日本魔法捜査本部

 十月三十一日、早朝。

 木田佳乃は、ビルの屋上で、第一魔法を発動した。手のひらから、大量の黒猫を放出し、街全体へと走らせる。木田佳乃のとなりには、城之内さくらがいた。彼女は大学生の魔法使いで、日本魔法捜査本部に志願して入った。

 チームメンバーは、全員で五人である。木田佳乃、城之内さくら、奈良崎大地の三人と、それから式部草紙と、コーヘイだ。

 コーヘイも、城之内さくらとおなじで、この日本魔法捜査本部には志願して入ってきたひとりだ。コーヘイとさくらのふたりは、ほかの三人にとって弟や妹のようにかわいらしかった。

「どうです?」

「まだ魔力は感じ取られないです」

 まるで死神をハントするかのようだった。死神が人を殺害するのがさきか、われわれが死神を確保するのがさきか。その勝負の瞬間だった。

 死神の正体は、おそらく吉良光太郎という青年である。動画配信者で、そのときの名前は『ぷうあん』と呼ばれていた。彼は、動画内で、宇宙人を発見し、それを世間へ公開することで、広告収入を得ようとしていた。だが、その目的のなかばで覚醒してしまい、自我をうしなったのだろう、と推測された。魔法使いは、みずからの魔力を限界以上に発揮すると、覚醒し、自我をうしなう。覚醒すると、魔力は膨大に増幅するが、その対価として精神をうしなうのだ。まさに神の制約である。奇跡のちからはあたえた。だがそれを使い過ぎるな、である。

「そういえば、木田さん。奈良崎隊長の話していた子に会ってきたんですよね?」

「ええ、会ってきました」

「どんな子でしたか?」

「少女のような子でした」

「いまどき、ですね……」

「けれど、まわりとはうまくいっていなさそうな印象です。カンナさんたちとは仲良くできているようでしたけど」

「なるほど」

「世間では霊能力者は偏見の目で見られますからね、しかたないことです」

「変人と天才は紙一重」

「まさにそれです」

 ふいに、耳のイヤホンのスカイプに連絡が入った。

『おれです』

 コーヘイだった。

『朝飯、買ってきたんで、車まで帰ってこねえっスか?』

 二〇〇メートル離れたパーキングに、ワゴン車を停めていた。仙台駅裏の四階建ての駐車場である。その四階までのぼっていくと、ほかの三人が待っていた。仙台の早朝は寒く、みな、厚着である。

 五人で車に乗りこみ、暖房の利いた車内で、朝食を取った。コンビニのパンや、おにぎりだ。

「街んなか、盛りあがってるっスね」

 コーヘイが言った。コーヘイは金髪にピアスという格好をしていた。彼もまた警察関係者ではあるが、だれもその格好を指摘したりしなかった。むしろ市民に溶けこめるから良いんじゃないか、と奈良崎隊長は言った。隊長が言うなら、それでいいのかもしれない、と木田佳乃は思った。

「ハロウィンだからな」

 式部草紙が言った。彼は眼鏡をかけた、真面目な男だった。だが、彼の第一魔法は凶暴だ。なぜそんな魔法を得てしまったのか少々、疑問である。第一魔法はいちど得てしまうと、もう二度と変えることはできない。それは神との制約ゆえに、そう成されていると言われている。そして、第一魔法を得るときには最善の注意が必要である。もしも自分の容量を越えた魔法を得てしまうと、それはまったく使いものにならなくなってしまうのだ。それゆえ、第一魔法のあつかい次第で、その人物の実力が決まると言っても過言ではない。

(カンナさんと、イリヤくんは別格の実力者ということになる。彼女らがこのチームに入ってくれたら、どんなに良いものか……)

 まあ、しかし、隊長がそばにいるかぎり、不安はないのだけれども。

 奈良崎大地もまた、別格の実力者だ。

 それは、チームメイトたちが良く知っている。

「カンナたちがエリアに入ったら、閉じこめろ、さくら」

「あ、はい」

 城之内さくらは奈良崎大地に返答した。城之内さくらの第一魔法は『結界』だった。彼女がいれば、犯人を追い詰めやすい。

「隊長、早乙女たちはあくまでも一般人ですよ」

 式部草紙が指摘した。

「気になることがある」

 奈良崎大地はそれだけ言って、もうその話を持ち出してこなかった。なにかあるようだ。だが、だれひとりとしてそんな隊長に質問したりはしなかった。

「犯人の第一魔法は『完全擬態』だという情報がある。一般人にまぎれている可能性が高い。木田の魔力探知に引っかからないようならば、犠牲者は出てきてしまうだろう。一般警察のやつらにも動いてもらうが、果たしてそれで犯人を追い詰められるかどうかは判然としないところだな」

「隊長、ちょっと待ってくれ。その第一魔法の情報源はどこっスか?」

「カンナの仲間のひとりが、周波数を視覚化する特殊な第一魔法を所有している」

「周波数?」

 コーヘイは疑問を投げかけた。それはほかのメンバーもおなじだった。

「なんスか、それ」

「さあ、おれにもわからん。魔法使いにも視ることのできない魔法らしいぞ」

「はあ?」

 コーヘイは笑った。

「天才のもとに、天才があつまっていますね」

 木田佳乃はおかしくなって笑った。隊長が答えた。

「そうだな。だから、木田はむこうの三人もマークしておいてくれ」

 隊長もどこか、うれしそうだったような気がした。隊長がうれしそうにしていると、自分もうれしくなった。

「わかりました」

「瞬間移動魔法って言われた時点ですでにこんがらがってたってのに、こんどは周波数魔法っスか? もう、わけわかんないっスよ……」

「しかし、たとえ周波数のようなものが視えたとしても、それで犯人の第一魔法がわかるわけではないですよね?」

「そうだろうな。おそらく三人の推測で言っているだけだろう」

「なら、犯人は完全擬態能力者ではない可能性もあるということですね」

「ああ、とうぜんだ」

「とにかく、むずかしい捜査になりそうです。ここひと月のあいだに、犯人を発見できていないわけですし……」

「市民も警戒しているはずだが、まつりごととなるとあつまってきてしまう。おおくの犠牲者を出さないよう、努力するしかない」

 隊長のその言葉のあとで、了解です、と四人は声をそろえて言った。コーヘイのみ「了解っス」だったが。


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