛りあがっていた。仮装した若者たちが踊りながら街を歩いている。そんななか、シャルナの青い瞳が、そっとイリヤを捉えてきている。イリヤはシャルナがなにかを言いたいのだろうと思い、
「なにか、ありそうだね」
シャルナは言った。「カンナは、イリヤに出会っている」
「それはもしかして、いま出会うまえに、すでに出会っているという意味……?」
「そう」
「記憶をうしなうまえに、出会っていたんだ。わすれちゃったのかな、それとも気づかなかったのかな」
イリヤはまだ、そのころは軽い話だとばかり思っていた。
「ちがう」
「え」
「ふたりは、春休みに出会った。それから、カンナはずっとイリヤに会いたがっていた。夕闇の鐘の指令もあったからだけど、そうじゃない理由も、そこにはあった」
「ぼくには、わからないことがおおいな。もうちょっと詳しく説明してくれないとわからないかも」
「駅に入る」
シャルナが寒そうにそう言って駅に入っていった。それについていく。
仙台駅内も、賑わっている。カボチャの飾りつけがあちらこちらに見られた。ただし、死神の飾りや仮装はいっさい見られない。みんな自粛していた。
「これはおおきな陰謀」
「陰謀?」
イリヤはおどろいた。
「母親は?」
「いるよ。そういえばシャルナとは会ってないね」
「すこし情報が足りない」
「ぼくも、シャルナの言いたいことがわからないや、ごめんね」
「平気」
シャルナは、どんどん話をすすめた。
「吉良光太郎は、やはり完全擬態の魔法使い。そして、すでに死んでいる可能性が高い。だから、わたしによく反応する。鏡に反射した光のように、発信してくる」
シャルナは、遠くに視線を向けてそう言った。
「魔力というのは、光のように速いけど。光とおなじように、たしかにそこに存在していて、そしてすぐに見えなくなる」
「なにが言いたいのかやっぱりよくわからないんだけど、とにかくその吉良光太郎という人は、すぐ近くに存在している、ってことでいいんだね?」
「戦える?」
「わからない」
「どうすればいいの、なにをおしえたら取りもどせる? 過去の感覚を」
「それが、わかれば。苦労しないかも……」
「時間がない」
シャルナがせかすように言う。イリヤはそのせいで焦りはじめた。時間がない? どういう意味だよ……。
「ニューヨーク?」
「時間がないって、どういうことなの、シャルナ!?」
「まず、イリヤの第一魔法は瞬間移動じゃない」
イリヤは言葉をうしなった。理解できなかったのだ。唐突に、シャルナの表情がおどろきに変わった。ずっとイリヤのことを見つめていただけだというのに。
「来る――!」
そいつは、霧のなかから姿をあらわした。といっても、駅のなかに霧が発生するはずもなく、そいつは突如、そこからあらわれたとしか考えられなかった。
「どうやら記憶をうしなったようだな」
白く長い髪をした、長身の男がそう言った。黒いスーツに、茶の長いコートを羽織っている。顔を見るかぎりでは、白人かもしれない。
しかし、だれなのかまったくわからない。だが、向こうはイリヤを知っているようである。イリヤは男を警戒した。男がすでに魔力を身体に纏っていたからだ。
「だが、関係はない。貴様らが死ぬことで、わたしはようやくただしい道をあゆむことができるのだから」
「死神……?」
イリヤはこの男が死神の吉良光太郎という人物かもしれないと思った。
「ああ、あいつのことか」
男は、顔色を変えることなくそう言った。どうやら死神本人ではないようだ。いや、男がうそをついている可能性もあるが。
「あれは、失敗だった。ただの殺戮者では、貴様を始末することはできない。しかし、成功作を生み出すことはむずかしい」
「勾当台公園」
シャルナが突然に、言った。男がシャルナをにらんだ。
「よく気づいたな、小娘……。死神は、そこにいる。夜を待っているのだ。夜にならなければ、あいつは人を殺すことができない。今夜はいったい何人、始末してくれるだろうな。まあ、貴様を始末できない以上は、すでに捨て駒だが」
「人のことを、捨て駒だなんて……」
「わたしは、けっして手を出さない」
男は、言う。それが男の性だった。
「わたしは、みずからの手をけっしてよごしたりしない。ゆえに貴様は他人に始末させるのだ」
「あなたが、死神の人に命令をくだしたんですか!?」
イリヤは、男を怒鳴った。
「わたしが、命令を? ふふふ、それはちがうぞ、定禅寺イリヤ」
「イリヤ、この男を再起不能に持ちこまないといけない」
シャルナが、抑揚のない声で言った。
(再起不能、って……)
さすがのイリヤも、男を攻撃することはできなかった。
「おっと、そうはさせんぞ」
男は、内ポケットに手を突っこんだ。
「いまの貴様なら、このちいさな片手銃ひとつで、始末できるぞ? もっとも、これは最終手段だ。あくまでもわたしは手を出さない」
こいつはクズだ。
イリヤはそう思った。
こいつは、いままで生まれてきてはじめて出会うクズな人間だ。
いや悪魔かもしれない。
他人を利用して、だれかを殺させようとするなんて。
冷酷非情以外の何物でもない。
死神の犯人――シャルナが言うにはその吉良光太郎をどうやってか操作し、たくさんの人を殺させたのが、きっとこの男だ。イリヤは確証はないが、ぜったいそうだという自信があった。
「ゆるさない……」
イリヤは怒りが湧いた。怒りは魔力へ変わった。身体全体から魔力が溢れ出てくる。皮膚から溢れ出た魔力はイリヤの精神を強くする。
「おいおい、待て待て、定禅寺イリヤ」男はにこりと笑って、「おこっているのは、このわたしのほうだ。貴様が、わたしからすべてをうばったのだぞ?」
それを聞き、イリヤはすこし冷静になった。自分がこの男からすべてをうばった?
「そして、どうして貴様がいま、この街でひとりなのかが、理解できないな。貴様をひとりにすれば、わたしの勝利が近づくことくらい、容易に想像つくというものを。まさか、これは罠なのか? どうなんだ、いったい?」
男は、イリヤやシャルナではないだれかに話しかけるように話しかけた。
「どういう意味だ……」
「貴様」
男がなにかを思いつく。
「どういう意味だよ、ぼくがひとりって……!」
「まさか、家族に、見捨てられたのか? いや、それはありえない。貴様を守るために、全力だったはず……」
男はあごに手をあててなやんだ。
「やはり、やつら。未来が、見えるのか……」
「【ラジオ・ウール】」
シャルナが突然、第一魔法を発動した。シャルナの片手から電気を纏った糸状の魔力が放出され、男を捉える。ばちばちばち、とそれが男の顔面ではじける。
「な、なんだ。蜘蛛糸のようなものが……!?」
まわりの人たちからは男がひとりでなにかをやっているようにしか見えない。
「め、目が見えない……!!」
「視界をうばった」
(そうか、シャルナの周波数魔法は、その操作も可能なのか。周波数は電波だ。電波を強めたり集めたりできれば、視界をうばうのは容易なのかもしれない……。ぼくには原理はわからないけれど)
「ミラージュを仕留められるのは、いましかない。イリヤ、いまやるしかない」
「法律での逮捕は……!?」
イリヤは焦っていた。
「不可能」
「だとしたら、あの人をとめる手段なんてないじゃないか……!!」
イリヤは切羽詰まった。法律で裁けないのなら、どうやって捕まえればいいのだ。だが、やつを捕まえておく手段がないと、ふたたびあたらしい犯罪が誘発されてしまうだろう。どうすればいい。どうすればやつをとめられる……!?
「【ラジオ・ウール】が、切れた」
シャルナが、言った。ミラージュと呼ばれた男は視界を取りもどした。指の隙間からこちら側を睨みつけてくる。そのミラージュと呼ばれた男の瞳はシャルナを捉えていた。
「貴様が、死ぬのも時間の問題だな」
だが、ミラージュは愉快に笑いはじめた。その声は、広い駅内でひびいた。
「貴様の弱点がわかったぞ、定禅寺イリヤ!」
「ぼくの、弱点……?」
「ハハハハハハハハ!!」
ミラージュが霧となって消えた。
(……どうしようもなかった)
「自信ではない、なにかがひつよう」
シャルナが言ってくる。
「もうすこしで、その名前が……」
(名前……?)
「名前さえわかれば、きっと取りもどせる……」
「とにかく、勾当台公園へ向かおう、シャルナ」
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